赤 頭 巾

赤頭巾=清雅 女の子=秀麗


 あるところに、赤頭巾と呼ばれる男の子がいました。
 たまたまプレゼントされた赤い頭巾を愛用していたら、いつのまにか周りからそう呼ばれるようになっていたのです。
 けれどこの男の子、実はとっても外面が良いだけでした。
 もらったものは嬉しそうに受け取って使っているところをアピールしておくと好感度大ですから愛用してみせていただけなのです。
 そして、本当は赤い頭巾なんて嫌いでした。ですから、毎日使い倒してぼろぼろにして、さっさと捨ててしまいたいとか思っていたのです。
 でもまあ、ともかく今は赤頭巾と呼ばれています。


「赤頭巾君、おつかいにいってきてくれるかい?」
 ある時、近所のおばさんが赤頭巾に頼みました。
「ええ!まかせてください!」
 赤頭巾は心と裏腹な笑顔で承知します。
「森の家に届け物をして欲しいんだよ。私は今、よく歩けないからねえ」
 おばさんが最近足を痛めたことを赤頭巾は知っていました。
「お安い御用です。他にも用事があったら言ってくださいね」
 本当はとても面倒だとか思ってはいたのですが、地道に印象アップに努めて損をすることはありません。
「本当に赤頭巾君はいい子だねえ」
 ほら、こんなにお駄賃までいただいてしまいましたし。
「ただね、最近森に狼が出るっていうから気をつけて行っておいで」
 おばさんはそう言って赤頭巾を見送りました。

 さて、お遣い物を預かって、赤頭巾は森に向かいました。
(狼が出るようなところへいたいけな子供を使いにやるんじゃないよ)
 どこで誰が聞いてるかもわかりませんから、赤頭巾は一人きりでいても本音を口に出したりはいたしません。
(ま、狼ごとき、俺の相手じゃないけどな)
 そんなことを考えて歩いていましたら、当の狼がひょっこり顔を出しました。
「おや、これは可愛い赤頭巾のお坊ちゃんじゃないか。どこへ行くんだい?」
「森の家までおつかいです」
 例え狼の本性を知っていたとしても、あくまでも顔には出さない赤頭巾です。
「そうかい。それならこの先にきれいな花畑があるよ。お土産に花も付けたらもっと喜ばれるんじゃないかい?森の家に住んでるのは女性なんだろう?」
 赤頭巾は先ほど『可愛い』と言われたことが正直面白くありませんでした。しかし。
「ありがとうございます。いい案ですね」
 そう微笑んでお礼を言うと、花畑の方向に向かって歩き出しました。

(馬鹿か、あの狼)
 狼の魂胆などお見通しです。どうせ自分のふりして先回りして森の家に入れてもらうつもりなんです。普通に狼だとわかったら、誰も入れてはくれませんからね。
 赤頭巾は狼から見えない所まで来ると、花畑には向かわずに一目散に脇の小道に向かいます。その小道はちょっと険しいのですが、実は森の家に行くのには最高の近道なのです。
 近道を走りとおした赤頭巾が森の家に着くと、狼の姿はまだ見えません。どうやら先回りの先回りに成功したようです。


 赤頭巾は乱暴に扉を叩きます。
「さっさと開けろ!」
 いきなり地になってるのは、この家の住人が彼の本性を知っているからです。
「何よ!なんだってあんたが来るのよ!」
 扉を開けたのは赤頭巾とそう年の変わらない女の子でした。
 さっさと家に上がりこむと、赤頭巾は預かった籠を渡します。
「それはもう、皆様の信頼厚い赤頭巾様だからな。ほら、頼まれ物だ!」
「あ、ありがと。……どうせならあんた以外の人に頼んで欲しかったわ」

 この二人、実は天敵同士なのです。
 女の子はたいへんまっすぐで正義感が強いのですが、そこが赤頭巾の鼻についてなりません。
 女の子は女の子で、赤頭巾の変わり身の早さが嫌いでした。それなのに、赤頭巾が優秀なのが癪にさわってなりません。
 赤頭巾は自分が女の子に嫌われてることを知っていますので、時々わざとちょっかいをかけにきたりしておりました。本気で女の子が嫌がってるのを見るのは楽しかったのです。
 ……それって、好きな子いじめとどう違うんでしょうねえ?

