たぶんそれは犬も喰わない



 ある冬も近い夜の事。香鈴が軽く咳こむのを影月は聞いた。ずいぶんと風も冷たくなってきている。
「風邪ですか?」
「ええ、それっぽいんですの……」
 香鈴は喉を押さえて答える。
 華奢な香鈴がそういった仕草をしただけで痛々しくて、自分は風邪知らずだが悪化する前に香鈴の場合対処した方がいいだろうと影月は考えた。
「じゃあ、お薬出しますから夕食の後でも僕の室まで来て下さいー」


「うーん、どっちがいいかなあ?」
 香鈴を室に招き入れると長椅子に座らせ、影月は自室にある薬草棚を探る。
 影月は二種類の薬草片手に首を傾げる。症状によっては使う薬草も変わるからだ。
 そこでごく自然に頼んだ。
「診察しますから襟元広げてもらえますか」
 しばらく影月は香鈴が固まっている意味がわからなかった。
「香鈴さん?」
「そ、そうですわね、影月様はお医師なんですものね……」
 香鈴は呟いて慌てて帯を解き、襟元を広げながら再び固まった。

「香鈴さん、どうしたんです?」
 上目遣いで香鈴は探るように影月に視線を送る。
「……影月様はこれまで何人も何人も診察されてますわね?」
「ええまあ。それが?」
「……女の方の診察もされてました? その……若い女の方とか」
 香鈴の意図の見えぬまま影月は記憶を辿る。 
「ええと、僕の育った村はお年寄りばっかりで。後は石榮村で……は、女の人も診察はしましたけどあんまり若い人はいませんでしたよ?」
 香鈴は納得していない様子で言葉を続ける。
「そう……ですの。でももしこの先、目の前で具合の悪い若い女の方がいらしたら、やっぱり診察されますわよね……」
「それは……多分。でもそれが?」
 香鈴はしばらく逡巡していたが思いきって口を開いた。
「……嫌なんですの」
「はい?」
「影月様にわたくし以外の女の方を診察して欲しくないんですの!」
「あの……?  お医師っていうのは患者さんは患者さんとしてしか診てないもので……」

 なんと説明しようかと悩む影月の視点がくつろげられた香鈴の襟元に止まる。
 元々色白ではあるが、陽に当たることのない衣の下からさらに雪のように白い肌がわずかに覗いている。
 その時、ふいに影月は気付いた。
「香鈴さん、これまでお医師にかかったことありますよねえ?」
「ええ」
 お姫様育ちの香鈴は、本来あまり丈夫ではない。
「男のお医師ですか?」
「あまり女のお医師っていらっしゃいませんわよね」
「……そうですね。華家のご先祖には何人かいらしたようですけど。で、えーと、そのお医師の中に若い人はいましたか?」
「いえ、年配の方ばかりでしたわ」
 香鈴も記憶を辿って答える。
「でも具合が悪くなったりしたら若い人がお医師でも診てもらいますよね?」
「ええ、多分」
 二人はお互い似た思考を辿っていることに気付いていなかった。


 影月は香鈴を見る。彼にとって彼女以上の女性はいない。そしてまた、自分以外の男から見ても彼女が魅力的に映るのも知っていた。
 射羽玉の髪、白絹のような肌。そうして彼しか知らないはずのその衣の下は――。
「駄目です! 絶対駄目です!」
 いきなり叫ぶ影月を香鈴は怪訝そうに見上げる。
「影月様?」
 影月は香鈴の座る長椅子に片膝を載せ、その華奢な肩を掴む。
「香鈴さんを診察したりしたら、若いお医師だったら患者だなんて事忘れちゃうかもしれないじゃないですか!」

