長靴をはいた猫

末っ子=克洵 猫=燕青 お姫様=春姫 魔物=晁蓋


 両親がなくなり、残された三人の兄弟はそれぞれ遺産を分配しました。
 乱暴者の一番上の兄が当たり前のようにそのほとんどを自分のものにしました。
 二番目の兄はどうでもよさそうでした。それでも邸のひとつくらいは貰っていたようです。
 さて、末っ子ですが、とうとうなんにももらえませんでした。

「そんなあっ!僕にも何かくださいーっ!」
 一番上の兄にすがって末っ子が泣くと、
「お前みたいな役立たずには何もかももったいないんだよ!」
 それでも末っ子がしくしくいつまでも泣いていると、一番上の兄は
「だーーーーっ!うっとおしいっ!これやるから出ていけっ!」
 末っ子に与えられたのは、一匹の猫でした。


 末っ子は猫を与えられると、さっさと家から追い出されてしまったのです。これからのアテもありません。
「おい、克、いつまでも泣いてんじゃねーよ」
「猫になんか、僕の気持ちがわかるもんかー!」
 この場合、何故猫が話せるかなんて、野暮なことは言ってはなりません。
「ああ、もう、しょうがねえな。お前、自分で何とかしようって気になんねえ?先代への恩があるから手助けくらいはしてやっけど、俺にできんのはそんくらい。結局、お前が自分で立ち上がらない限り現状は変わんねーんだよ」
 猫はそれでも泣き続ける末っ子を見て、耳の後ろを掻きながら言いました。
「とりあえず、きっかけ作ってやっから、長靴と棒を寄越せ」
「猫に長靴って……」
「いや、俺もどうかと思うけど、履かないとタイトルに偽っちまうし」
 財布をはたいて末っ子は猫に長靴を買い与え、棒を探して渡しました。
「んじゃ、ちょっくら待ってろ」
 猫は見事な棒さばきでお尋ね者の賞金首を捕まえると、王様の元に引きずっていきました。
 王様は猫が長靴を履いているだけでも妙なのに、悪党まで捕まえたのに興味を持ちました。
「あ、俺はただのカラバ侯爵様に仕えてるだけなんでー」
 こうして、猫はその後も何人もの悪党をのしては王様の元に連れていきました。
 その度に連呼される「カラバ侯爵」も気になってしかたなくなっていました。

 猫が賞金を稼いできてくれるようになって、末っ子はまともに食事ができるようになりました。
 そんなある日、強引に猫に川に連れ出され、裸になって水浴びするよう言われます。
「なんで裸?」
「そりゃ、服着てたら貧乏人だってわかっちまうだろうが」
「って、えっ!猫!ここ深いっ!」
 うっかり深みにはまってしまった末っ子は慌てます。
「よーし、おあつらえ向きだぜ!」

「たいへんだーっ!誰かカラバ侯爵様を助けてくれえっ!」
 猫の計算どおり、王様の馬車が通りかかり、その声を聞きました。
「おお、そなたはいつもの猫。侯爵殿がどうされたと?」
「俺が傍を離れてる時に水浴びされてたんですけど、服とか一式盗まれちまったみたいで」
「それはいけない!すぐに侯爵殿に着るものを!」
 王様の命令でお姫様が服を届けてくれました。
(きれいなお姫様だ……)
 末っ子は夢見心地で着替え終わると、あたりを見回します。
 目に付いた小さな花を根っこごと抜くとお姫様に真っ赤になりつつ差し出しました。
 お姫様もその様子に嬉しそうに花を受け取ってくれました。

「カラバ侯爵殿、お初にお目にかかる」
「あ、は、は、はじめまして」
 末っ子は王様の前に行くと緊張のあまりうまく話せません。
「ぜひ我が馬車でそちの城まで送らせてくれまいか」
 しかも王様はこんなことを言ってきます。
 ……侯爵って何?城って何?
 末っ子はすっかりパニックです。
(ね、ねこぉっ!)
 泣きそうになりながら末っ子が猫を見ると、猫はすました顔で言いました。
「んじゃ、このままゆっくりまっすぐ進んでください。俺は城に先に知らせにいきますんで」

