金のがちょう |
末っ子=影月 小人=燕青 お姫様=香鈴 |
あるところに三人の木こりの兄弟がおりました。 ある時、一番上の兄が森に仕事に行くと、ヒゲをはやした小人が現れました。 「なあなあ、なんか食いもんくれよ」 小人にやるものなんかないと、一番上の兄は断りました。 次の日、二番目の兄が森に行くと、またしても同じ小人が現れて言いました。 「なあ、食いもんくれねえ?」 あっても小人にはやらないと、二番目の兄も断りました。 さて、さらに次の日。末っ子が森にでかけました。 一仕事終えてお昼にしようとした頃、例の小人が現れて言いました。 「なあ、俺にもなんか食いもんくれよ」 末っ子は小人を見て微笑みました。 「じゃあ、僕のお弁当を半分こしましょう」 おそろしい勢いで小人が分けられた弁当を食べるのを見て、 「本当にお腹がすいてたんですねー。僕は大丈夫ですから、残り全部も食べていいですよ」 そうして、末っ子は自分の分もほとんど小人にやってしまいました。 食事を済ませた小人は末っ子に尋ねます。 「なあ、おまえ、なんか願い事あるか?」 唐突な質問に末っ子は考え込みました。 「えーと、僕のことじゃなくてもいいですか?」 「そりゃかまわねーけど」 末っ子は少し顔を赤くして言いました。 「この国のお姫様が笑ってくれたらいいな、って」 「何?お姫さんなんかと知り合いなのか?」 末っ子は苦笑して手を振ります。 「まさか!うんと遠くから見たことあるだけなんですけど。すっごくきれいなお姫様で。でも、悲しいことがあってもうずっと笑ってないそうで」 王様の一人娘がたいへんに美しいというのは評判でした。けれど、大好きなお爺様を亡くされてから、お姫様は何を見ても何を聞いても笑うことがなくなり、いつも悲しそうだと言うのです。 王様は、もうお爺様が亡くなって何年もたつのだからお姫様に笑って欲しいと思われたので、お姫様を笑わせたものには褒美をとらせるとおふれを出しました。 たくさんの人がお姫様を笑わせようとしました。けれど、今もお姫様はにこりともしないままなのです。 「ああ!褒美が欲しいのか?」 「そうじゃなくて、僕はお姫様の笑ったとこが見られたらな、って……」 末っ子にとってお姫様は雲の上の人です。 「笑ったら、もっともっと素敵だろうな……って」 末っ子は遠くを見つめてつぶやきました。 小人は頭を掻きながら末っ子を見上げます。 「うん、おまえがいい奴だってことはすごくわかった。だから、こいつは俺からの礼として受け取ってくれ。おまえみたいな奴が幸せになれるといいと思うしな」 気が付くと、末っ子の手の中には金のがちょうがおりました。そのかわり、小人の姿はどこにもありません。 「そのまま街に出てみなよ。ちっと面白いことになるかもな」 そんな声だけが聞こえてきました。 金のがちょうを抱いたまま、末っ子は森を出ました。 「うーん、すごいものもらっちゃったなあ。でも、これどうしたらいいんだろう?」 末っ子が道を歩いていると、村の娘たちの集団と出会いました。 「うわあ!すごい!ねえ、それ、私にちょうだい!」 我も我もと娘たちはがちょうに向けて手を伸ばしてきました。 「え!?ちょっと待ってくださいー!」 末っ子が言い終わる前に、数名の娘たちはすでにがちょうに手を触れていました。 ところが。 「きゃあ!」 どうしたことでしょう。娘たちの手は貼りついたようにがちょうから離れなくなりました。 「なに!?うそっ!?」 末っ子も娘たちも困ってしまいました。助けようとした娘たちまで次々と貼り付いてしまいます。 「えーと。どうしましょう?」 末っ子は娘たちに囲まれたような状態で考えました。小人が何か言っていたのを思い出します。 「そうだ!街に行ってみましょう。街の人ならいい方法を見つけてくれるかもしれません」 どうしようもない娘たちも、しぶしぶ同意しました。大半は歩くのにも大変な状態でくっついてしまっていたからです。 かくて、がちょうを抱えた末っ子と娘たちは、街に向かって歩いていきました。この状態では馬車にも馬にも乗れませんし。 この奇妙な集団を発見すると、誰もが何があったか尋ねてきます。 