 それはともかく、今は別の問題があります。
「おい、ちょっと協力させてやる」
「はあ!?何をさせてやるですってえ?」
「ばーか。俺が先回りしたから良かったものの、狼がこの家に入り込もうとしてる。わざわざ教えてやるなんて俺も人がいいな」
「あんたのどこが!……それはともかく狼ですって!?最近、一人暮らしの家とか狙って狼が現れるって、お隣のおばちゃんも言ってたわね」
 女の子も働き者のいい子だと近所でも評判で、ことおばちゃんたちにたいそう可愛がられておりました。ですから、市井のネットワークからの情報は彼女の耳に入らないことがないほどです。
「いいわ。今回限りあんたに協力してやってもいいわ」
 女の子はしぶしぶうなずきます。
「じゃあ、お前は俺の命令を聞けよ?」
「誰があんたの命令なんて!協力って言ってるでしょうが!」
 女の子の憤慨ふりを眺めながら赤頭巾は話を進めることにしました。
「あの狼はおそらく俺のふりしてこの家にやってくる」
「あっきれた!最初からあんただとわかってたら、塩まいて水ぶっかけて麺棒で叩き出してやるわよ!」
 女の子は本気でした。赤頭巾はそうと知っても鼻で笑っただけでした。
「それでだ。騙されたふりして家の中に入れてやれ」
「人の家だからって好きなこと言ってくれるわね……。それであんたはどうするつもりなのよ?」
「おまえが食われるのを高みの見物」
「なんですってえっ!?」
 真っ赤になるほど怒りにかられる女の子をこれ以上怒らせるのはそろそろ終わりにしようと赤頭巾は思いました。
「……それじゃ、面白くないからな。おまえを叩き落とすのは俺の役目だ。人の楽しみを狼ごときに奪われるつもりはないさ。だから提案してやる。
 おまえが家に一人っきりだとわかったら、奴は嬉々として襲い掛かるだろうな。だから、家の中に……そうだな、具合の悪い婆さんでもいるふりしとけ」
「……いないわよ、家にそんな人」
「狼にはわからないだろうさ。寝たきりならもっと襲うのは簡単だと、婆さんのこと話してやったらお見舞いに行くとか言い出すだろう。まあ、そのへんは臨機応変に進めろ。それくらいはできるよな?
 ほら、顔の隠れるようなナイトキャップか何か用意しろ。俺がその婆さんのふりしてやろうってんだから。で、部屋に案内したらおまえはその足でだな……」
 赤頭巾は女の子にいくつかの指示を出しました。
「うーっ!あんたの案に乗るのは癪だけど、言われた通りにするわよ!」
 女の子があんまり悔しそうな顔を見せてくれたので、赤頭巾はとてもとても楽しくなってしまいました。


 こうして二人が準備を整え終えた後、扉を叩く音がしました。
「やあ!赤頭巾だよ!おつかいで来たんだけど中に入れておくれよ!」

「……何あれ。あんたの真似のつもりなの」
 女の子の声は地を這うように低くなっていました。
「そりゃ、嘘くさいってのは同じだけど」
「うるさい、とっとと行け!」
 赤頭巾はナイトキャップを深くかぶると、ベッドに入って耳をすませました。

「まあ、赤頭巾君なのね!うれしいわ、さあ入ってちょうだい!」
 女の子の台詞は思いっきり棒読みでした。幸い、狼が気が付いた様子はありません。
 そうして迎え入れた狼を見て、女の子はもう少しで噴出すところでした。
 何故って、狼はご丁寧にも赤い頭巾をかぶって現れたからです。
 咳払いして笑いをごまかすと、女の子は棒読みの台詞を続けます。
「ちょうど良かったわ。あたし、お隣のおばさんの所に用があるんだけど、その間、病気で寝ているおばあさんの様子を見ててくれないかしら?」
「それは心配だね!もちろん僕にまかせてくれていいよ!」
 無駄に明るくさわやかに狼は言い切ります。女の子は必死で笑いをこらえます。
「お、おばあさんの部屋はそこだから。そ、それじゃお願いね!」
 部屋を教えるだけ教えると、女の子は後も振り向かずに大急ぎで家から走り出ていきました。もう笑わずにいるのも限界だったのです。

