ラプンツェル

ラプンツェル=香鈴 若者=影月


 だいたい、なんだってその奥さんはキャベツなんて食べたくなったんでしょう?
 そして何故、よりにもよって恐ろしいと判っている魔女のキャベツなんか欲しがったんでしょう?そのことしか考えられない、それが食べられなければ狂ってしまいそうだなんてところまで追い詰められたのでしょう?
 ええ。赤ちゃんがお腹にいるお母さんの中には、確かに特定のものだけ食べたがる人はいます。でもやっぱり魔女のキャベツでなくてもいいはずなんです。
 この奥さんだって赤ちゃんが欲しくてやっと授かったのです。それなのにキャベツと引き換えに生まれた赤ちゃんを魔女に渡さなければならなくなるなんて!

 そう。魔女も赤ちゃんが欲しかったからだったのです。だからそのキャベツにはもちろん、魔法がかかっていました。赤ちゃんがお腹にいる人が見れば、後先考えずに食べたくなるような。


 魔女は約束通り赤ちゃんを手に入れました。可愛い女の子です。
 ラプンツェルと名付けられた女の子を魔女は魔女なりに愛して育てました。大切に大切に育てたラプンツェルは、誰も叶わないくらい綺麗になっていきます。
 魔女はラプンツェルを愛していました。でもあんまり盲目的に愛したので、この美しくなった女の子を誰にも見せたくなくなりました。自分一人のものにしておきたかったのです。
 もちろん、それまでだって家から出したことなどなかったのですが。
 ですから十二歳になったラプンツェルを高い塔に閉じ込めました。出入口は高い場所にある窓一つ。

 さて、ラプンツェルはそれは見事な美しい長い長い髪を持っていました。
 魔女はその髪に魔法をかけました。どれほど重さがかかっても感じられないように。塔の窓から垂らした時、その髪がどんなロープより丈夫になるように。
 そうして魔女が塔から出入りする時には長く編んだ髪を窓から垂らさせて、それを昇り降りしました。
 魔女は魔女でしたから、あまり良くない仕事をしていました。けれど可愛いラプンツェルの前でそんな仕事はしたくなかったし、見せたくもなかったのです。ですから魔女は毎日朝早くに塔を出て、夜遅くまで別の場所で仕事をしておりました。
 そうして仕事から戻って来ると塔の窓に向かって唱えます。
「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の髪を垂らしておくれ」
 その声を聞くとラプンツェルは窓から編んだ長い髪を垂らすのでした。


 こうしてラプンツェルは美しい娘になりました。育ててくれた魔女のことは愛していましたが、いつも一人でした。
 魔女はラプンツェルに沢山の本を与えましたが、その本ときたら中には学者でないと分からないような難しい本もありましたが、汚いこと、醜いことは一つだって書かれていない本ばかりでした。
 魔女はラプンツェルの白く細い指が損なわれないよう、家事などは一切させませんでした。ラプンツェルが望めば魔法が働いて、料理やお掃除、洗濯だって勝手にできてしまうのです。
 それでも刺繍などの手仕事や楽器を奏でることは教えました。本を読むのに飽きると、ラプンツェルは刺繍をしたりハープを奏でます。けれど大人に近づくにつれ、ラプンツェルの中には自覚のないまま淋しさが蓄積していたのでした。それを淋しさだとも知らぬまま。


 さてそんなある日のこと。魔女を送り出したラプンツェルは、間もなくして自分を呼ぶ声を聞きました。
「ラプンツェル、ラプンツェル、おまえの髪を垂らしておくれ」
 そこでラプンツェルは素直に髪を垂らして、窓から現れた人影に聞きました。
「おばあさま、お忘れ物ですの?」
 けれど現れたのは魔女ではありませんでした。そこには驚きに目を丸くした若者がおりました。