けれど、集団の誰かに手をかけた途端、やはり貼りついて離れなくなってしまいます。 街につくまでに、こうして集団はどんどんと大きくなっていきました。しまいには末っ子はほとんど前が見えなくなったくらいです。 王宮のある街についても、状況は悪化するばかりでした。あまりにも沢山の人がくっついてしまったので、広いところを求めて王宮前の広場に移動しました。 この騒ぎは当然のように王様やお姫様の耳にも届きました。 お城のバルコニーから広場を眺めると、まるで奇妙なお祭りのようです。ほとんど広場いっぱいの人々が、泣いたり怒ったりして、自由な部分を精一杯動かして何とかのがれようとしているので、踊りのようにさえ見えました。 「なんだあれは」 王様は呆れたように見下ろします。 と。 「なんですの、あれは!いやですわ!おかしいんですの!」 それを見たお姫様が笑い出したのです。笑って、笑って、涙が出るまで笑っています。 これまで何を見ても笑わなかったお姫様の様子に、王様は大喜びしました。 「これ!あの集団の責任者を呼んでまいれ!」 王様の命令を受けた衛兵が集団に近づきましたが、誰が誰やらわかりません。 「おい!この責任者は誰だ!王様がお呼びだ!」 「えーと、たぶん僕だと思いますー!」 集団の真ん中で末っ子が声を張り上げました。 「じゃあ、おまえだけ来い!」 それは今の状態ではとても無理です。 末っ子が悩んでいると耳元でふいに小人の声が聞こえました。末っ子はその小人の言葉を声を張り上げて伝えました。 「えーと、皆さん!いいですか?心の底から『金のがちょうなんかいらない』って思ってください!」 最初の娘たち以外は、そもそも金のがちょうの姿さえ見ていないんですから、そう思うことは簡単でした。そう思ったとたん、あれほど離れなかった手を離すことができました。 そうして、順々に人々が離れていき、ついには残されたのは村の娘たちだけになりました。 直接、金のがちょうを見て、直接触れてしまっていた娘たちは、そう簡単にがちょうを諦めることなんてできません。 しかし、末っ子の言葉が追い討ちをかけました。 「このがちょうを欲しいと思っている限り、一生その格好のまま離れられませんよ?」 さすがに一生と言われてしまっては、娘たちも諦めざるをえませんでした。 そうして、金のがちょうを抱いた末っ子は一人、衛兵の元に進み出ました。 衛兵に案内されて謁見の間に通された少年が見たのは、この国の王様と憧れのお姫様です。お姫様はまだ笑っておりました。 王様はまず、事の次第を問いました。 末っ子は素直にお弁当を分けた小人がお礼に金のがちょうをくれたこと、金のがちょうを欲しがった娘たちが貼り付いてしまったこと、ついには誰も彼もが貼り付いてしまったことを話しました。 「……つまり、そのがちょうを見て欲にかられた者が貼り付いてしまうのだな?」 「そうみたいですー」 末っ子はやすやすとがちょうを用意された籠の中に入れてやりました。 それだけでも、王様には末っ子が欲のない人間だと言うことがわかりました。 「そなたのおかげで姫が笑いを取り戻した。約束どおり褒美を取らせようと思うが、そなたの欲しいものは何だ?」 末っ子は首を振りました。 「いいえ、僕はもうご褒美をいただきましたから」 王様は訳もわからず訊ねます。 「いや、何もまだ与えておらぬが」 「僕、ずっとお姫様の笑ったお顔が見たいと思っていたんです。きっととても素敵だろうって。でも間違ってました。僕が思っていた何倍も何倍も、笑顔のお姫様はきれいで、それだけで幸せです」 お姫様を見つめる末っ子は、それはそれは優しく、温かい微笑みを浮かべています。 ようやく笑いの収まったお姫様は、末っ子の視線を受けて顔を赤くしています。そんなお姫様もとても可愛らしいものでした。 ふたりを交互に見つめていた王様は、このあまりにも無欲でまっすぐな心の末っ子を大いに評価しました。そこで、末っ子をお姫様の婿として迎えました。 やがて、末っ子は王様の跡を継いで、穏やかに国を治めました。 そんな王宮の片隅には、まだ金のがちょうがいます。無欲な者しか触れられないがちょうは盗まれる心配もなく、大切にされたということです。 |