(あの大根役者が)
 聞き耳をたてていた赤頭巾は心の中で嘲笑しておりました。
(ほおら、もっと馬鹿のお出ましだ)
 実は、赤頭巾はわざと自分の頭巾を森の家の外に置いてきていたのです。そうすればきっと狼は赤頭巾になりすますために疑いもなく使うでしょう。そして狼に使われた頭巾なんて使えないと、赤頭巾が忌まわしい頭巾を捨てたって、誰も咎めはしないだろうと計算したのでした。
 赤頭巾はにやりと笑うと深く掛け布団に潜り込み、狼を待ちました。
「やあ!おばあさん!具合はどう?赤頭巾だよ!」
 先ほどと同じテンションで狼が部屋に入ってきました。
「あまり……よくないよ」
 わざとしゃがれた声で赤頭巾はぼそぼそ答えます。
「それはいけないねえ!ところでおばあさんはどうしてそんなに深くベッドに潜っているんだい!?僕に顔を見せておくれよ!」
(他人から見たら俺はこんなに馬鹿に見えているんだろうか……)
 赤頭巾は思わず考え込んでしまいそうになりましたが、なんとか答えました。
「目がしばしばするから、明るいのは嫌なんだよ……」
「ああ!気の毒に!僕がカーテンを引いてきてあげるよ!」
 狼が窓に近づいてカーテンを閉める音がしました。
「さあ!おばあさん!これで部屋が暗くなったよ!顔を見せてよ!」
「いやいや、寝たきりの汚い顔を見せるわけにはいかないからね。そうだ、そこの鏡の前に容れ物があるだろう?クリームが入っているんで取ってくれないかい」
「ああ!クリームできれいにするんだね!いいとも!」
 狼はいそいそと動き、すぐに戻ってきました。
「おばあさん、クリームだよ!」
「すまないねえ」
 赤頭巾は素早く手を伸ばして容れ物を受け取ります。
「さて、目がよく見えないし、鼻もよくきかないんだよ。ちょっと本物のクリームか、匂いをかいでくれるかい?」
「お安い御用さ!」
 狼が勢いよく鼻面を突き出してきたので、赤頭巾は容器の中から取り出したものをべっとりと狼の鼻先に塗りつけてやりました。

「うぎゃあーーーーーーっ!」
 狼は大声で叫んで鼻を押さえて床を転がり始めました。
「鼻が!鼻が!」
「どうだい?確かに西洋わさびのクリームだったかい?」
 狼はイヌ科の動物です。つまり、鼻がとてもよいのです。その鼻にわさびのツーンとくる刺激ある匂いは強烈に作用するのです。それはもう、赤頭巾の予想以上にきいたようでした。狼は泣きながら床を転がるのをやめません。

「ちょっと!赤頭巾、無事なの!?」
 女の子が帰ってきました。
「へえ。心配してくれたんだ?」
 嘲笑うように赤頭巾が女の子を眺めると、女の子は真っ赤になって怒りながら激しく否定します。
「冗談じゃないわ!家であんたの死体の片付けなんかしたくないからに決まってるでしょう!」
「そういうことにしといてやるか。で?援軍はどうした?まさか連れてこられなかったとか無能ぶりを発揮してくれたりするのか?」
「ちゃんと連れてきたわよ!あたしが走ってきたから先に着いただけでもう着くわ!」
 戸口からざわめきが聞こえます。
 どれほど赤頭巾や女の子が頭が良くても、狼を取り押さえるのは子供だから難しいのです。ですから、赤頭巾は女の子に援軍を連れてくるよう指示したのです。
 援軍は……。
「ちょっと!狼はどこだい!?」
「まったく!小さな女の子しかいない家に押し込むなんて最低だね!」
 それは近所のおばちゃんたちでした。
 赤頭巾は床に転がっている狼を指差して教えます。
「情けない姿だねえ!いい気味だよ!」
「よくもこの間、うちに入り込もうとしておくれだね!」
 おばちゃんたちはてんでに騒ぎ立てます。大きな耳を持った狼には、おばちゃんたちが撒き散らす罵声という名の騒音も、やっぱりとても堪えるものなのです。
「か、勘弁してくれ……」
 息も絶え絶えに涙を流しながら狼は、おばちゃんたちのたくましい腕でたちまちしばり上げられてしまいました。

「二人とも、まだ小さいのによくがんばったね」
「まったく、感心するほど頭がいいねえ」
 赤頭巾と女の子はおばちゃんたちからは逆に褒めて、褒めて、褒められました。
 そうして、二人共にますます評判を高めました。
 赤頭巾は狼にも意地悪できて、女の子にも偉そうにできて気分よく自分の家に帰りました。


 ただひとつだけ誤算があったとしたら。
 赤頭巾の活躍に感心したおばちゃんたちが、ご褒美にと真新しい赤い頭巾をプレゼントしてくれたことでしょうか。せっかく狼も頭巾も排除に成功したはずだったのに。
 彼はまだ当分、赤頭巾と呼ばれることでしょう。



メルヒェン・フェストにもどる
目次  トップ