葛篭をあけて… (つづらをあけて…) |
秋祭りも無事終えて。 ざわめきの残る街からゆっくりと、影月と香鈴は帰途についた。 灯りの煌く通りからはずれると、昊に星がまたたいているのが見えた。 辿り着いた州牧邸には、まだ櫂瑜や燕青は帰宅していないようだった。 「影月様、お部屋にお邪魔してもよろしいですか?」 香鈴が、廊下を歩きながら問うてくる。 「いいですよ」 「では、お茶をお持ちいたしますわね。先に戻ってらしてくださいな」 部屋に帰った影月は、自室を点検する。特に問題はなさそうだったので、卓案の上だけざっと片付けた。 間もなく茶と茶請けを持った香鈴がやってきて、ほっこりとお茶にする。 さすがに今日はふたりとも疲れていた。 特に会話するでもなく、静かに過ごすのも心地よい。 「影月様、お疲れのところ申し訳ないのですけど――」 沈黙を破って、香鈴はやや言いにくそうに口を開いた。 「なんですかー?」 「わたくしの部屋にある、葛篭をこちらに運ぶのを手伝っていただきたいのです」 (なぜ、つづら――?) わずかに、影月の頭に疑問が浮かぶ。 「それは、かまいませんけど、葛篭、ですかー?」 「ええ。葛篭をひとつですの」 香鈴が立ち上がったので、つられて影月も立ち上がる。そのまま、香鈴の部屋に向かった。 「こちらですわ」 香鈴が指差した場所には、たしかに葛篭がひとつ。比較的小さめではあったが、予想よりは大きかった。 「結構、おおきいですね。うん、でも、そんなに重くないですから、僕ひとりで運べます。香鈴さん、扉を開けてもらえますか?」 手伝おうとした香鈴を制して、影月は葛篭を持ち上げた。紐がかけてあるため、持ち歩くのも難しくはない。 歩き出した影月に、慌てて香鈴は扉を開ける。そうして、再び影月の部屋に戻った。 「それで――。これ、何なんですかー?」 香鈴はそれには答えず、紐をほどいて葛篭の蓋を開け、中から何やら取り出すと、そっと影月に手渡す。 「わあっ、手袋ですね。あたたかそうです。――あ、これって、さっき聞いた”残り”ですか?」 出店の茶屋で、手巾を手渡した香鈴は言ったのだ。”残り”は帰ってからと。 「そうですわ。今年の冬も寒くなりそうですし」 「うれしいですー」 言いながら、疑問は消えない。手袋ひとつに、葛篭は必要ないだろう。 視線を香鈴に向けると、丁度また、何かを取り出したところだった。 「首巻、ですか? あ、手袋とお揃いなんですね」 去年もらった肩かけもあるし、どうやらこの冬は暖かくすごせそうだと、影月は素直に思った。 「沓下もございますの」 ふわふわの沓下を手渡しながら、香鈴は言う。 この時点で、影月はある予感にかられていた。 (でも、いくらなんでも、そんなはずは――) だが、予感ははずれなかった。 香鈴は、次々と葛篭から取り出してくる。 凝った色布を組み合わせた髪紐。刺繍をほどこした、けれど派手ではない帯。やわらかな羊毛の部屋履き。 だが、そういった身に着ける小物ならまだ理解できた。 座布団に、臥台の掛布まで出てきたときには、さすがの影月も絶句した。 「本当は、壁掛けも織ってみたかったんですけど、忙しくなって間に合いませんでしたの」 香鈴の言葉が、とどめをさす。 (織るって――!?) しかも、どれもこれも手が込んでいて、とても素人が作ったようには思えないあたりがすごい。 「あの……。ご迷惑、でしたか」 影月の様子に、香鈴は自信なさげに問いかけた。 影月は思い直す。 (それはもう、びっくりで。でも僕のために一生懸命香鈴さんが作ってくれたなんて、それだけでも幸せなことだし) 「とんでもないです。すごく、うれしいです」 にっこり笑って本心から言うと、香鈴は手を合わせて、はしゃいだように声を出した。 「では、来年までにもっとがんばりますわね! 実は、壁掛けの後も、作るものは考えてありますのっ」 たとえ。影月が己の発言を後悔したとしても。 影月自身と影月の部屋が、香鈴の手作り物で埋め尽くされる日はきっと、そう遠くない――。 |
―後記― 『葛篭をあけて…』(つづらをあけて…) 『金の衣・夢の灯り』の同日の話。 上記のラストで思いついた小ネタです。 ひとことだけ。 香鈴、オカンアートにあと一歩だよ……(汗) *オカンアート=技術はすごいが、もらっても困るもの。 人に押し付ける傾向がある。 |