シンデレラ |
シンデレラ?=静蘭 継母?=冥祥 ねずみ?=燕青 魔法使い=南老師 王=ちび劉輝 |
とある国のとある一群に、ひとりの少年が攫われてきました。ぼろぼろに傷ついておりましたがたいそう美しい少年です。しかし、過去のことは何も話しません。 その一群には意地悪な冥祥という副頭目がおり、特に少年をひどいめに合わせてくれました。 朝から晩まで休む暇なく働かされ、謂れのない侮辱を受け、それでも誇り高い少年はただじっと耐えました。今の自分では叶わないことを知っていたからです。 周りは少年のことを「小旋風」と呼びましたが、少年は答えません。そしてだからと言って自分の名前を言おうとは決してしなかったのです。 同じような年頃の同じような境遇の少年がこの一群にはもうひとりおりました。こちらは「小棍王」と呼ばれておりました。 小棍王の方は少年と親しくなりたいようでしたが、心に深い傷を負った少年は、もう誰一人として信じることはできませんでした。それでも、小棍王の振りまく明るさに救われてもいたのです。 少年にできることは、ただひたすらに耐え、ひそかに体調を取り戻し、そして腕を磨くことでした。 ある日、二人っきりで雑用を押し付けられているとき、小棍王が小さな声で言ってきました。 「なあ、小旋風。俺さ、晁蓋を討とうと思ってるんだ。お前も手伝ってくれないか?」 晁蓋とは、この一群の頭目の名前です。とてもとても悪いことばかりしている一群の頭目です。 「俺、あいつに家族を皆殺しにされたんだよ。だから、晁蓋を殺る。なあ、手伝ってくれないか?」 小棍王のことは信じたいと思います。そして、小棍王以外のこの一群のメンバーには憎しみと恨みしかありません。このままでは自由にもなれず、一生飼い殺しになるかもしれないのです。 けれど。 「剣がない」 そう、少年には自分の剣がありませんでした。武器は厳重に保管されていて持ち出すこともできません。剣があれば、体力を取り戻した少年は復讐だってできると思うのです。 「じゃさ、剣が手に入れば、手伝ってくれるか?」 一人より二人の方が確実です。おまけに、少年と年は変わらないのに、小棍王もとても強いのです。 「そうだな。剣が手に入れば考えよう」 そんな折です。国中におふれが出されたのは。 国一番の剣士を決める武術大会が開かれるというのです。そして優勝した者には国宝級の名剣を与えるというのです。 「欲しい……」 少年は心から思いました。武術大会に出場できれば、優勝する自信だってあります。けれど、一群の主だった者たちは大喜びで参加するらしいのですが、少年の出場は禁止されてしまったのです。 「国宝級の名剣など、おまえには早い!俺たちの誰かのもんと決まってるしな!たまには盗まず正々堂々てのも面白いだろう!」 武術大会の日が来て、みんな出かけていきましたが、少年は見張りと共に残されています。少年は悔しくて悔しくてなりません。 と、一枚の紙が少年の前に漂い落ちてきました。見ると。 「弟子が世話になっておるようだから助けてしんぜよう」 と書いてありました。 次の瞬間、見張りたちは音もなく倒れてしまいます。 「このマントを着ておれば誰にもお前だとはわからん。マントのまま武術大会に出場するといい。だが、このマントの効き目は夜になるまで。太陽が沈む前に決着をつけて戻って来い」 そう書かれたもう一枚の紙と、一見ごくありふれた灰色のマントがいつのまにか少年の手にありました。 半信半疑ではありましたが、少年はマントを着て武術大会に出かけました。 飛び入り参加を申し込み、貸し出された木剣を操って、驚くべき強さで勝ち進みます。 試合が続くと少年もマントの効き目を信じないわけにはいかなくなりました。目の前に冥祥たちが見物しているのに、少年だとわからないようなのです。 ついに決勝を迎え、少年は冥祥と対戦し、なんとか勝つことができました。 「国一番の剣士が決まったのだ!」 主催者である幼き王様がかたく封印された剣を持って近づきました。 「この剣、干將は心身共に強い人物でないと主と認めない困った剣なのだ。そなた、試してみるがいい。見事、干將に認められればこれはそなたのものだ」 封印を解かれた剣は、まったく見事な剣でした。決して飾り物ではない、本物の名剣でした。 少年が剣に手を伸ばすと、剣が震えているのがわかります。心を落ち着かせ、ゆっくりと柄に手をかけると、しびれるような感触が走りました。 (私だ!私がおまえの主だ!) 