バレンタイン・ウィーク

これは、
「もし彩雲国で当たり前にバレンタインがあったら」
というifもしくはパラレルです。
SSあり、考察ありのごちゃまぜです。
作中時期は上治五年の2月を想定。
これらは、日記に一週間続けたものの再録と
おまけの後日譚になります。
(なお、あえて外来語もそのまま使っています)

H19年2月8日〜茶州州官たちの場合〜

バレンタイン当日、茶州州官たちはそわそわしています。
今年はお休みではなく、平日です。
彼女のいる官吏はもちろん仕事の後にデートの約束をとりつけているし、
結婚している官吏は余裕です。
当たり前ですが、州城に女性は勤務していません。
普通に登城したら誰からももらえない。
だから、意味もなく外回りの仕事に出たがる輩が増えます。
上司はそれを知っているので簡単に許可しません。
このままでは義理チョコでさえ手に入らないかもしれない。
一計を案じた官吏たちは――。

……さて、どうさせましょう(笑)
そうですね、ここは「茶州州官救済キャンペーン」でも張ってもらいましょうか。

関係ありませんが、過去、茶州で一番チョコをもらっていたのは柴凛でしょうね。
それはともかく。

どんな内容かは知りませんが(おいっ)、
キャンペーンの結果、義理チョコを何人かが貰うことに成功します。
くれたのは市井のおばちゃんたちですが、いかにも妙齢の美女にもらったように吹聴します。
嘘だと簡単に見抜く官吏多数。中には信じて羨ましがってしまった官吏少数。
意地になって嘘を貫き通そうとする若干名。
そんなこんなで騒がしくて仕事になりません(問題だ)。

そこに、影月と燕青を連れて出かけていた櫂瑜が帰城します。
……どうやら二人は荷物持ちのため連れていかれたらしい(苦笑)
二人の手には櫂瑜宛のチョコの山。
州城の騒がしさに「情けない……」とため息をつく櫂瑜。
「心の籠もっていない贈り物に何の価値があるでしょう」
櫂瑜様、お説教タイム。
しかし、それはあくまでも強者の理論。
遠吠えする官吏たちに仕方なく餌を撒きます。
いわく、本日の仕事内容を櫂瑜(と燕青と影月)が検分し、
よい仕事をしたと認めた10名様限りに香鈴特製チョコ饅頭プレゼント!
(実際は庖丁人の昭環が作った可能性が高い)
大慌てで部署に戻り仕事に励みだす官吏たち。
やれやれ嘆かわしいと首を振る櫂瑜。苦笑する燕青と影月。

そんな風に茶州州城のバレンタイン当日は終わる、と。

H19年2月9日〜克洵の場合〜

「春姫のチョコレート♪春姫のチョコレート♪」
茶克洵氏は朝一番に愛妻からチョコレートをいただいてご機嫌のようです。
しかし、使用人はともかく、来客にまで自慢するのは自粛されたほうがいいかもですよ?
さらに、お茶の時間には二人でチョコレートフォンデュを楽しみました。
はいはい、お幸せで。
そして。

「え……英姫お祖母様からのチョコレート……」
こちらはかなり微妙なようです(苦笑)
たぶんきっと、変なものは入っていないと思われます。
しかし、もしかしたら何か仕掛けがあるのでは……と疑ってしまうのは
彼も成長したということでしょうか。

「あ、香鈴からチョコレート!」
州牧邸から届いたようです。ありがたくいただきます。
ちなみに、春姫と英姫宛にも届いていました。
気のせいか、そちらの二つの方が大きかったような気がします。

こうして、ごく平穏に茶克洵氏はバレンタインを幸せに過ごした模様です。
よかったよかった。

H19年2月10日〜柴彰の場合〜

「……どうにも素直に受け取れませんね」
 朝から琥lにある柴家に、主である彰宛のチョコが続々と届いている。
 在りし日の姉宛の数には及ばないものの、なかなかの大漁だ。
 しかし。

