ブレーメンの音楽隊 |
ロバ=龍蓮、ネコ=秀麗、イヌ=影月、オンドリ=珀明 |
あるところにロバがおりました。 このロバ、大変な天才であり、かつ何でも知っててなんでもできるという特技持ちでしたが、常識というものは欠如しておりました。 そんなロバはある日思ったのです。 「この素晴らしい音楽の才能を知らしめるために音楽家になろう!」 何故ロバなのに音楽家なのかとか、その楽器が横笛では吹くのは不可能ではないか、ということはつっこんではいけません。前者は彼のアイデンティティにかかわり、後者はお約束というものです。 こうして、ロバは唐突に旅立ちました。きらきら光る派手なアクセサリーを普通はしないようなやり方でじゃらじゃらと付け、聞き手にはまさに破滅のメロディーを吹き鳴らしながら。 旅の途中、ロバは一匹のイヌと出会いました。人懐こい、たいへんに性格のよいイヌでした。 他人が聞いたらわけのわからないロバの話をにこにこと聞いてくれます。 他人が見たら趣味を疑うロバの飾り物にも関わらず、温かく接してくれます。 「ふむ。ここで出会ったのも何かの縁。どうだ、心の友よ、私と共に音楽を広めようではないか!」 イヌはロバの音楽は正直どうかと思っていたのですが、そんなことを言ってロバを傷つけるのも嫌でした。そこで。 「えーっと、僕、音楽とかまるでやったことないんでー」 イヌはそうして断ろうとしたのです。 しかし。 「それでは太鼓を作ってやろう。何、リズムに合わせて叩けばよい。我が笛に合わせるだけで至上の楽の音を表現できよう」 「え!?でも、あのー……」 断りそびれたイヌは、ロバお手製の太鼓を持たされ、無理矢理同行させられることになりました。 そうして二匹が旅していると、道端でネコに出会いました。ネコは二胡という楽器を持っています。 「ほう!私と音楽がしたいと待っていたのだな?感心、感心。では共に旅に出ようとも!」 感激を表すために、イヌが止めるのも聞かずロバは笛を奏でます。 ネコは嫌そうな顔でロバを見ました。 「はあ!?何言ってるのよ!ちょっと、あんたの騒音と一緒にしないでよね!」 ごく普通の感性を持つネコに、ロバの横笛は最悪でした。 「なんと!それではまだ真の風流、真の楽聖とは言えぬ!やはり共に旅してせっかくの素養を高めようではないか!」 ネコはロバの笛は最悪だと思いましたが、優しいイヌだけではロバを止められそうにありません。このままでは沢山の人々が犠牲になるばかりです。 「あーっ!もうっ!なんで私がこんなことしなきゃいけないのよっ!」 ネコは嘆きながらロバを止めるために追いかけました。 やがてある廃屋の傍まで来た時です。そこは何故かロバの魂を揺さぶりました。 「むうっ!なんと風流な佇まい!我が笛の音を捧げるにふさわしい!」 イヌとネコが止める間もなく、ロバは横笛を奏ではじめます。 と。 「やかましいっ!」 隣の立派な邸から怒鳴り声が上がりました。 「なんだその芸術のかけらもない騒音は!品はないし、リズムはでたらめ!僕のこの耳を破壊するつもりか!いいか、だいたい音楽というものはだなあ!」 一羽のオンドリがぷりぷり怒りながら姿を現しました。 「ほおっ。そなた、なかなかいい声をしている」 ロバは怒鳴られた内容とは違うことを感心しています。 「誰がそんな話をしている!」 オンドリは怒り続けます。 「ふむ。この楽団に声楽を加えるのも悪くはないかもしれん」 「馬鹿かっ!なんで僕がそんな非芸術的な悪行に手を貸さねばならんのだ!」 「見事な声量だな。よし、共に行こうぞ!」 ロバはさっさとオンドリを仲間に加えることに決めたようです。 「少しは人の言うことを聞けーっ!」 オンドリはロバになんとか話を聞かせて理解させようと、結局一緒についてきました。 不思議な縁で旅をすることになった一行は、やがて森にさしかかりました。そうして森の中で夜を迎えてしまったのです。 「夜になるとやっぱり少し肌寒いですねー」 「そうね。それにお腹も空いたわ」 「こら!この孔雀ロバ!勝手に先へ先へと進むんじゃない!少しは人のことも考えろ!」 ロバは仲間を妙に嬉しそうな顔で見つめています。今まで会った人はみな、ロバの家の財力(ロバに財力があるはずないなんて突っ込みは禁止です)におもねって来たり、ロバの特殊な才能に媚を売ったりするような人ばかりでした。けれどこの仲間は! 「ふっ。私ひとりならば森の静寂を楽しんで臥所にするも一興だが、友のためとあらば風流でなくとも屋根の下で眠ることも厭うまい」 そうして、一行の中で一番背の高いロバは言いました。 「もう少し先に灯りが見える。友らよ、そこで宿を借りようぞ」 「あんたにしてはまともな提案ね」 ネコは濡れるのが嫌いです。野宿などしたら夜露で濡れてしまうではないですか。 「屋根があるとありがたいですよねー」 イヌはやせていましたので、毛があっても寒そうに見えました。 「だいたい僕は夜はあまり目が見えないんだ!さっさと案内しろ!」 ええ。鳥はたいてい夜目がきかないものです。 ともかく、一行はロバの案内で灯りを目指して歩き始めました。 