階の途中
(きざはしのとちゅう)




「影月様……」
 衣ずれの音と共に微かな声が影月の耳に届いて眠りを破った。
「香鈴さん……?」
 まるで夢の続きであるかのようにぼんやり答えた影月だったが、さらりと顔へと流れ落ちてきた髪の感触に夢でないと知らされた。
 室の暗がりの中で目を凝らすと、自分の臥台で眠っていた影月の上、覆いかぶさるように夜着姿の香鈴がいた。
「ど、どうしたんですか、こんな時間に!」
 時刻はとうに真夜中を過ぎている。
「――――――ましたの」
 垂らされた髪で香鈴の表情はまったく判らない。あまりに小さな声で囁かれたので影月は素直に問いかけた。
「あの、聞こえなかったんですけどー」
「何度も言わせないでくださいませ!」
 それから髪を振り払う勢いで怒鳴りつけられた。香鈴の顔は真っ赤だ。
「夜這いに参りましたの!」

 その迫力に押されて発された言葉の意味に気付くのが遅れた。
「え、よば……? ええっ!?」
 そのまま影月は言葉を失った。池の鯉のように口ばかりぱくぱくするがまったく言葉にならない。目も限界まで見開いてただ香鈴を凝視する。
「そんなに驚かれなくてもよろしいでしょう!? わ、わたくし達、その、恋人同士ですわよね!?」
 頷くしかないが、それでもこうした事態は影月の想定外だった。
 しどろもどろに内心を吐露する。
「まさか、こ、香鈴さんの方からなんて……」
「だって! ずっとお待ちしておりましたのに影月様はいつまでもわたくしを抱いてくださらないんですもの!」
 そんな台詞さえ怒ったように言うのが香鈴らしいと、状況にも係わらず影月は微笑ましいと思ってしまった。
「な、何を笑ってらっしゃいますの! それほどわたくしが滑稽だとおっしゃりたいんですの!?」
「そんなはずありませんよー」
 いつものやり取りに似た応酬は影月に少しばかり余裕を取り戻させた。
「では! どうしてわたくしを抱いてくださいませんの? それほどわたくしに女としての魅力がございませんの? と、殿方にわたくしは勝てませんの?」
 最後の方は涙声で、影月の罪悪感を刺激した。ただ、最後の台詞がいただけない。
(……男は関係ないんだけど)
 ともかく誤解だけは解かねばならない。
「香鈴さんはすごくすごく魅力的ですよ? あまり変な心配しなくっても大丈夫」
「で、でも。わたくしのこと、欲しいとか思ってらっしゃらないんでしょう?」
 拗ねた顔がまた可愛いと、影月はそっと夜着姿の香鈴を抱き寄せる。
「欲しいです、すごく。でもその、僕、け、経験もなくって香鈴さんを満足させてあげる自信もなくって……」
 情けなさに涙が出そうだ。男としてどうかと思うのだが、まごうことなく本音だった。
「本当にそれだけの理由でいらっしゃいますの?」
「香鈴さんがすごく大切だからってのも大きいです。……それに、僕が汚い欲望なんかであなたを汚しちゃいけないような気がして……」
 影月のすぐ傍に座り込んだ香鈴は、そうして言葉で爆薬を投下する。
「汚してくださっても構いませんのよ? いいえ。むしろ影月様に汚されたいんですの……」


 いくら内心そう願っていたとしても。はいそうですかと、ことを進めることなど影月にはできなかった。
「経験のことでしたらお気になさらず。だってわたくしの方が年上なんですもの。お任せくださいませ。後宮時代、女官の先輩方にたくさん教わりましたの。その……殿方がよろこばれるのがどんな事かと。わたくしも実践は初めてですけれど一生懸命努めさせていただきますわ!」
 香鈴は宣言すると、掛け布団を剥ぎ取って影月の上に馬乗りになって、組み敷いた影月の腰紐をほどいた。あらわになった下帯を白い指が解いていく。
「うわっ、わっ、わっ!」
 しなやかな指に抵抗するなどと考えもつかず、だが影月の口から狼狽の声のみが洩れた。
「お嫌でしたらそうおっしゃって……」
 隠すものもなくなった影月の分身はこの状況にしっかり目覚めかけていた。
 それに気付いて香鈴は頬を染めながら上目使いで告げる。
「お嫌では……なさそうですわね?」
 香鈴の目元もほんのり朱を帯びて、その色香に影月は下半身が更に膨脹していくのを止められなかった。