「やっぱり……」
 贈り物をひとつ摘み上げた柴彰は、添えられたカードを見てため息をつく。
 どう見ても、男の名前。そして文の中身も。
『支払い待ってください!』
 間違っても恋文には見えない。そうして大半がこの調子なのだ。
『利率の見直しお願いします』
『行き詰っています。融資してもらえるよう一言お願いします』
 自分はもう全商連の人間ではないのだと言ったところで誰もがそう思っていない。
 官吏の一族に生まれ、官吏としてようやく生きられるかと仕切りなおしを図っているのに、周囲は『全商連の柴彰』としか見ていない。
 もっとも、国試に及第もしていない現在、柴彰の立場はあまりにも微妙だった。
 全商連からは度々相談を受けるし、そのほかの時間を勉強に充てているとは言え、受験を公言しているわけではない。
 つまり。周囲から見た柴彰は全商連の相談役にしか見えないのだった。

「……にしても。これはあまりにも潤いがなさすぎる」
 柴彰は届いたすべてのチョコから丁寧にカード類を取り除くと、器用にも女の手跡で書いたカードを添え、茶州州官にでも売り払うかと算段を始めた。
 ……その発想がそもそも商人のものだと、本人は気付いてもいなかった――。

H19年2月11日〜茗才の場合〜

今夜は茗才をクローズアップです。

しかし、今ひとつ想像できません。
風采はいいし、若手の出世頭だし、実は国官だし(さらには○○○○らしいし)、
普通に考えて、憧れてる女性は何人かいるのではないかと推測します。
ただし、遠くから(笑)

なので、無記名のチョコとかいくつか届いてるんですよ。
でも無記名だからきっと食べてもらえないんですよ。
なんだかせつないなあ……。

というより、そもそもバレンタインなんか軽蔑してそうな???
あ、でも秀麗がバレンタイン時期まで茶州にいたら、
彼から花束とチョコが秀麗に贈られたと思います。
うん、本来男性から贈ったっていいわけだし。
残念だったねー、秀麗ちょっと帰るの早かったし。

H19年2月12日〜燕青の場合〜

(荷物持ち? 俺、荷物持ち?)
 櫂瑜に従って、よく訳のわからない式典への「州牧の参加依頼」要請を受け、燕青は影月と共に琥lのある商家に来ていた。
 自分が州牧をやっていた頃にはこんな依頼はなかったし、あったとしても対応できる状態ではなかった。
 櫂瑜はこの手の依頼を気楽に引き受ける。州城の中に引きこもっているだけでは民の声は聞こえてこないからだと言う。
 それは理解できる。そしてたいてい、櫂瑜は影月ひとりを連れて出るのが常だった。なんと言っても影月は櫂瑜について修行中だから、それは自然だ。その場合、燕青は州城に残って州牧代理を仰せつかるのだが。
 この日、櫂瑜は是非とも、と燕青にまで同行を願った。珍しいなとは思ったけれど、たまには書類仕事から解放されたくて素直に従ったのだが。

(あー、荷物持ちかー)
 何やらの式典会場に着くと、顔に期待を貼り付けた年齢も様々な女性陣が櫂瑜を待ち構えていた。手に手に華やかな包みを持って。
 櫂瑜は、さすがだった。
 女性ひとりひとりに賞賛を惜しまない。目の前の女性の美点を瞬時に見抜き、魅惑の甘い声で語りかけている。
(俺にはぜってー無理っ!)
 傍らの影月を見ると、さすがに苦笑している。どうやらいつもこうなのだろう。しかし、これが影月の修行になるのかというと、甚だ疑問と言わざるを得ない。

