燦卓が街にやってきた




 琥lの繁華街、賑やかな酒楼の一室にて、毎年恒例の集まりがあった。
 独り者の州官たちによる『栗主益の馬鹿野郎!と叫ぶ会』である。
 見慣れた官服の、見慣れた男たち。女性の姿はどこにもない。

 常の酒宴より杯を干す速度が早いのも、この会の特徴だ。
 州牧の櫂瑜から差し入れられた美酒も、安酒と同じような勢いで次々干された。
 櫂瑜から、というのを意識してしまうと、あの華麗な女性遍歴を現役で誇る達人との違いを思い出してしまうから、むしろさっさと無くなってしまった方がいい。
 酒はうまかったが、同時にとてつもなく苦かった。


 そんな飲み方をしていれば、早々に酔いつぶれる者も一人や二人ではない。その方が、実は幸せなのだ。
 ぐでんぐでんに酔った州官たちの中でただ一人、燕青は悲しいことに正気だった。彼には他の州官たちと違って、まだ仕事があるのだ。
 他の連中のように前後不覚に酔えれば、どれほど幸せだろう。

 杯の中身を舐めるようにしながら、ふと燕青は弟のように可愛いがっている少年を思う。
(影月は、うまくやってっかなー?)
 恋人のいる男たちでも、栗主益に一流の店を予約するのは難しい。
 それなのに、はじめての栗主益の逢瀬が想月楼だなどと出来すぎで。しかも、自分の懐も痛んでいない。最高のお膳立てと言えよう。
(ちと、高級すぎっけどなー)
 影月にしてみれば、もうすこし程度の低い店の方が気楽であっただろう。だが、誘う相手は一流の雰囲気に慣れている。
(嬢ちゃんがそのへんは仕切るだろうけど)
 影月と香鈴。この幼い恋人たちは、一見、年上でもある香鈴が尻に敷いているように見える。だが実のところ、主導権を握っているのは影月だと燕青は知っている。
(あいつは、いざとなったら肝も据わるし、大丈夫だろうけど)
 それでも、できることなら様子を見て手助けしてやりたいところだ。
 さすがにそこまでいくと過保護すぎる上、うっかり香鈴に見つかりでもしたら、今後の食事にも響いてくるので実際にやるつもりはない。
(どんな首尾に終わったかは、今度男同士で酒でも飲んでじっくり聞き出してやるか)

 ひとつ首を振って燕青は立ち上がる。
「悪い。俺、先抜けるし」
 酔った同僚がすかさず絡む。
「なんだあ? まさかこれから逢引だとか言わんだろうなー?」
「よせっ! 逢引の相手が爺さんじゃ、俺は首くくるしかねえだろ!」
 燕青は心底嫌そうに吐き捨てる。彼だって、美女との逢引の方がどれほど嬉しいか。
「爺さん……って、ああ、そうか。仕事か」
「そういうこと。悲しい無料奉仕に行ってくるわ」
「へますんなよー」
「怪しいやつだとかで捕まんなよー」
 無責任な野次を聞き流して、燕青は酒楼を離れた。

 外にでると、いつの間にやら雪が降っていた。
「……こんなお膳立ては勘弁してくれよ」
 腕にかけていた外套は、できればあまり身に着けたくはなかったが、そうも言っていられない。赤と白の外套は、雪を背景に一際目立つ。だが、それが「彼」の衣装と伝えられているのだ。
「燦卓の派手好き野郎めっ!」
 天にぼやくと、燕青は外套を羽織り、足早に師匠と待ち合わせた場所へと急ぐ。
 今年は州城から、琥lの子供たちにとささやかな贈り物を配ることに決まったのだ。
 ならば、燦卓役に燕青とその師匠ほどふさわしい人物はいない。
「くそうっ! とっとと国試受かって、栗主益なんてないところに行ってやる!」
 子供時代をとうに過ぎた燕青に、どこかにいるかもしれない燦卓が、国試及第なる贈り物を用意してくれるかどうかは、この時まだ定かではなかった――。


 翌朝。琥lの子供たちは、枕元のいつもより多い贈り物に歓声をあげた。
 戸締りをしっかりしていたはずの親たちは黙って首をかしげる。
(本物の燦卓があらわれたのか?)
 誰もがそう考えた。
 しかし。
 贈り物を包んでいた手巾にはしっかりと、
「お買物は安心・親切の全商連加盟店で!」
 とでかでかと染め抜かれていた。

 雪の残る琥lの街に号外が舞う。
『燦卓、琥lに現る!? 調達先は全商連!?』

(終)

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『燦卓が街にやってきた』
(さんたくがまちにやってきた)



『約束の小枝』のサイドストーリー。
影月と香鈴がらぶらぶなクリスマスデートをしている間、
燕青はこんなことをしていたのです。

燕青の女性観というのは、まだ明らかではありませんが、
やはりただきれいで優しいだけの女性ではだめでしょう。
燕青を丸ごと受け入れてくれるだけの度量のある女性でないと。

現状、それだけの度量のある女性は
琥lだと英姫くらいしかいません(爆)ので
あえて寂しいクリスマスをおくってもらいました。

しかし、クリスマスのない地方に行ったら行ったで、
燕青はクリスマスを懐かしがる気もします。