 しばらく道を進んで猫は広大な農園で働く人たちに会いました。
「なあ、ここの領主って誰よ?」
「おそろしい人食い鬼だよ」
「その人食い鬼、退治してやっから、このあと来る馬車に聞かれたら『ここはカラバ侯爵様の領地です』って言ってくれよ?」
 猫はその後も見かける人がいる度に同じことを頼んで進みました。

 王様の馬車は見事な農園に感嘆して農民に聞きます。
「ここはどなたの領地だね?」
「カラバ侯爵様の領地にございます」
 これが何度も続きましたので、王様はすっかり感心してしまいました。
「いや、侯爵殿は見事な領地をお持ちでいらっしゃる」
「はあ……」
 末っ子は居心地が悪くて仕方ありません。
 けれど、きれいなお姫様が微笑みかけてくれるので、それはそれで幸せでした。


 さて、猫はついに人食い鬼の城に着きました。とてもとても立派なお城です。
「なあ、人食い鬼退治してやったら、お前ら皆、カラバ侯爵様に仕えるか?」
 誰もが人食い鬼を恐れていたので(何しろいつ自分が食べられてしまうかわかりませんから)退治してくれたら一生侯爵に仕えると全員が約束しました。

 猫は人食い鬼のいる広間に向かいました。
 人食い鬼は変身の魔法も使えるということです。
「ああ!やっぱすっげー!おっちゃんかっこいい!」
 猫は大声で大仰に叫んでみせました。
「何だ、誰だお前は?」
 人食い鬼はその声で猫に気付きました。
「あ、いや、弟子入り志望なんだけど」
「俺にか?」
 あまり猫が言うことではありません。
「いやもう、魔法も使えるなんて最高だし!」
「なかなか面白い奴だな」
 人食い鬼などやっていると、人に褒められるなんてことは無縁ですから、簡単に猫の発言に気をよくしてしまったようです。
「ちょっと変身するとこ見せてくれねえかな?」
 人食い鬼は次々と怖ろしい姿に変身してみせました。その度に猫は派手に賞賛します。
「すっげー!あ、でも小さいものとかでも変身できんの?」
「もちろんだ」
「えー?無理じゃねえの?できるんならそうだなー。蚤とかになれる?」
「お安い御用だ」
 人食い鬼は蚤に変身してみせました。
 たちまち猫は飛び掛って、ぶちっと潰してしまいました。念のため、死体も燃やしましたので人食い鬼は生き返る心配もありません。
 城の人間に猫は人食い鬼を退治したことを告げました。
「んじゃ、今日からここはカラバ侯爵様の城な。もうすぐカラバ侯爵が王さんとお姫さん連れてくるんで、宴会の用意も頼むな」

 王様は城に招かれてすっかりカラバ侯爵と名乗る末っ子と縁を結びたいと思うようになりました。
 幸い、お姫様と侯爵は何やらいい雰囲気です。

「猫、猫!どうもありがとう!」
 末っ子はまだ自分の新しい立場に慣れませんが、猫が自分のために用意してくれたことを無駄にする気はありません。実はこの末っ子が見所があるからこそ猫はお膳立てしてやったのですが。
「おうっ!城と領地は手に入れてやったけどな、あとの管理はお前がすんだぞ?そこまで俺は手伝わねーから」
「うん!僕、がんばるよ!」
「あと、うまいことお姫さんも口説けるようがんばれよ」

「さてと。先代への恩もこれで返したし、俺はちょっと旅に出るからな」

 猫は旅立ちましたが、カラバ侯爵となった末っ子は、やがてお姫様をお嫁さんにし、しっかり者のお姫様に助けられながらも立派に領地を治めて領民に愛されて幸せな一生を送ったということです。


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