愛しの凛様




 実に数百人とも言われるその構成員が、すべて女性という組織があった。
 本拠地を茶州・琥lに置き、金華支部を持つ。
 正式名称を『麗しの凛様を影ながら見守る会』、通称『凛影会』がそれだ。


 混乱が続く茶州において、全商連茶州支部長として颯爽と現れた男装の華人に、女たちはうっかりときめいてしまったのである。
(なんって、漢らしい!)
 それはもう、色々な外部要因もあったであろう。例えば回りの男たちがどうしようもないとか、茶家の面々に対する、恐怖と手をつないでやってくる不満がいい加減大きくなりすぎたとか。
 しかし、そんなこととは無縁に、ただもう、柴凛は格好良すぎた。
 女性としてはやや高めの身長だが、それ故に男物の衣装が似合った。だが男には決して見えない。丸みを帯びた豊かな曲線がそれを否定する。
 事に当たっては、男たちを尻目に全商連を纏め上げ、必要ならば茶家と対立することも辞さない心意気。それだけではなく、何気ないところで発揮される女性らしい心遣い。
 全琥漣の女たちは、年齢を超えて柴凛に惹かれた。


 『凛影会』の活動は、あくまでも影で行われている。
 ひっそりと見守り、柴凛が助力を必要とするときには必ず助力を惜しまないことを会員は誓う。
 月に一度刊行される“今月の凛様”は、ただの一枚の紙でしかないが、絵心のある会員による絵姿が好評だ。
 ちなみに、応援歌もある。
 誰が作ったのか定かではないのだが、
 ――あーあー、麗しの麗しの凛様ー――
 のサビも強烈なもので、三番まである。
 もしあなたが。琥漣の街で、商人のおばちゃんが売り物を並べながら口をちいさく動かしているのを見たり、年頃の乙女が憂い顔で星に向かって口を動かしているのを見たとしたら。それは応援歌が歌われていると思ってまず間違いない。


 そうして、『凛影会』は柴凛が全商連茶州支部長に就任してからずっと見守ってきた。
 そうなると。自然、当の“凛様”の片思いなども、会員の知るところとなり。
 中には、
「凛様に男なんて似合わないっ」
 という過激派(主に十代に多い)や、
「鄭悠舜様ならお似合いじゃないの」
 という穏健派(主に主婦層に多い)と意見の対立もあったのだが。
 毎年。毎年。
 柴凛の求愛が鄭悠舜に断られているのを知れば、
「凛様の幸せこそあたしたちの幸せ!」
 いつしか会員の心はひとつになっていった。
 悠舜の前に出ることがある女たちは、さりげに柴凛を褒める言葉を会話に混ぜたりもした。
 ……少々、余計なおせっかいであったが。


 だが、春はやってきた。秋の話だが。
 鄭悠舜から柴凛へ求婚がなされたという知らせは、瞬く間に会員の間に広まった。
 長年見守ってきた会員の中には、感無量のあまり泣き出す者も続出するありさま。
 秋祭の裏で、女たちはひそやかに祝杯をあげたのだった。


「ねえ、『凛影会』からも、何か凛様にお祝いをさしあげましょうよ」
 そんな意見が出たのはごく自然な流れ。たちまち同意した会員から、心ばかりの金子が集まりだす。とはいうものの、会員数百人である。組織幹部の元に集計されてみれば、かなりの額となっていた。
 次なる悩みは何を贈るかである。
 実際、全商連茶州支部長の柴凛には、その気になれば手に入らないものはない。
 幹部連の悩みをあっさり解決したのは、十人を超える子供を生み育てたという老婆であった。
「そんなもの、花嫁衣裳に決まっとるだろ! 凛様には母君がいらっしゃらんし、柴太守は立派な方かもしれんが、父親なんて婚礼の役に立つためしはないんだよ。凛様と悠舜様だったら、無駄と思われたら衣装など省かれかねん。でもさ、女にとっちゃ花嫁衣裳はやっぱり特別だからね」


