ジャックと豆の木

ジャック=絳攸  魔法使い=黎深  巨人=劉輝


 ジャック少年はおかあさんと二人暮らしです。
 けれどとても貧乏でしたので、ある日食べる物を手に入れるために、たった一頭残った牝牛を市場に売りに行って来るよう言いつけられました。

 牝牛を曳いたジャックが道を歩いていると、赤ずくめの男に出会いました。
「そこの子供。その貧相な牛をどうする」
 貧乏な家でしたから、牝牛も痩せています。
「もう家に食べるものがないから、市場に売りに行くんだ」
「……言いたくはないが。市場はこの道ではない」
 子供の頃からジャックは道に迷うことが得意でした。慌てて道を戻ろうとしたジャックに男は言いました。
「待て、子供。今からだと着いた頃には市は終わっているだろう」
 お日様の位置を確認したジャックは、男の言葉に嘘がないとわかってしまいます。
 けれど、牝牛が売れないとジャックもおかあさんも困ってしまうのです。
「乗りかかった船だ。子供、その牝牛、私が買ってやろう」
 何故か鉄扇を取り出したその男がふいに提案してきました。
「本当ですか?」
「その代わり、支払いは金ではない」
 男は、ジャックの手に数粒の豆を載せました。
「これは魔法の豆。金などよりよほど価値があるものなのだ。うまく使えばおまえは金持ちになれるだろう」
 ジャックがどうしたものかと悩んでいるうちに、男は牝牛を連れて姿を消しておりました。


 その夜、迷いに迷ってジャックは家に帰ると、おかあさんにすべて話しました。
 けれど、おかあさんからしたら牝牛が豆数粒にしかならないなんて納得できません。
 怒ったおかあさんは豆を家の外に捨て、ジャックを早々に寝床に追いやりました。

 翌朝、目覚めたジャックは驚きました。家の外に昨日までなかったものすごい大木が生えていたからです。葉やつるを見れば、それが豆であることがわかりました。
「まさか本当に魔法の豆だったなんて……」
 豆の木は高く高く、雲に達するほど伸びていました。

 ジャックは興味を惹かれて豆の木を登り始めました。つるがうまい具合に巻きついているので、登るのに苦労はしません。そうしてついに雲の上に出ました。
 豆の木からさして離れていない所に、ジャックはお城を見つけます。大きな大きなお城です。
 そこは、巨人のお城だったのです。
 門の隙間を抜けて城に入ったジャックは、やがて自分がすっかり迷ってしまったことに気が付きました。しかも、お腹はぺこぺこです。

「さあ、餌の時間なのだ。たくさん食べるのだ」
 一瞬、自分に言われたのかと思いましたが、そんなはずはありません。
 あたりを見回してみると、とても高価そうなものがごろごろしています。
 声のした方を覗いてみると、巨人がおりました。
 巨人はちいさなちいさな鶏に餌をやっているところでした。
(なんでこんなところに鶏が?)
 どう見ても宝の蔵だとしか思えないところで鶏を飼う人なんていません。
 しかし、答えはすぐにわかりました。巨人は鶏の後から何かつまみあげたからです。
「うむ。今日の卵も美しいぞ。明日も頼む」
 巨人の爪の先にあったのは黄金の卵だったのです。

 やがて巨人が部屋から出て行くと、ジャックは鶏に近づきました。
 巨人の前ではとても小さく見えましたが、ジャックからすれば普通の大きさの鶏です。
 鶏は藁を敷いた籠の中でおとなしくしています。
「金の卵を産む鶏か」
 こんなのがいてくれたら、ジャックもおかあさんもきっと助かります。
 ジャックは鳴かれないようにくちばしを縛ると、鶏を抱え上げました。

 問題はどうやって帰るかですが、それも解決しました。
 蔵の扉の下を出てすぐに、外からの明かりが見えたのです。そこから門まではすぐでした。
 ジャックは急いで門をくぐって城から離れます。
 幸い、豆の木以外に雲の上に目立つものはなかったので、迷うことはありませんでした。

 家に戻るとジャックは鶏をおかあさんに見せます。おかあさんは普通の鶏としか思わなかったようですが、もしこれが普通の鶏だとしても、毎日卵を生んでくれるなら助かりますので、たいそう喜んでくれました。
 次の朝には鶏は金の卵を生みました。次の日もまた次の日も、鶏は一日一個、金の卵を生んでくれます。
 ジャックもおかあさんも食べるものに困ることはなくなりました。