 ちなみに、女たちは櫂瑜の前で頬を染めて挨拶した後、まったく違った態度で燕青に話しかけてくる。
「ほら、あんたも櫂瑜様をちょっとは見習えば?」
「あ? 俺には無理だって」
「いつまでもそんなじゃ嫁の来てもないよ」
 遠慮のない軽口の応酬。それは燕青を楽しませるけれど、やはり櫂瑜との扱いの差には苦笑するしかなかった。

 会場を多量の荷物と共に去った櫂瑜一行を見送って、女たちがこんな会話をしていたことを燕青は知らない。
「燕青もねー、いい男なんだけどねー」
「うん。いい男だけどうちの婿には迎えられないねー」
「一所に落ち着かないね、あの男は」
「それもあるけど、女に本気にならないから」
「誰にでも愛想はいいけど、懐が広すぎて女を不安にさせるんだよ」
「そうそう。自分だけを見て欲しい女には難しいね」
「ある意味、櫂瑜様なんかよりよっぽどタチが悪いよ」
「櫂瑜様はこう、素直に憧れられるけど、燕青は親しみやすい分、一線引かれると辛いんだよねー」

 愛されてはいるが、燕青に素直に愛を囁ける勇者はまだ見当たらなかった――。

H19年2月13日〜影月の場合・その一〜

「まあ! なんて沢山なんでしょう!」
 州牧邸の執事室で、櫂瑜宛にと贈られたチョコの山を見て香鈴は感嘆した。
「まだ赴任されて1年ですから少ない方ですよ。櫂瑜様はきっちりお返しもされますから、おそらく来年は倍に増えてるでしょうね」
 執事の尚大はそう言いながら添えられたカードの名前を忙しく書き写している。
 それを見た香鈴は、チョコからカードをはずす役割を買って出た。それだけでも手間がはぶけると尚大に喜ばれる。
 しばらくは順調に作業を進めていたのだが。
「あら。これは燕青様宛ですわね」
「ああ、外出された時に受け取られたのが混ざったのでしょう」
 香鈴はその時、嫌な予感がした。だが表面は冷静を装う。
「他にもあるかもしれませんので、先に残りすべてを確認してみますわね」
 そうしてチョコの山を整理してみると。
 果たして。燕青宛のみならず影月宛のチョコをも発見してしまった。
 それも、どちらも複数。
「もしかしたらここに混ざってることをご存知ないかもしれませんので、わたくしお渡ししてまいりますわ」
 香鈴は両手にチョコを抱えて執事室を退出した。
「……どうやら影月様宛もあったようだな。先に私が全部調べておくんだった」
 尚大が後悔したところで、既に賽は投げられた後であった。

 州牧邸の居間に香鈴が入っていくと、中では燕青と影月が談笑中だった。自然、香鈴の表情は硬くなる。
「あ? 何? それ全部嬢ちゃんから俺ら宛?」
 目ざとく香鈴を見つけた燕青が声をかけてくる。
「とんでもございませんわ。櫂瑜様のに紛れていたのをお持ちしましたの。はい、こちらが燕青様宛ですわ。それから、こちらが影月様宛になっております」
 香鈴はつとめて平静に二人にそれぞれのチョコを渡す。
「あ、おばちゃんらがくれた分かー」
「そう言えばそんなこともありましたっけー」
 平和な二人の発言はそれなりに香鈴の気に障った。
「なあ、嬢ちゃんからはねーの?」
 燕青は満面の笑顔で手を差し出してくる。
 影月は……その表情に隠し切れない期待が見えた気がした。
「まあ。何をおっしゃいますの。こんなに頂かれたんですもの。わたくしからなどこれ以上必要ございませんでしょう?」
「え!? そりゃねーんじゃねーの?」
「期待していただいておりましたら申し訳ございません。それではおやすみなさいませ」
 言うだけ言って香鈴は踵を返す。視界の端に捕らえた影月が焦ったように見えたのは香鈴の願望であったのかもしれなかった。