 香鈴もまた自ら夜着の帯を解き、肩からするりと滑り落とす。夜目にも白い肌が眩しくて影月は唾を飲んだ。
 普段、衣の下にどうやって隠しているのか、ひたすら華奢な印象を裏切るかのように豊かに実る乳房を香鈴は自らの手で持ち上げてみせた。
「お気に召すとよろしいのですけれど……」
 そうして香鈴は二つの果実で影月の膨れかけたものを挟み込んだ。
(た、大変に結構で……)
 影月は夢見心地になって、緩んだ口を慌てて閉じた。なんだか馬鹿なことを口走ってしまいそうだったからだ。
 包み込むだけでは終わらずに、香鈴は胸を上下させ始めた。弾力のある温かいものにたっぷりと包まれて、泳がされて、影月は思考すら放棄しそうになった。
 だが影月が口では何も言わないのを不満と受け取ったのか、香鈴は乳房から影月を開放してしまった。

(え、もう終わり?)
 それこそ不満を漏らしそうになるが、香鈴が次の行動に出る方が早かった。
 躊躇いがちに香鈴の白い指が影月の男根に伸びた。
(み、見苦しいもの見せちゃってすみません……)
 実践は初めてと言っていた香鈴だから、きっと実物を見るのも初めてだろう。もちろん、触れたこともないはずだ。
 だが予想を超えて香鈴の手は一旦動き始めると楽器を演奏するがごとく鮮やかに影月を翻弄した。
(こ、これが後宮仕込み……!?)
 全ての指と掌でもって、忙しく棒を扱き始められ、影月の呼吸は自然荒くなる。ご丁寧にも手はさわさわと嚢にまで伸びる。もう、ここまででも影月はあまりの心地良さに達しそうだった。

 それなのに香鈴はそれだけで終わらすつもりはないらしかった。
 朱い唇がそっと鬼頭に触れ、湿った舌が尖端を舐めあげる。
 そうして香鈴は朱唇を開いて影月自身を呑み込もうとした。
(こ、香鈴さんの、く、口でっ!?)
 興奮のあまり影月のそれは痛いほど張りつめた。
 影月のものはそう大きくはない。成長期だからこれからまだ期待できるとしても。
 だが、それでも香鈴の口には大き過ぎたらしい。尖端すら頬張ることが出来ずに勢いよく吐き出されてしまった。
「も、申し訳ございません!」
 香鈴の謝罪を遮るかのように一連の行為に限界まできていた影月はついに爆発した。

 白濁したものが汚れのない香鈴の顔と髪を汚していた。
 とろり、と流れるものを顔に受けてしまった香鈴はさすがに呆然としていて、先に我に返った影月は手近にあった自分の夜着でもって香鈴の顔と髪を拭ってやる。
「すみません! すみませんでした!」
 ようやく自分を取り戻したらしい香鈴は首を振った。
「そんな、謝らないでくださいませ。わたくしが口でして差し上げられなかったんですもの――」
 影月のものさえ受け止められなかった小さな赤い唇が謝罪を遮った。
「いえ、僕こそ我慢がきかなくって。あの、気持ち悪かったでしょう……?」
 香鈴は口にはしなかったがあまり愉快ではない様子だった。だが口に出したのは別のこと――。
「もうよろしいんですのよ。だってわたくし、影月様の全てをお受けしたいんですもの」
 頬を染めて香鈴は影月に縋ってみせた。そのあまりの健気さに、影月は再び漲っていくのを感じた。素肌のまま密着している香鈴もすぐに気が付いたらしい。
「嬉しいですわ。わたくし、あの、影月様にご奉仕してますうちに……」
 影月の手を取って香鈴は自らの秘所へと導いた。そこはしっとりと湿って影月の手を迎える。
「今度は……こちらにいただいてもよろしい?」
「はい! ぜひ!」
 勇んで影月は答え、そのまま香鈴の中へと突き進んで行った。



 冬も間近な晩秋の朝。影月は寒さに目を覚ました。特に、局部が冷たい。
(あー、またやっちゃった……。しかもまた、今回の夢って、あれも僕の願望だっていうのか?)
 自己嫌悪の苦い味に顔をしかめてばかりもいられない。ともかく現実問題として洗濯はせねばなるまい。
 今はまだいい。しかし、これから冬を迎えるのだ。寒い最中には勘弁して欲しい。
(一体、いつになったらこんな情けない事態から解放されるんだろう?)



 影月が恋しい乙女との成就を迎え、もの侘しい朝を迎えることがなくなるまで、まだ後数ヶ月は耐えねばならなかった――。

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『階の途中』(きざはしのとちゅう)

『大人の定義』から『少年は階をのぼる』、そしてこの『階はつづく』へと繋がっています。
『少年は階をのぼる』を書いていたら、別パターンの妄想だってしちゃうだろうな、と思いまして。
夢でもないとうちではありえない、香鈴×影月です。
(基本、うちの影月は攻めまくるタイプなので)

で、男性がされて喜びそうな行為を並べ立ててみました。
ここまで書いたらもう、怖いものはなくなってきた気さえします……。