 そうして一月ばかりが過ぎました。
 ジャックはまた豆の木に登ってみることにしました。前回はあまりゆっくりまわりを見る余裕もありませんでしたし。

 雲の上の巨人の城は、変わらずそこにありました。ジャックは城の中に潜り込んであちこち見学します。
 たいていのものはジャックには大きすぎて、ただの家具でも何なのかわからなかったりしました。
 そうして、気が付けばジャックはまた宝の蔵に入り込んでいたようです。
 今度はじっくりと観察しました。巨人の宝物はどれもこれもジャックには大きいので、どれほど素晴らしいものでも持ち上げることさえできません。
 ところが、普通の人間サイズのものが目に入りました。
 美しい女の人……に見えましたが、よく見るとそれは楽器、ハープでした。

 いきなり地響きがしたと思ったら、巨人がやってきているようです。慌ててジャックは物陰に隠れます。
「魔法のハープ、余は悲しいのだ。歌って慰めてくれ」
 巨人が先ほどのハープに語りかけると、彫刻の女が歌い、弾く者もいないのにハープが音楽を奏でます。
 ひとしきり聞くと、巨人は蔵を出ていきました。
(歌って演奏もする魔法のハープか……)
 こんなものがあれば楽しいだろうと、ジャックはハープに手をかけます。
 まだ少年のジャックにはかなり大荷物でしたが、紐をかけて背負います。

 蔵から出て明るい方にいけばいいのは覚えていましたから、ジャックは迷うことなく城を出ます。
 ところが、門を出た途端、
「何?私をどこへ連れていくのっ!?」
 いきなりハープが大きな声で叫びだしたのでジャックは飛び上がるほど驚きました。
「地上に連れていってやるよ」
「地上!?嫌よ!戻してよ!」
 もう豆の木はすぐそこでしたから、ジャックはハープを返しに行く気にもならず、そのまま木を下り始めました。
 時々ハープが叫ぶので気が散っていけません。
(連れてこなければよかった)
 そう思っても、両手を使って木を下りているのでもうどうしようもありません。

「待つのだー!ハープを返すのだー!」
 ふいに木の上から巨人の声がしました。巨人はハープを追って、豆の木を見つけたようなのです。そして、自分でも豆の木を下りてきました。
 ジャックはほとんど滑るように木をおりていきます。両手が擦り剥けたりもしましたが、巨人に捕まるわけにはいきません。
 なんとか地上に下りたジャックは斧を取ってくると、豆の木を切り倒そうとします。けれど子供のジャックに、簡単に木が切り倒せるわけもありません。
 しかも、巨人はある程度下りてくると、残りを飛び降りました。
 地面が激しく揺れて、ジャックも斧を放り出して立てなくなったほどです。
 巨人はそんなジャックを見つけてしまいました。
「余のハープを返すのだ!」
 ジャックは背負っていた紐を切って、ハープを返します。さんざん耳元で叫ばれて、すっかりこのハープが嫌になっていたのです。

 そこに、鶏が近づいてきました。
「ああ!?余の金の卵を生む鶏なのだ!これも取ったのはそなただったのだな!?」
 ジャックには何もいえません。
 巨人は傍の家を指差してジャックに尋ねます。
「これがそなたの家か?」
「……そう」
 巨人はハープと鶏を懐にしまうと、ジャックに言いました。
「余は仲間と遠く離れて暮らしていてとても淋しい。ハープはそんな余を慰めてくれるものだし、鶏の卵は集めて仲間に送っている。そなたの家は貧しいようだから、これまで鶏が生んだ卵までは取り返さないが、これからまた同じことはしてはいけない。雲の上と地上では世界が違うが、違うからと言って、勝手に人の大切な物を持ち出してはいけないのだ」
 ジャックは恥じて、巨人に謝りました。
「それでは余は帰るのだ。この豆の木は魔法で消してしまうことにするからもう会うこともないと思う」
 巨人は豆の木を登って姿を消し、しばらくすると豆の木も忽然と消えました。


 それでも、それまで鶏が生んでくれていた卵があったので、ジャックはおかあさんとそれなりに暮らしていくことができました。
 やがておかあさんが亡くなって、身寄りのなくなったジャックが困っていると、豆をくれた赤づくめの男が現れました。
「豆は効果があったか?まあ、どうでもいい。おまえにしよう」
 ジャックの返事も待たずに男はジャックを連れ去り、引き取って育ててくれました。
 ある意味、巨人よりも怖い人でしたが、ジャックは男に感謝して大人になりました。
 大人になったジャックは、誰からも褒められるような清廉潔白な人物になったそうです。


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