赤頭巾



赤頭巾=香鈴 狼=影月 おばあさん=英姫

 あるところに赤頭巾の似合うたいへんに可愛らしい女の子がいました。名前は香鈴。
 ある時、香鈴赤頭巾は森の家に住むおばあさんのところまでお遣いに行くことになりました。いいお天気で、こんな日は何かが起こりそうです。

 そうして、香鈴赤頭巾は森に向かう途中で少年の狼と知り合いになりました。影月狼と言います。
「こんにちは。いいお天気ですねー。どこに行くんですか?」
 にっこり笑って影月狼が話しかけてきました。
「森の家のおばあさまのお家までお見舞いに行くんですの」
 そっぽを向いて香鈴赤頭巾は答えます。でも。とてもとても人なつっこい優しい微笑みをくれるその彼が、内心香鈴赤頭巾はちょっと気に入ってしまいました。だって、そう微笑まれると幸せな気持ちになってしまったからです。
 香鈴赤頭巾は少しばかり意地っ張りさんだったので、彼女がそんな風に思う人物なんてほとんどいなかったのにです。

「香鈴赤頭巾さん、こっちにきれいなお花畑がありますよ。おばあさんにどうですかー?」
 影月狼の言うお花畑が香鈴赤頭巾はとっても気になりました。でも素直になれません。
「お花畑ですの? ……どうしてもとおっしゃるなら立ち寄ってもよろしいですわ」
「ぜひ見て欲しいですー」

 結局、香鈴赤頭巾は影月狼に案内されてお花畑にまいりました。森の中にあるそのお花畑はちいさいけれどとても綺麗で、香鈴赤頭巾はたいへん気に入りました。
 さっそく夢中になって花を摘みます。器用な香鈴赤頭巾はなかなかきれいな花束を作り上げて満足します。これならば趣味にうるさいおばあさんもきっと気に入ってくれるでしょう。

「はい、香鈴赤頭巾さん」
 影月狼が差し出してきたのはいびつな花冠でした。
「なんですの。不恰好な花冠ですわね」
 そうは言ったものの内心は嬉しかったので、そっぽを向いて付け加えます。
「まあ、かぶってさしあげますわ」
 香鈴赤頭巾は頭巾をずらすと花冠を頭に乗せて影月狼を伺います。
「いかがですか?」
「すっごいかわいいですー」
 影月狼はにこにこ笑い、尻尾もぶんぶん振られています。香鈴赤頭巾はなんだか気分が良くなりました。どうせならこのままつけていようかしらとかも思います。
「香鈴赤頭巾さんは本当にお花が似合いますよねー」
 気がつけば影月狼は目を細めて香鈴赤頭巾を見つめています。まるで眩しいものを見るみたいに。
「あ、お花がなくたって十分きれいですけど!」
 重ねて言われて香鈴赤頭巾は顔が赤くなっていくのを止められません。
「も、もう! 何をおっしゃるんです」
「すごいすごい可愛いです」
「わ、わたくし、もう行きますわ!」
 照れ隠しに言い切って、香鈴赤頭巾は立ち上がりました。
「あ、それなら近道に案内しますー」
 影月狼はごく当たり前のように手を差し出してきたので、つい香鈴赤頭巾は自分の手を預けてしまいました。
「じゃあ、行きましょうか。足元に気をつけてくださいね」

 手をつないで歩く森の中は、これまで香鈴赤頭巾が知っていたものとは違って見えました。もちろん初めて通る道ということもありますが、つないだ手がとてもとても熱くて。胸がどきどきして。なんだかふわふわして。とてもきらきらしくて。影月狼が話しかけてきても何だか上手に答えられません。
(ど、どうしてですの!?)
 すっかり混乱した香鈴赤頭巾は影月狼を睨むと唐突に、
「あ、あなたのせいですのよ!」
思わず八つ当たりしてしまいました。 「何がですか?」
「何もかもですわ!」
 ところが影月狼は少し考えこんで。
「そうなんですか? すみません」
 素直に謝られてしまって香鈴赤頭巾はますますどうしていいか分からなくなってしまいました。

 さて、近道というのは嘘ではありませんでした。
 お花畑に寄った時間がなかったみたいに、約束の時間ぴったりに森の家に着いたのです。
「まあ! 遅れなくてすみましたの!」
「良かったですー。森の中は僕の庭みたいなものですから」
「それではわたくしはおばあさまのお見舞いに行ってまいりますわ。色々とありがとうございました」
「いいえ。僕も楽しかったです。おばあさん、早くよくなるといいですね」
 影月狼にお礼を言って、香鈴赤頭巾は森の家に入っていきました。

「おばあさま? 香鈴ですの。お加減はいかがですか?」
「ふむ。良くもなし、悪くもなしというところよ」
「こちらがおかあさまから。それからわたくしからはこれを」
 お遣いもののパンとワイン、それに先ほど作った花束を差し出します。
 それを見ておばあさんは少し眉をあげました。
「これはどこで摘んだのじゃ?」
「森の中のお花畑ですの」
「そうであろう。他では咲いておらぬ花のはず。よくぞ知っておったな」
「お友達に教えていただきましたの」
 本当は影月狼を友達というのはどうかとも思いました。だって今日知り合ったばかりですから。でももうずいぶん前から知っていたような気さえします。
「あのあたりは、狼が出るらしいからあまり近寄るでないぞ」
 狼といえば確かに怖ろしいはずです。でも香鈴赤頭巾にとって影月狼はその中には入りませんでした。ですから、素直に、
「はい」
 と答えましたが、
(また影月狼様に連れていっていただきましょう)
 などと思っておりました。

