櫂瑜様にはかないません


 栗主益の夜。
 影月と香鈴が州牧邸にようやく帰り着いたのは、もう夜もずいぶんと更けた頃で、雪は本降りになっていた。

 玄関から入ると、一足先に戻っていたらしい櫂瑜が出迎えてくれた。
「おやおや影月君、まるで雪だるまのようですよ。ところで香鈴嬢はどうされました?」
 櫂瑜の言葉が終わらぬうちに、香鈴が影月の外套の中から飛び出した。
「……ただいま戻りました、櫂瑜様」
「ああ! なんと今夜のあなたは美しいのでしょう。お連れしたのが私でなく本当に残念です」
 櫂瑜に迎えられて気まずい香鈴は上気した顔で一礼する。
「ありがとうございます。あの、わたくし、一足先に失礼して着替えて参りますわね」
「それはもったいない」
 櫂瑜の言葉に益々顔を赤くして、それでも香鈴は急いでその場を離れた。

「どうでした影月君、はじめての栗主益は?」
 外套から雪を払っていた影月は慌てて礼を述べる。
「櫂瑜様のおかげでとっても楽しかったです。ありがとうございました。お菜もとっても美味しくて、はじめて食べたものもたくさんありましたー」
「おせっかいに終わらなくてよかったですよ。――それにしても」
 櫂瑜は自分の年若い後継者を改めて感心した視線で見下ろした。
「あの髪飾りはなかなか良い案ですね。私も真似したいくらいですよ」
(櫂瑜様、めざとい……)
 影月は内心舌を巻く。
「想月楼は宿泊もできますからね。来年あたりそちらも手配いたしましょう」
 櫂瑜は立ち尽くす影月を残して楽しそうに笑いながら奥に消えた。
(なんか。今、さらっとすごいこと言われたような気がする……)


 来年になって。いや、もっと年数を重ねたとしても、自分が櫂瑜のようになれる日が来るとはとても思えない影月だった。

(終)

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『櫂瑜様にはかないません』
(かいゆさまにはかないません)



『約束の小枝』の実質的エピローグにしようかと思った部分です。
甘いまま終わらせたかったのであえて分けました。
がんばれ影月、ということで(笑)
あと、最初は御者をした暁明をこの役割に振ろうかと思ったのですが、
どう考えても櫂瑜様が適任でした(苦笑)