明々と灯りの灯る一軒の家が森の真ん中にありました。 「明るいですー」 イヌは嬉しそうに尻尾を振ります。 「いい匂いがするわ」 ネコはヒゲをぴくぴくさせます。 「ほら!お前が代表なんだからとっとと宿を頼んで来い!」 オンドリは羽を広げて威嚇します。 「ふむ。善良なる住人はきっと我々のような存在を待ち望んでいたに違いない。さて、先払いで礼をしておくか」 ロバは。そうロバは。 家に向かって進みながら悪夢のような横笛を吹き鳴らし始めました。 仲間たちは止めることも耳栓をすることもできませんでした。 こうなるともう、どうしようもありません。 「そうだわ!自分たちも音を出して、あの笛の音をかき消したらどうかしら!?」 ネコの提案にイヌもオンドリも苦しみながら同意します。 かくて、イヌは不慣れな太鼓を叩きまくり、ネコは二胡の早弾きを初め、オンドリは声を張り上げて歌います。 「おお!さすが我が心の友どもよ!」 ロバは大喜びしてなお一層力強く笛を奏でました。 それはさながら地獄からの招待状でした。ありとあらゆる不協和音の固まりでした。 ところでこの家に住んでいたのは悪辣な泥棒の一味でした。 泥棒たちはご馳走を用意してまさに夕食にありつこうとしたばかり。 そこにこの騒音公害です。 「ぐはーーーーーーっ!」 誰もが苦しみ、もがきました。たまらず一人が走り出すと、残りの泥棒たちも全員つられて耳を押さえながら戸外へとよろめいて出てきました。 けれど、それはもっと間違いだったのです。 何故なら、聴衆の姿に感激したロバが更にパワーアップし、それを聞かないでおこうと必死の仲間たちも更に音量を上げたからです。 泥棒たちに何ができたでしょう。もう、彼らには家を捨てて逃げ出すことしかできませんでした。 「おや、皆出ていってしまった。ふむ。楽聖たる我らを迎えるために残っていてはこの家では狭いと遠慮をしてくれたのだな。なんと殊勝な。では遠慮なくお邪魔することにしようぞ」 ロバが演奏をやめたので、仲間たちもふらふらしながら家に入りました。ロバの演奏に対抗するために全精力を傾けてすっかり疲れてしまい、思考力が失われていたからです。 「おお!歓迎の食卓まで!」 ロバに従って仲間たちも用意されていたご馳走を食べ、その家で眠りました。 朝になっても誰も戻ってはきませんでした。それだけなら良いのですが、どうも仲間たちの顔色が良くありません。 「旅の疲れが出たのだろう。では、回復するまでこの家に滞在させてもらおう」 (おまえのせいだ!) 心の中で仲間たちは思いましたが、声を出す気力もありませんでした。前夜の攻防はよほどこたえたらしいです。 さて、朝になって少しは回復した泥棒の一人が、家の様子を見に戻ってきました。夕べはわけもわからぬまま逃げ出しましたが、何があったのか知らねばなりません。 けれど、その泥棒は不幸でした。 「友どもを元気づけるために」 と、丁度ロバが横笛を吹き始めたからです。 昨夜の不協和音の合奏ほど強烈ではありませんでしたが、ロバの演奏は単独でも十分凶器でした。 「うぐっ!」 泥棒はたまらず逃げ出しました。そして森の奥でまだ青息吐息の仲間に話しました。 「悪魔だ!横笛を使って呪いをかける怖ろしい悪魔が俺たちの家に住み着いてしまった!もう一度聞いてしまったら、俺たちの命も魂もきっと奪われてしまう!」 もう夕べだけでこりごりだった泥棒たちは、家も家に残した盗んだ財宝もすべてあきらめて命からがら森から遠くへ遠くへ出来る限り遠くへと逃げ出していきました。家や財宝より自分たちの命や魂の方が大切です。 そして、いつまたあの悪魔が追いかけてくるのではないかという恐怖に、もう悪いこともできずにただ震えて逃げて逃げて逃げきったということです。 数日して、ロバの仲間たちも元気を取り戻してきました。 「この家の人たち、帰ってこないわねえ」 「孔雀ロバの笛から逃げたのだろう」 「じゃあ、もう戻ってこないんでしょうか?」 「その可能性は高いわね。私だって二度とあの騒音を思い出したくもないもの」 「だが、あのロバを放っておくとまた同じことが起こるぞ」 「そうですねー。ここはまだ森の中だからいいけれど、大きな街だったりしたら大変なことになります」 仲間たちは長い長い話し合いの末、自分たちを犠牲にして、世の人を助けようという結論に達しました。 「いいか!僕らはこのままここに住む!一緒にいたかったらお前もここに残るんだ!」 旅を続けて音楽を広めようと思っていたロバは悩みました。 けれどこの仲間たちのような稀有な存在にはこれから会えるとういう保障もありません。それに、ロバにとっても、音楽より仲間たちの方が大切な存在になっていたのです。 そこで、ロバもその家に残ることに決めました。 今も、ある森の中。 ロバとイヌとネコとオンドリが一緒に住んでいます。 うっかり森に迷いこんでしまった人は、時折「悪魔の雄叫び」と呼ばれるようになった身も凍る音を聞くことがあります。 でも、森に入りさえしなければ、誰も危険な目には合わないのだと知れ渡り、その森は事実上立ち入り禁止となり、被害を広めることはなかったということです。 |