 影月の頭の中で見知らぬ若い医師の前で診察を受けようとする香鈴の姿が映る。医師だからと無防備に晒されていく白い肌……。
「そんなの、診察だって言って、関係ないとこまで見られちゃったりするんですよ!」
 自分の声につられるように影月の両手は香鈴の重なっていただけのあわせを勢いよく開いた。
「影月様!?」
(そしたら、見たらもう触らずにいられるはずなんかないっ!)
 遠く香鈴の声を聞きながら、両手に一つずつ丸い膨らみを掴むと、普段の影月なら考えられないほど乱暴なまでに揉みしだく。
「痛……っ!」
 小さく漏らされた香鈴の声も今の影月には届かなかった。
 影月の手の中でたやすく形を変える柔らかな双丘。
(ああ! こんなに簡単に掌中にできるんだから!)
 指の隙間から覗く色づく先端に誘われるまま唇を寄せる。
「ん……っ!」
 這わせた舌を絡ませると香鈴の肢体はしなやかに弾む。
 理不尽と呼んでもいい行動に出た影月に戸惑っているであろうに、香鈴の身体から力が抜けていく。
「こんな風に抵抗できない香鈴さんを好きに弄くって……」
 影月の中では架空の若い医師の姿が香鈴を蹂躙しつづけている。その姿が明かされてはならないはずの香鈴のすべてを剥き出しにしていく。
「でもって、他に悪いとこがないか診てあげようなんて言って……」
 自分の言葉に促されるように影月はその言葉通りに動く。
 香鈴の長裾も腰巻も剥ぎ取って裸身をあらわにした。
 その肢体は匂いたつように雄の本能をそそる。
「影月様!?」
「ここが悪そうだって、こんなとこまで」
 影月の手が香鈴の脚の付け根に強引に潜り込む。
「こんなとこ、僕以外に見せも触らせもしちゃいけないとこなのに!」
「!」
 香鈴が声にならない叫びをあげ、弱々しく抵抗するが、たちまちのうちに封じられてしまう。
「なぶられまくるんだ! こんな! こんな風に!」
 影月の手は何度も指を蠢かしながら深く探りを入れていく。やがて湿った音が響き始めた。
「やっ……んんっ、えいげ……」
 たまらず声を上げる香鈴の口を吸って舌を絡ませる。指はなおも深く香鈴を蹂躙し続けて休むこともない。
「それから! それから!」
 影月はもう、自分が何を言っているのか、何をしているのかわからなくなっていた――。


 気がつくと長椅子の上で押し倒した香鈴を抱えて激しく腰を突き上げていた。
(え? ……僕……)
「やっ! やんっ!」
 影月の動きに合わせるように香鈴の唇から漏れる喘ぎが耳に届く。髪が乱れ、肌は紅潮し、きつく眉をしかめたその表情は刹那さと涙を湛えていた。
「え、い、げ、つ、さまぁ……っ」
 繰り返される浅い息の狭間で自分の名を呼ばれる。甘い甘い声。それが、たちまちのうちに影月を絡めとってしまった。
「香鈴さん!」
 影月は滾る衝動のまま、なお一層激しく、間違いなく自分の意思で腰を動かし始めた。
 その度に肉を打つ音が室内に響く。何度も何度も抜き差しを繰り返し、少しも飽きることがない。
「あっ! あっ……」
 香鈴のせつなげな声に導かれるように、そのまま影月は一挙に昇りつめた。搾り出すようにありったけの精をぶちまけて――。



「もうっ! なんですのっ!」
 情事の後の気だるさが過ぎると、香鈴は自分の上の影月を睨みつけた。
「えーと、その、香鈴さんを診察する若いお医師ならこうするんじゃないかって……」
 そう、たしか。その想像があまりにも真実のように思えて。そのうち自分と重ねてしまって。
「あなたがされることはありませんのよ!」
「いや、僕以外がやったら許しませんけど」
 もし香鈴にそんなことをした者が現れたら、自分は決して許さないだろう。命を奪うことはできないが、その後の一生を後悔の中で過ごさせる程度のことはするかもしれない。
 影月の頭の中には取り扱いに注意の必要ないくつもの薬草が浮かぶ。
 だが、今はまだ、そんなことは起こってもいないのだ。

