おばけかぼちゃのはなし |
ちょっとだけ昔のお話です。 あるところにひとりの仙人がおりました。 仙人はあんまり長いあいだひとりでいたので、さみしさのあまりすっかり悪い仙人になってしまったのです。人間なんて大きらい、幸せな人間はとくにみんな不幸になればいいと思うようになりました。 ある日、仙人が雲にのって町に近づいたとき、こんな会話が聞こえてきました。 「陳(ちん)さんとこの畑のかぼちゃの話を聞いたかい?」 「ああ! あのでっかいかぼちゃのことだろう!」 「そうそう。陳さんは大よろこびだよ」 それを聞いて仙人は陳さんの畑にいってみました。 「わしのかぼちゃ、立派なかぼちゃ。おまえはわしの自慢だよ」 それはそれは幸せそうな陳さんを見ていると、仙人は面白くなくなってきました。ですから、陳さんが畑から出ると、かぼちゃに近づいて言いました。 「ふん! でかいだけのかぼちゃじゃないか! おまえなんかおばけになって、みんなをこわがらせればいいんだ。 そうだ! こどもを食ってしまえ! 小さいこどもを見つけたら、ぜんぶ食ってしまえばいい!」 仙人はかぼちゃにあやしい術をかけました。たちまち、かぼちゃはいやな感じになります。 「さあ! 町に出てこどもを食ってこい!」 こうしておばけになったかぼちゃは、ひとりで町にむかって動きだしました。 町に着くと、さっそくひとりのこどもがかぼちゃに気がつきます。 「へんだな。おおきなかぼちゃが動いているよ」 こどもがかぼちゃに近づくと、かぼちゃはそれまでなかった口をひらきました。 「なんか、口みたいだ」 ええ、それは口だったのです。 ぱっくん。 かぼちゃはこうしてひとりめのこどもを食べてしまうと、また別のこどもを探しに行きました。仙人のかけた術のせいでしょうか。かぼちゃはこどものいる場所がわかるようなのです。ひとりで遊んでいるこどもも、ともだちと遊んでいたこどもも。 ぱっくん。 ひとのみで食べてしまいます。 こうしておばけかぼちゃは次々にこどもを食べていきました。 さて、三人の仲のよい兄妹がおりました。兄妹は広場で遊んでいたのですが、そこにおばけかぼちゃがやってきました。 一番上の男の子がさっそくかぼちゃに気がつきます。 「あれえ? かぼちゃが歩いてる!」 「へんねえ」 二番目の女の子も気がつきました。ふたりはかぼちゃに近づきます。 ぱっくん。ぱっくん。 あっというまにふたりとも食べられてしまいました。 一番末の女の子は、おにいちゃんとおねえちゃんが食べられたのにただびっくりしました。けれど、目もないのにかぼちゃが自分を見たような気がします。 いいえ。気のせいではありませんでした。 いつのまにか、おばけかぼちゃは女の子のすぐ目の前にいたのです。そうしてかぼちゃが口をあけるのを見て、女の子はあわてて逃げ出しました。 おにいさんもおねえさんも食べられてしまった今、ねらわれているのは女の子でした。 必死で逃げている途中、いいところが思いうかびました。それは露地というよりまだせまい、家と家のふたつの塀のすきまです。ここを通れるのは小さなこどもと猫くらいです。おばけかぼちゃは女の子よりたてもよこも大きいですから、こんなすきまにはきっと入っては来られないはずです。 すきまにもぐりこんで、女の子はようやくほっとしました。このままおうちにかえって、おとうさんとおかあさんに会えたらきっともう大丈夫。けれど、おにいさんとおねえさんのことをどう言えばいいのでしょう? すきまを歩きながら考えていた女の子はふと見られている気がしました。 すきまの前にはだれもいません。おもいきってふりかえった後ろにもだれもいません。女の子の両側には塀があるだけです。ではどこから? 女の子はゆっくりと上を見てみました。 「!」 二軒の家の塀の上、女の子の真上におばけかぼちゃがおりました。 女の子が走りだすとかぼちゃも塀の上で前へ動きます。 いきなり来た道を反対に戻ってやりました。おばけかぼちゃは大きいから、きっと向きをかえるのが苦手なんじゃないかと思ったからです。 女の子の考えたとおり、かぼちゃは塀の上でぐるぐるしておりました。そこで全力で女の子は駆けだしました。さっきいた広場がせまいすきまから見えてきます。上を見てもかぼちゃはいません。ふりきれたと信じた女の子はすきまから出ようと足を一歩ふみだしました。 そこでは口をあけたおばけかぼちゃが待ち構えておりました。 「きゃあ!」 女の子は叫ぶとまたすきまに足をもどして逃げこみました。 