「なっ!あ、あなたは何者ですのっ!?」
 ラプンツェルは後ずさりしながらそれでも聞かずにはいられませんでした。
 窓の縁で呆然としていた若者は、その問いに我に返りました。
「えーと、僕はこの近所に住む者で。毎日、魔女が何をしてるのか知りたくなって。それでですねえ、別にあやしい者じゃないんで、あのー。そんなに怖がらないでくれませんか?」
 それはラプンツェルには無理なことでした。彼女は生まれてからずっと、魔女以外の人間を見たこともなかったのですから。
 この世には男と女がおり、自分や魔女が女に属するのだとは知ってはおりました。でも目の前の人物は魔女の教えてくれた「女」の特徴を少しも持ってはいないのです。
「あなたは、その、もしかして殿方でいらっしゃいますの?」
 若者は少しひきつった笑いを漏らしながらうなずきました。
「ええ、僕は男、ですけど」
 それを聞いてラプンツェルは更に後ずさりました。
 その様子を見て若者は訊ねます。
「もしかして、男を見るのがはじめてだとか……」
 言外に(まさかね)とほのめかした若者の言葉に、ラプンツェルがあっさりうなずいたものですから、むしろ若者の方が慌ててしまいました。
「あ、男だからって、あなたに危害を与えるわけじゃないですから!」
「危害……。いえ、そうではなくて」
 ラプンツェルもまた戸惑いながら言葉を続けました。
「わたくし、そもそもおばあさま以外の方にお会いするのは始めてですの」
 それを聞いた途端、若者の瞳に怒りのようなものが走りました。
「それはつまり。あなたはずっと閉じ込められていたということですか?」
 けれど、ラプンツェルには若者が何故怒っているかわかりません。
「おばあさまは、外には醜いものばかりだからとおっしゃってますけれど……」
 彼女の声は若者の怒りに怯えて小さくなっていきます。
「ああ!あなたに怒ってるわけじゃないんです!ただ、そんな風に人を閉じ込めたりするなんて許せないことだと思ったからなんです」

 塔の外では人が暮らしてるという知識はありますが、偏った知識しか持たないラプンツェルには未知の世界です。ラプンツェルは思わず訊ねてしまいました。
「外の……方は皆、お家にじっとしてられるわけではないんですの?」
「それは、夜になれば仕事を終えて帰りますし、家事をしてる人で家にいることの多い人もいますが、家から一歩も出ないなんてことはありえません」
 若者は辛抱強く説明し始めました。
「外は……怖ろしいところではありませんの?」
「たしかに、まったく安全だとは言えないかもしれませんし、悪い人だっていないわけじゃないですけど、それでもきれいなものもたくさんありますし、優しい人もたくさんいますよ」
 それを聞いてラプンツェルは不安にかられました。
「では、おばあさまはどうしてわたくしを外に出してくださらないのでしょう?」
 その疑問は、実はずっとラプンツェルの中にありました。けれどそれを口にすると、魔女はその度に誤魔化してきたのです。

 若者は真面目な顔で答えてくれました。
「それは……僕にはわかりません。僕には間違ってるように思えます。ただ……」
「ただ?」
「あなたがあんまりきれいだから、もしかして独り占めしたいのかな、なんて……」
 若者は顔を赤くしています。ラプンツェルも魔女以外にそんなことを言われたのがとても変な気がして、やっぱり顔が熱くなってしまいました。
 その時、遠くの教会の鐘が鳴るのが聞こえました。
「ああ!いけない、もう行かないと!」
 若者は慌ててラプンツェルに頼みました。
「すみません、あなたの髪をお借りしていいですか?」
「……ええ。でないと、あなたはここから出られませんもの」
 ラプンツェルは髪を窓からたらします。
 若者は窓に足をかけて、振り返って問いました。
「それから。えーと、明日、また来てもいいですか?」
 ラプンツェルはしばらく悩みました。やはりまだ見知らぬ人は怖かったのです。けれど、外の世界のことを聞きたい気持ちが勝りました。そこで、若者にむかって小さくうなずきました。
「良かった!じゃあ、明日また同じ頃に来ます!」
 若者はラプンツェルの髪を伝って塔を下り、地面に着くと高い窓から覗くラプンツェルに向かって手を振りました。そうして塔を囲む森の中に消えていきました。