少年は強く心の中で剣の命じました。すると、剣震えを止め、少年は鞘から剣を引き抜きました。 「干將の主だ!」 王様の声が耳に届きます。少年は改めて王様から剣を授与されるために、一旦剣を返しました。 しかし、その時、少年は当たりが暗くなり始めていたのに気が付きました。もうほとんど太陽は沈みかけています。 (まずい!) まだ今、冥祥たちに正体がばれるわけにはいきません。少年は一度名残惜しげに剣に視線をやると、そのままその場から駆け去っていきました。 「待て!待つのだ!」 王様の声が聞こえましたが、少年には振り返ることも戻ることもできませんでした。 少年が一群の棲家に戻ると、あやうく見張りが起き上がろうとしかけているところでした。なんとか何食わぬ顔で与えられた仕事の続きをします。 やがて武術大会に出場した者たちも帰ってきました。 「あの剣士は何者だったのだろう?」 「何故いきなり剣も受け取らず逃げ出したのだろう?」 「冥祥もいいところまでいったのだがなあ」 彼らの話題はそのことで持ちきりでした。 つとめて冷静に少年は振舞っていましたが、心の中はもう少しで自分のものになるはずだった剣のことで頭がいっぱいでした。 (あともう少し時間があれば……!) それから数日が過ぎ、門を叩く音が響きました。何やら立派な服装の人たちが訊ねてきたのです。 「王は名剣『干將』の新しい主を探しておられる。見事鞘から抜いた者こそ、『干將』の主と認め、その場で与えろとのこと。ただし、主でない者が『干將』に手を出すと、具合の悪くなる者もいる。それでも恐れないならば剣を使えるものすべてに試させるようにと」 使いの者の声を聞いて、住処にいた男たちは我先にと剣に手を伸ばします。 しかし、剣に触れただけで、 「手が!手が!」 と、手をおさえて転がりまわってしまいます。ついに、少年と小棍王以外の全員が試しましたが、結果は同じでした。 少年は鍵のかかった部屋に閉じ込められていて、試すことができません。あれは自分の物なのに! 「なんだ、まだこんなところにおったのか」 見知らぬ声が聞こえたかと思うと、少年の意識は途絶えました。 「この家にはもう剣を使う者はおらぬのか?」 使者が帰ろうとした時です。 「まだここにおる」 声と共に、少年がいきなり目の前に放り出されてきました。衝撃で少年の意識が戻ります。 何が起こったのか咄嗟にわかりませんでしたが、すぐ近くにあの名剣を見つけます。 「その剣、私にも試させてください」 「まだ子供のようだが剣は使えるのか?」 「使えます」 少年は背筋を伸ばしてゆったりと剣に近づきます。その様はまるで王者のような威厳がありました。 「『干將』、私だ」 そうして鮮やかに剣を鞘から引き抜いてみせたのです。 驚く使者たちに少年は言います。 「仔細あるのでこの場はお引取りねがいます。後日、必ず王の元に参りますから」 そうして使者を無理矢理帰して少年は叫びました。 「小棍王!待たせたな!」 振り向きざま抜刀して、しびれた手を抱えた男たちを切り伏せていきます。 「おうっ!絶好の機会だな!」 誰一人として、二人の少年からのがれることはできませんでした。 その夜、厳重な警戒がひかれる王様の部屋にいきなり少年が現れました。 「陛下。『干將』を賜った者です」 「おお!そなた!何故急に消えてしまったのだ?」 寝巻き姿の幼い王様は、怪しむことなく少年を迎えます。 「陛下は極悪非道の盗賊の一味、殺刃賊をご存知でいらっしゃいますか?」 「うむ、知っておる。たくさんの民が殺されてしまっているのに、捕まえることができないでいるのだ」 王様の表情が曇ります。 「私はその殺刃賊に捕らわれておりました」 「なんと!では今も?」 「いえ、いただいた『干將』のおかげで、殺刃賊を滅ぼすことができました」 少年は腰に佩いた剣を大切そうに握り締めます。 「では、そなたはこれからどうするのだ?その剣、『干將』は余の剣、『莫邪』の兄弟剣なのだ。本来王位を継ぐべき亡き我が兄上の剣であった。心身共に優れたそなたにはぜひ、これからずっと兄のように、未熟な余の片腕となって欲しいのだ!」 先の王様が亡くなって、まだ幼い今の王様は王位についたばかりです。王様は不安で淋しかったのでしょう。それが伝わって、少年は断ることができませんでした。 やがて。この国はふたつの兄弟剣に守られていると謳われる平和な国になりました。 新しい名前をもらった少年は生涯王様に忠実に仕える名将軍となったということです。 |