 かくて、仕立て屋の女房を中心に、最高級の絹を使っての衣装作りが突貫で行われた。
「ごてごてするんじゃないよ! 凛様の麗しさを引き立てるためのものなんだからね!」
 例の老婆がいつのまにやら監督になっていたが、誰しもそれには同意した。
 そして飾り帯には、絹と同色の刺繍を会員たちがひと針づつ刺していった。
 準備にかかったのは、わずか数日。
 何しろ簡素と思われる式は、求婚から十日後という慌しさであったから。
 女たちの執念と情熱は、見事に時間を乗り越えた。


 ――その日、式の前日に新居となる柴凛の邸に自分の荷物を運び込んでいた鄭悠舜は、柴凛宛ての荷物を受け取った。
「凛、こちらに来てご覧なさい。貴女に贈り物が届いていますよ」
 悠舜に呼ばれた柴凛は、いそいそとその側に向かう。
「無記名の贈り物ですか」
「文がついていますよ。『柴凛様のお幸せを心よりお祈りいたします』」
「一体誰からでしょう。それほど沢山の人には知らせていないというのに」
 少し用心しながら柴凛は包みを開ける。
「ほおっ」
「これは見事ですね」
 現れた純白の衣装に、ふたりは感嘆の声をあげた。
 すかさず柴凛はその衣装を値踏みする。絹は極上、縫製も立派。ただで貰うにはいささか高価すぎないこともない。
「ちょうどいいではないですか。急ぎのことでしたから貴女の衣装にまで手が回らないところでしたし」
「待ってください。つまり、これを私に着ろと?」
「……私が着るわけにはいかないでしょう」
 淡く笑って悠舜は衣装を妻となる女性の肩にかけた。
「うん、よく似合います。この衣装を用意した人物の趣味はいい」
「何やら気恥ずかしいのですが」
「おや、凛。私に美しい花嫁姿を堪能させてくださる気はないのですか」
「……悠舜様がお望みであれば」
 少女のように頬を染めた柴凛に、悠舜は心から
「ぜひに」
 と告げた。


 夕刻、柴凛の家を辞去した悠舜は、軒に乗り込む際に思い立ち、たまたま側を通りかかった女性に声をかけた。
「『凛影会』の皆様にお伝えください。あなた方からの贈り物は、柴凛が式にて纏わせていただきます、と。そして、あなた方にこれほどまで愛された凛をこの鄭悠舜、必ずや幸せにすることを誓います、と――」
 女は黙ってうなずくと、静かにその場を立ち去った。
 この伝言が『凛影会』全体に伝わることを悠舜は疑いもしなかった。きっとたちまち会員たちの知るところとなるであろう。


「ええ、決して。この誓いを破りはいたしません」
 悠舜は誰もいない昊に向かって、そっとつぶやいた――。


 年が明け、春になると、柴凛は悠舜と共に貴陽へと旅立った。
 そう、これからは。
 『凛影会』新設貴陽支部から、“今月の凛様”が会員たちのもとに届くことになる――。

(終)

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『愛しの凛様』(いとしのりんさま)


ええと、悠舜×柴凛になりますかね?

宮城にて、秀麗のファンクラブができそうな原作ですが、
むしろ柴凛にファンクラブがありそうだ…と思ってできた一発ネタです。
本当はきちんと応援歌を考えたかったのですが、
三番まではきつかったので断念しました(苦笑)

悠舜と凛の式がどうなったかは原作では触れられていませんが、
秋祭に求婚、朝賀に出発する時にはすでに新婚ですから、
かなり時間的に余裕もないはずで。
柴家の過去から、母親の婚礼衣装なども残ってはいなさそうだし、
商人である凛が無駄をはぶこうと衣装を用意しない可能性は高いかと、
こういう展開になりました。
単に、私がきれいな衣装が大好きだからでもありますが。

彩雲国における結婚式はまったく出てきていませんので、
詳細はわかりませんが、
司会をする偉い人がいて、祠の前で報告と誓いをし、
親しい人との宴会に雪崩れ込むのではと予想します。
彩七家ならば家にちなんだ色の衣装かとも思いますが、
やはり結婚式なら純白の衣装のイメージですよね?
柴凛なら、胸元の開きも大きいマーメイドスタイルの
ウェディングドレスとか似合いそうだと思うのですが。