 それから、若者は毎日決まった時間にやってきました。
 ラプンツェルは若者が話すことのすべてが珍しくてなりません。
 ある時、若者はラプンツェルの手にしていた本に気がつきました。
「ずいぶんと難しい本を読んでるんですね?」
「難しい……のでしょうか?本はたくさんあるのですけれど、どれも読んでしまったものばかりですから、難しいとは思いませんの」
 塔にある本は退屈したラプンツェルによってすべてが何度も読み返されたものばかりでした。
「でも、すごく面白そうです。あの、この本、貸してもらうことってできますか?」
「一冊くらいでしたら、おばあさまにもおわかりにならないと思うのですけど」
「それじゃあ、ぜひ!」
 翌日、若者はその本を読んだと言って返しにきました。そうして本の内容についてあれこれ話します。ラプンツェルももちろん読んでいる本のことですから、たくさん話すことができます。
「本を読むのは楽しいと思っておりましたけれど、本についてお話しするのはもっと楽しいのですね」
「じゃあ、もっとたくさんお話しましょう。ここには興味深い本が沢山あるようですから」
 それから若者は毎日一冊、本を借りていくようになりました。そうして一晩で読み終えて、次の日は二人してその本の話をするのが習慣になりました。

 そうなると、ラプンツェルの若者に対する恐れもすっかり消えてしまいました。
 ただ、ふと会話が途絶えた時、若者が自分をじっと見つめていることに気が付くのです。その視線にはラプンツェルの知らないたくさんの感情が込められているように思えて、ラプンツェルはどうしていいのかわからなくなってしまうのでした。


 そんな風に毎日が過ぎて。季節も移り変わりました。冬が近づいてきたのです。
 ところが、ある日を境に、若者が姿を現さなくなってしまったのです。
 ラプンツェルはずっと窓辺で若者を待ちましたが、何日も夜になって魔女が帰って来るだけでした。
 若者に会えなくなると、ラプンツェルは心に穴が開いたような気持ちになりました。そうしていつまでも窓辺から離れずひどく気落ちした表情をしてだんだん元気がなくなっていきました。
 さすがに魔女も心配して言います。
「私の可愛いラプンツェル。私の美しい姫。一体どうしたというんだい?窓の外にお前を悲しませるものがあるのかい?」
 魔女に若者のことを知られれば、きっともう若者に会えなくなることをラプンツェルは直感しておりました。ですから、ただこう答えたのです。
「毎日この窓にやってきた小鳥が姿を見せなくなったんですの」
「それはきっと渡り鳥だったのだろうよ。私の可愛いラプンツェルを悲しませるとはなんと罪な小鳥だろう。よし、私がお前のために、金でできた小鳥を作ってやろう」
 魔女はそう言って、魔法を使うと、金の小鳥を作りました。金の小鳥は生きてはいません。ですからとても冷たいのです。
「おばあさま、この小鳥は冷たいですわ。わたくしの小鳥はあたたかでしたのに」
「ふむ。それでは少しあたたかくなるようにしてみよう」
 魔女が魔法をかけると小鳥はほんのり温かくなりました。
「おばあさま。この小鳥は温かくはなりましたけれど、わたくしの小鳥のように歌いませんわ」
「ふむ。それではお前がその小鳥の頭をなでれば歌うようにしてやろう」
 魔女はまた魔法をかけ、小鳥はラプンツェルが頭をなでてやると歌うようになりました。その小鳥は少しばかりラプンツェルを慰めましたが、若者のかわりにはなりませんでした。
 そうしてなんだか悲しくなったラプンツェルは涙を一筋流します。
「私の可愛いラプンツェル。一体お前を悲しませているのはなんだい?」
「わかりませんの、おばあさま」
 ラプンツェルはそれが「淋しい」という気持ちだと知らなかったのです。
「では、可愛いラプンツェル。お前に魔法をかけてあげよう。お前が流す涙は、これから宝石に変わるように」
 魔女が魔法をかけると、ラプンツェルの瞳から零れ落ちた涙は、次々と美しい宝石に変わりました。
「ほうら、きれいだろう?楽しくなるだろう?」
 ラプンツェルにはそれが魔女の愛情だとわかっていましたので、一生懸命楽しくなろうとしました。けれど、涙は次から次へと溢れて、ラプンツェルの膝の上には色とりどりの宝石がどんどん増えていくのでした。
「それではお前に、どんな王の娘よりも素晴らしいドレスをあげよう。そうして山海の珍味を取り揃えて楽しく食事をしよう。それが終わったら、おまえの竪琴を聞かせておくれ」
 豪華なドレスを着せられて、素晴らしいごちそうを用意されて。それでもラプンツェルの涙は止まりませんでした。けれど、楽器を奏でていると、その間は涙を止めることができました。
「私のかわいいラプンツェル。お前はきっと病気なのだね。そんな窓の傍にいるのがいけない。温かくしてもうお休み」
 夜も更けていましたので、ラプンツェルは魔女の言葉に従って自分のベッドで眠りました。けれど、夢の中でもラプンツェルは涙を流しておりました。