 香鈴は自室に戻ると、卓上に用意してあったチョコを眺めてため息をついた。
 櫂瑜宛のは先ほど尚大に託したし、家人たちには昼間渡した。茶家には遣いを出したしで、卓上に残ったのは燕青と影月に宛てた分だ。
(燕青様には申し訳ありませんでしたけど……)
 燕青は完全にとばっちりだった。それが判っていても、あの状態で燕青に渡したなら当然影月にも渡すはめになる。
(せっかく、昭環さんに美味しいレシピを教わりましたのに……)
 影月の喜ぶ顔が見たくて、随分前から何を作ろうか、どうラッピングしようかと散々悩んだのだ。
「すごい! 香鈴さんの手作りチョコ嬉しいですー」
 きっとそんな風に受け取ってくれるだろうと、そしたら少しいい雰囲気のバレンタインを過ごせるのではないかと、香鈴だとて楽しみにしていたのだ。
 まさか、影月が自分以外からチョコをもらうだなんて想定外だ。
(面白くありませんわ……!)
 そうしてまた、香鈴は卓上に目を遣ってため息を落とした。

H19年2月14日〜影月の場合・その二〜

「こら! 影月、とっとと追いかけなくていいのか?」
 ついうっかり失意の中で香鈴を見送ってしまった影月は燕青の言葉に顔を上げる。
「え、でも、追いかけて行っても、もらえないみたいですしー」
「嬢ちゃんが用意してないわけねーって」
 それは実は影月だってそう思っている。香鈴なら用意してくれてるはずだ。……たぶん。
「だからって、くださいって言うのもカッコ悪いじゃないですか」
「阿呆! 時にはカッコ悪くてもぶつかっていかないでどうするよ!」
 燕青に半ば蹴り出されるように室を追い出されて影月は途方にくれた。
「あ。で、うまいこと言って、俺のもちゃんともらえるように頼むな」
「あんまり期待しないでいてくださいね……」
 ともかく、影月は香鈴の室に向かって歩き出した。

(でも、なんて切り出したらいいんだろう?)
 考えながら歩いていると、足はつい止まりそうになる。
 香鈴が拗ねたのはたぶん、影月宛のチョコを発見したからだ。
(あんなの数に入らないのに)
 自分宛のは櫂瑜のついでというかおまけでしかないのに。香鈴以外、自分に本命チョコをくれる宛てなんて影月にはない。
(とりあえず、ぶつかるしかないかー)
 扉を叩くまでにためらった時間は長かった。


「香鈴さん?」
 扉を叩いて呼びかけると、扉の向こうで何やら慌しい物音がした。しばらくしてようやく、薄く扉を開けて香鈴が顔を出した。中に入れてくれる気はないらしい。
「な、なにか御用ですの」
「用って訳じゃあないんですけどー」
 さて、どう切り出したものかと影月は悩む。しかし結局直接切り込むことにした。
「チョコの話なんですけど」
「……それがどうかされましたの」
 香鈴の表情が硬いのは怒ってるからだろうか。怒らせるようなことは何もないのだと思うと、言葉が自然にこぼれた。
「僕、香鈴さんから欲しいです」
「あれだけ頂かれたのにまだお望みですの」
 義理チョコと本命チョコ、重みが違うのは当たり前だろう。
「ええと、頂いた分はお返ししてきます。そしたら香鈴さん、僕にくれますか?」
 実際に返して回るのは大変だとは思うが、問題はそこではない。
「そ、そんなこと、なさらなくてもよろしいんですのよっ!」
「それでも僕になんて、渡したくないですか」
「……それは――」
「僕が欲しいのは香鈴さんからだけなんですけど」
 伏せられた香鈴の睫毛が戸惑いに揺れて顔に長い影を落とす。
 思わずすべらかな頬に手を伸ばした。
(うん。欲しいのはチョコってわけじゃあないんだよね)
「あの、影月様……」
 意を決したように影月の手に自分の手を重ねた香鈴が顔を上げて言葉を継いだ途端。