 お見舞いを済ませて、香鈴赤頭巾は森の家を出ました。お日様は少し傾いて、急いで帰らないと日が暮れてしまいます。
「香鈴赤頭巾さん」
 声のする方を見ると影月狼が手招きしておりました。
「暗くなるまでに帰れるように送っていきますよ」
「また近道ですの?」
「ええ。お花畑を通らないのでもっと早く帰れる道です」
 空を見て。それから影月狼を見て。香鈴赤頭巾は手を差し出しました。
「お願いいたしますわ」
「はい!」
 嬉しそうに尻尾を振って、影月狼は香鈴赤頭巾の手をしっかり握って歩き出しました。

 今度の道は、行きに使った道とは違って、薄暗く細い道でした。ひとりでは怖くて歩けなかったでしょう。でも影月狼と手をつないでいるせいか、あまり怖いとは思いません。
 道はぐねぐねと曲がって。とても覚えられそうにありません。このまま違うところに行くんじゃないかと香鈴赤頭巾が思い始めた頃、ぽっかりと視界が開けました。香鈴赤頭巾の住む村が見えています。
「ここまでで大丈夫ですわ。もうひとりで帰れますの」
 暗くなるまでに帰れそうで香鈴赤頭巾はほっとしていました。
「今日はありがとうございました。あの……」
 何度か口を開きかけては声にならず、それでもようやく香鈴赤頭巾は言うことができました。だって、影月狼がにこにこと香鈴赤頭巾が話すのを急かしもせず待っていてくれたからです。
「また、お花畑に連れて行ってくださいます?」
「はい、喜んで」
 香鈴赤頭巾は今日のことを振り返って、そうして影月狼に感謝していることを何か形で示したいと思いました。
「今日のお礼をしたいんですけれど」
 香鈴赤頭巾は持ち物を探りますがお礼になりそうなものはありません。
 影月狼はそんな香鈴赤頭巾を嬉しそうに見つめると訊ねてきました。
「お礼、してくれるんですか?」
 香鈴赤頭巾はうなずきます。
「ただ、今はさしあげられるものがございませんし、今度までに用意しておきますわね」
「んー、今、もらっちゃってもいいですか?」
「でも、今は何も持っていないんですの」
 手にした籠の中を見せて説明しますが影月狼は気にした様子もありません。
「大丈夫ですー。ちょっと目をつぶってください」
 首を傾げながら香鈴赤頭巾は目を閉じました。

「あなたみたいに可愛いと思った人は他にいません」
 そんな声が耳元でしました。これではまるで愛の告白のようではないですか。香鈴赤頭巾は顔が赤くなっていくのを止めることができません。
 ですから影月狼の手が頬に触れて、そのひんやりした感触に思わず目を開けてしまいました。
「本当にあなたはなんてきれいなんだろう……」
 ぶつかったのは影月狼の真剣な瞳でした。
 香鈴赤頭巾はその瞳にのまれてしまって、身動きすらできません。
 すっと影月狼の瞳が細められ、気がつけば唇を奪われていたのでした。

 何が起こったのか香鈴赤頭巾にはわかりませんでした。唇が離されてようやく事態を把握して、香鈴赤頭巾は恥ずかしいのか腹が立つのか嬉しいのか泣きたいのかも分からなくなって、影月狼の胸を突いて逃げ出しました。
「な、何をなさるんですの! あ、あなたなんて、もう知りませんの!」
 とても狼らしくない狼ですけれど、影月狼はやっぱり狼だったのです。こういうのを『送り狼』と申します。
 香鈴赤頭巾の態度に怒るでもなく影月狼ときたら、あの思わずこちらまで幸せになってしまう笑顔を向けています。
「またお花を摘みに行きましょうね」
「行きません!」
「誘いに行きますね」
 誘いに来られたら断ることはできないかもしれない……と香鈴赤頭巾はそんな予感にかられました。だから、ともかく家に向かって走りだしました。
「お礼、ありがとうございましたー」
(勝手なことおっしゃって!)
 背中に向けられた言葉に内心で反発したのは。うっかり声に出したら影月狼につかまってしまいそうな気がしたからです。それからは後ろも見ずに一心に走りました。

 でももう、とっくにつかまってしまっていることに、香鈴赤頭巾はまだ気付いていなかっただけなのでした。
 きっと何日かしたら、お花畑にいる自分を発見することでしょう。もちろん、隣には嬉し気に尻尾を振る影月狼の姿があるのです。

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メルヒェン・フェストおまけ
「影月×香鈴の赤頭巾」

12もの童話パロを書いてから。
ふと影香の正統派「赤頭巾」もいいな、と思いました。
で、影月を狼にしたら。
先回りしておばあさんを食べたり、おばあさんのふりして赤頭巾を食べたりはしないだろうと思いました。
でも。
何度考えても。
香鈴は食べられてしまいます(苦笑)
これでも、考えた中で一番おとなしいものなのです。
童話の範疇ぎりぎり許容でしょうか?
(ペローの赤頭巾なんかね、最後は女の子に気をつけなさいっていうお説教(?)付きなんだよ)