 魔女はそんなラプンツェルを置いていくことはしたくなかったのですが、どうしてもしなければいけない仕事があって、翌朝また出かけていきました。
 と。
「ラプンツェル、ラプンツェル。お前の髪を垂らしておくれ」
 ラプンツェルは急いで髪を垂らしました。そうして数日振りに若者が姿を現しました。
 その時、ラプンツェルはもう、無茶苦茶な気分でした。嬉しいのにそれだけではなくて、涙を流しながら若者をなじりました。
「ど、どうして、ずっとおいでになられなかったんですのっ!」
 若者は怒りながら涙を流すラプンツェルにも、その涙が次々と宝石に変わっていくのにも驚きましたが、それには触れず、ただラプンツェルの手を握りました。
「すみません。季節の変わり目で体調を崩す人が大勢いて。看病の手が足りなくて。どうしてもここへ来る時間がとれなかったんです」
 自分よりも大きい若者の手に包まれていると、ラプンツェルの気持ちも少し落ち着いてきました。

「ねえ、僕が来なくて淋しいとか思ってくれました?」
 唐突な若者の言葉に、ラプンツェルは小首を傾げます。
「これが淋しいという気持ちなんですの?」
「僕はあなたに会えなくてずっと淋しかったです」
 淋しい、が判らないラプンツェルはせめて自分が感じていることを伝えようとしました。
「なんだかずっと胸に穴が開いたようでしたの」
「ええ、僕の胸にも穴が開いてましたよ」
 ただ胸に穴が開いているだけではないのを説明しようとラプンツェルは言葉を続けます。
「ずっとずっと。何をしていてもあなたのことばかり考えてしまいますの」
「それは僕も……。って、あの、もしかしてすごいこと言ってくれてたりします?」
 若者の慌てようがラプンツェルにはわかりません。
「そうなんですの?あなたがいらしてくださらなくて。あなたにお会いしたくて。あまり食も進みませんし、夜も眠れませんの」

「それは――重い病気です」
 若者はラプンツェルから目をそらさずに、重々しく言い切りました。
「実は僕も同じ病気にかかってるんですよ」
 魔女もラプンツェルが病気だと言っておりましたから、これは本当に病気なのだろうとラプンツェルは考えました。けれど、病気ならば治った方が良いでしょう。
「治す方法はございますの?」
「ええ、たぶん――」
 若者は手を伸ばして、ラプンツェルを抱きしめました。
「ねえ、こうしていると少し楽になりませんか?」
 魔女に抱きしめられることはありましたが、これはずいぶんと違った感じがして、ラプンツェルは戸惑います。
「楽に……なったような気もいたしますけれど、なんだかとても胸がどきどきしていますの」
「あー、それは僕も同じですー」
 一度気になりだすと、鼓動はどんどん早くなっていきます。
「これは治りますの?」
「ええ、病気を治す方法なら知ってます」
 実は医者だという若者にラプンツェルはそれならば彼の言葉を信じていいだろうと思います。ですから、素直に訊ねます。
「それを教えていただけます?」
 若者は微笑みを浮かべてラプンツェルを見下ろしました。
「ずっとずっと一緒にいればいいんです。朝も昼も夜も」