「だからですねえ、やっぱりこういう危険性があるんで、香鈴さんが具合悪い時は僕が看ますんで、若くてもお年寄りでも男のお医師にはかからないって、約束してくれませんか?」
 汗で張り付いた香鈴の髪をその顔からそっと剥がしながら影月は頼んだ。まさか次のような返答があるとは思いもせずに。
「……嫌ですわ」
 だが香鈴はきっぱりと言って返したのだ。
「ええっ!? どうしてっ!」
 影月の頭は瞬時に白くなる。血の気も引いた。
 まさか、香鈴は自分以外の男に触れられても平気なのかとか、自分では満足できないからむしろそれを望んでいるんではないかとか、そこまで先走りかける。
 香鈴はそんな影月の混乱を知ってか知らずか拗ねたような声を出した。
「影月様が女の方の診察はしないとお約束してくださらないなら、わたくしだけお約束するのは不公平ですもの」
「え、でも、僕にとって、その、こういうことしたくなるのは香鈴さんだけだし……」
 香鈴の手が影月の手をそっと握ってくる。
「それでも、影月様の手がわたくし以外の女性に触れるのが我慢できませんの……」
 ああ、自分が他の女性には何も感じないと言っても、それでも見知らぬ患者にまで妬いてくれているのかと思うと影月は嬉しくなった。
 だが、そうやって影月が幸せを噛み締めていた時間は少々長かったらしい。
「お約束してくださらないなら、わたくし、お室に帰らせていただきますから!」
「わ、わかりました。香鈴さん以外の女の人を僕が診察しなきゃいいんですね? そのかわり、香鈴さんの主治医は僕ということでいいですね?」
「それでしたら、まあ……」
 呟いた後で香鈴はまた少し咳き込んだ。

「あ、診察……」
 影月は慌てて身体を起こして香鈴の様子を見る。だが香鈴の視線は疑いの色を濃くしていた。
「今度は本当に診察ですの?」
 改めて問われて影月は真面目に考え込んだ。
「それは……香鈴さんに触れてたら保障できないっていうか。それになんかちょっと火がついちゃったみたいで……。あ、それでですねえ、どうせなら臥台の方に移動しませんか?」
「……それでは最初から診察するおつもりがないのではありませんの」
 そう言われても否定はできない。だが、どうせ危険であるなら臥台の方がいろいろと都合もいい。
「え、いえ、じっくり診察もしますからー」
「じっくりってなんですのっ!」
「さっきはよくわからないままに雪崩れ込んじゃってもったいないというか……。せっかくだから両方きっちりとですねー」
 もう自分でも下心の方が大きいのではないかと思う影月の語尾は自然小さくなる。
「わ、わたくしのことを何だと思ってらっしゃいますの!」
「は? 香鈴さんは僕にとって世界でたった一人の大切な大切な女性で……。だからこう、やっぱり色々したくなっちゃって。でも香鈴さんが本当に嫌なら……」
 香鈴は朱に染まった顔をさらに赤くしてうつむいた。
「嫌、とか、そういうのではなくって、あの……」
「じゃあ、いいってことでー」
 さっさと影月は香鈴を抱き上げると臥台に向かって歩き出した。後には剥ぎ取られた香鈴の衣だけが長椅子に残されていた。

 臥台から悩ましい声が漏れるようになるまで、そう時間はかからなかった。
「こ、これのどこを、診……察……だとか……申されます、のっ! あん……っ」
「じゃ、じゃあこっち、看ましょうか」
「もう! 馬鹿ぁっ!」
 夜が更けていっても、臥台の上は一向に静かになる様子はなかった――。


 それから影月は夜毎何度も熱心に香鈴の診察を試みたが、香鈴の風邪はあまり快方に向かっているようには見えなかったという。


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『たぶんそれは犬も喰わない』(たぶんそれはいぬもくわない)


テ……テーマつーか、そういうのは「お医者さんごっこ」です。

ただのばかっぷるのえろいちゃです。
お願い、そっとしておいてください……(泣)
やっぱりこういうのは勢いだと思う今日この頃……。

だ、だめだ、影月!
そんな若いうちからそんな遊び(?)覚えちゃいけないっ(汗)
たぶん、15,6歳なんですが。
年齢からいくとそういうことばっかり考えてても不思議はないのですが。
影月らしくないと思われた方、ごめんなさい……。

タイトルから二人の喧嘩かと思われたかとも思いますが、
喧嘩……じゃないけど馬鹿っぷるなんざ犬も無視するだろうという意味で。

この艶笑話は、無理矢理、天然口説き推進委員長様(仮名)に捧げます。
不要でも返品不可。