「どうしよう、どうしよう」 きっとまたかぼちゃは追いかけてきて、いつのまにか女の子を追い越して、そしてすきまの出口で待っているにちがいありません。このままでは女の子はずっとすきまから出ることもできません。 「どうしたらいいの!?」 そのとき女の子の目に塀の底の崩れた場所が見えました。前に兄妹と探検したことがあるのでどこに出るかは知っています。 だれのうちなのかはわかりませんが、荒れ果てた広い庭と崩れそうな家があるのです。庭のすみにはやっぱり崩れそうな祠(ほこら)があって。でもそこに祀られていたのはこどもの守り神といわれる神さまです。 「かみさまならたすけてくれる?」 塀の向こうは藪になっていて、藪の下をくぐりぬけていけば祠まであと三歩。このままいつまでもすきまから出られないこわさにふるえているよりはと、女の子は息を吸うと塀の下にもぐりこんで行きました。 藪をかいくぐって女の子は祠をめざします。かぼちゃがついてきているかどうかなんて、こわくてたしかめられません。 (でも、きっといるわ……) 勝負は藪を出てから三歩。 女の子は祠だけ見ていきおいよく飛び出しました。 それは、危機一髪というものでした。 襲い来るかぼちゃの鼻先を、なんとか避けて、女の子は祠に飛び込んで扉をしめることができました。 崩れかけ、ほこりだらけの祠でした。でもそこには、神さまの像が残っておりました。 どーん! おばけかぼちゃが扉に体当たりしてきたようです。祠ぜんたいが大きく揺れました。ぼろぼろの扉は今にも壊れそうです。 「たすけて!おばけかぼちゃにたべられる!」 女の子は必死で神さまの像にしがみつきました。 どーん! ああ、扉の一部が壊れました。もうあと一度かぼちゃが体当たりしたら、ぜんぶ壊れてしまうでしょう。 「たすけて!たすけて!」 ぎしっと音をたてて、おばけかぼちゃが狭い祠の中に入ろうとしています。けれど扉はまだなんとか閉まっていますから、かぼちゃが入って来るのは無理でした。 どーん! ついに扉が壊れました。おばけかぼちゃがつっかえそうになりながらも祠の中に入り込んで来たのです。 「たすけて!」 おばけかぼちゃが口をあけるのが見えました。もうだめだと、女の子があきらめたときです。しがみついていた神さまの像が光りはじめました。 あたたかい光でした。それを浴びると女の子はつかれが取れていくように思いました。 けれど、おばけかぼちゃには違ったようです。 神さまの像からの光を浴びると、おばけかぼちゃはふるえ、そうして粉々に砕け散ったのでした。 女の子はそれを見て、神さまの像にもう一度しがみついて、かぼちゃが動き出さないことを確かめてから、そうっと、砕けたかぼちゃを踏まないように注意しながら祠を抜け出しました。 そうして一生懸命走ってうちに帰って。おとうさんとおかあさんにしがみついてわんわん泣きました。 「おにいちゃんとおねえちゃんはどうしたの?」 なにを聞かれても女の子は泣くばかりでした。 夕方になって、あちらの家でもこちらの家でも、こどもが帰って来ないと大騒ぎになりました。 帰って来た女の子はぼろぼろになっていましたし、泣くばかりですので、これは兇悪な人さらいのしわざで、女の子はとてもおそろしい目に合ったのだろうと言われました。 女の子は言いたかったのです。みんな、人さらいじゃなくておばけかぼちゃに食べられたのだと。けれど、きっと大人はだれも信じてくれないということもわかっていました。だから女の子は何も言いませんでした。 それからしばらくのあいだ、町では見つかるはずのないこどもと人さらいをあちこち大勢で探しました。けれど、ついに行方不明になった一人のこどもも見つかりはしませんでした。 崩れかけの祠に仙人があらわれて、砕けたかぼちゃをつつきました。 「ふん!簡単にやられおって! よし、もう一回やりなおさせてやるか」 仙人は砕けたかぼちゃにまた術をかけて、そうして雲に乗って消え去りました。 あとに残されたかぼちゃのかけらたちがちいさく動き出し、やがてもとにもどろうとするかのように集まりはじめました。 それから何日かたった夜。 女の子はあれから毎晩おとうさんとおかあさんといっしょに眠っていました。でももう大丈夫だろうと、この夜からこどもべやで一人で寝ることになりました。 女の子がおふとんに入ってうつらうつらしはじめたときです。なにかが窓をたたく音がしました。 「なあに?」 眠い目をこすって女の子は窓をあけました。 星のきれいな夜だったそうです。 今でも仙人はどこかにいて、きっとおもしろくなさそうに暮らしていることでしょう。 (おわり) |