 それは――なんだか治りそうな気のする方法でした。けれど、それが難しいことをラプンツェルは知っていました。
「そんなこと、できませんわっ!あなたがここにずっといらしたら、おばあさまがどんな目に合わせられるかわかりませんのよっ!?」
 若者は少し困ったような表情を浮かべます。
「そうですねー。あなたのおばあさんはすっごく力のある魔女のようですし。でも、僕がここに残るんじゃなくて、もうひとつ方法があるでしょう?」
「無理ですわ!わたくし、ここから出られませんのよ!」
 ラプンツェルは必死に訴えます。けれど若者は引きませんでした。
「方法はあると思います。あなたが、おばあさんより僕を選んでくれるならば」
「おばあさまより……?」
「ええ。どのみち、どちらかを選べば、もう片方には会えなくなります」
 ラプンツェルは混乱しました。魔女はずっとたった一人の家族でしたし、ラプンツェルは魔女を愛しておりました。けれどもし。若者に会えなくなってしまったとしたら。そう考えただけで胸が張り裂けてしまうように思われました。

「急に決めるのは難しいでしょうし、少し時間をあげましょう。考えておいてくださいね」
 若者はそっとラプンツェルから身を離して、そうして窓に近づいていきました。
 それは、まだ永遠の別れではないはずでした。けれどラプンツェルはもう、若者を見送ることなどできませんでした。
 気が付くと若者の背にしがみついておりました。
「嫌です!どうかわたくしをお連れ下さいませ!」
 若者は振り向いて真剣な瞳で問いかけました。
「もう、おばあさんとは会えませんよ?」
「だって!あなたとお会いできなければ胸が張り裂けそうなんですもの!」
 若者は振り返ってラプンツェルを強く抱きしめました。
「ええ、僕ももうあなたと離れていられそうにありません。このまま攫っていきます」
 ――そうしてゆっくりとラプンツェルに口づけしたのでした。


 そうして、どれほど抱き合っていたのか。抱擁をといた若者はナイフを取り出しました。
「あなたの髪を切ることを許してくれますか?」
「わたくしの?」
「あなたの美しい髪を切るなんて、僕の胸も痛みますけれど、あなたを連れて出るにはそれしか方法がありません」
 ずっと切ったことのない髪でした。それがなくなるというのは不思議な気持ちです。
「髪ならばまた伸びますわね」
「ええ」
 若者がうなずいてくれたので、ラプンツェルはためらいを捨てました。
「わたくし、おばあさまに残していけるものなど他に何もありませんし。せめてここに髪を残していきますわ」
 肩の下あたりで、編んだラプンツェルの長い髪は切られました。若者はそれを窓辺に釘で打ち付けます。そうして自分の背にラプンツェルをしがみつかせると、自分とラプンツェルが離れることのないように紐でしっかり結びました。
「しっかり僕につかまっててください。怖かったら目を閉じていて。絶対安全にあなたを下に下ろしますから」
「信じますわ。ですからどうぞ――」
「ええ、一緒にいきましょうね」

 こうしてラプンツェルは若者の背におぶさって、塔をおりました。長い長い時間がかかったように思えました。それは塔の高さだけでなく、ラプンツェルが魔女と過ごした時間だったのかもしれません。
 やがて、二人は地上に下り、手を繋いで塔を去りました。そうして、二度と塔に戻ることはありませんでした。

 夜になると魔女が帰ってきて、声をかけてもいないのに髪が垂らされているのを見て不審に思いました。けれど夕べの様子が様子だったので、ラプンツェルが自分を待ちわびていたのかもしれないと思いなおして慌てて登っていきました。
 魔女が見たのはラプンツェルのいない塔でした。ただそこに、ラプンツェルの髪だけが残されていました。
 魔女は髪を引き上げると、それを抱きしめておいおいと泣きました。自分の元からラプンツェルが永遠に去ってしまったことを知ったのです。
 それから、魔女は塔から出なくなりました。ですから、魔女が生きているのかそれとも死んでしまったのか、誰にも確かめるすべはありませんでした。


 ですがある村にとても美しい妻のいる腕のいい医者がいて、いつまでも夫婦仲良く暮らしていたという話は、今も伝わっているのでした。

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