 がたん。

 と何やら室で物の落ちる音がした。
 香鈴は慌てて手を下ろして室に駆け込んでいく。
「きゃあっ!」
 小さく香鈴の悲鳴も聞こえて、一体何が落ちた音なのだろうと室を覗き込んだ影月が見たのは。布と箱が散乱している状態だった。
「大丈夫ですか?」
「影月様……」
 床に座り込んで途方にくれた瞳を向けた香鈴は、何やら抱え込んでいる。
 影月は心配になって室に入ると、そんな香鈴の横にしゃがみこむ。
「卓子から落としたんですか?」
「……さっさとお渡しすればよかったんですわ。そうすれば……」
 甘い香りの漂う中、ひしゃげた箱を手に香鈴はうつむく。
「それって、もしかして僕の――?」
 大きくて豪華な箱だったので素直に自分宛かと聞くのはためらわれた。
「ええ! そうですわ! こんなことになるんでしたら、朝一番にさしあげればよかったのに。もうさしあげられませんわ……」
「箱が歪んだだけでしょう? 問題ないですよ」
 影月は香鈴の手から箱を取り、蓋を開けてみた。
 中身は確かに箱の中で暴れまわってはいたが、いくつかのちいさな丸いチョコそのものは無事のようだ。
「おいしそうですー」
 一粒つまんで、そのまま口の中に放り込む。やさしい甘みが口の中に広がった。思わずにっこりと微笑む。
「お待ちください! あのっ、今からつくり直してまいりますから!」
「すっごいおいしいです。このままでいいですよ?」
「わたくしが許せませんの! どうせならきれいなのをお渡ししたいんですの!」
 影月はもう一粒を口に入れる。
「影月様!」
「だって、せっかく僕のために用意してくださったんでしょう? すっごくおいしいし、もったいないし。それに、香鈴さんから頂けるんならどんなのでも嬉しいですしー」
 取られてなるものかと言わんばかりに影月は箱を香鈴の手の届かない所に押しやる。その前にもう一粒取り上げて香鈴の口元に差し出す。
「はい、香鈴さんも」
 朱唇の前に突き出されたチョコに、渋々香鈴も口を開いた。
「すっごい上手ですよね。もしかして、全部中身違うんですか?」
 チョコを嚥下した香鈴は、影月の身体の向こうに置かれた箱に手を伸ばして、自分でも一粒つまんだ。
「そうですわ。全部変えてみましたの。はい、これはさくらんぼのお酒が入ってますのよ」
 白い指が近づいて、影月の口元に甘い固まりを運ぶ。
「いただきますー」
「ゆ、指まで食べないでくださいませ!」
 影月は笑って指を解放すると手を伸ばして香鈴を引き寄せ、そして――。
「それじゃあ、こっちならいいですか?」
 甘い、甘い赤い唇にそっと触れていった――。


 想いを託して贈られるお菓子の活躍するこんな甘い一夜。
 甘いのは、お菓子のせいばかりではないのだ、きっと――。

おまけ〜一月後には何がある〜
その一 「香鈴の策略」

 それはホワイトデーの前夜のこと。
「影月様、こちらを」
 居間から自室に戻ろうとしていた影月を呼び止めて、香鈴が包みを渡して寄越した。
「何ですか、これ?」
 かなり嵩張った包みに影月は首をかしげる。
「お忘れですの? 明日はホワイトデーですのよ。先月、影月様にチョコをくださった方たちへのお礼を用意しましたの。……余計なことでしたかしら」
 香鈴は不安そうな表情で見上げてくる。
 しかし、それは杞憂だった。
「あ! 忘れてましたー!」
 影月にはバレンタインのお返しをするという発想が抜け落ちていたらしい。
 ……この調子だと自分にも何もないかもと、香鈴は密かに危惧した。
 だがまあ、今はそれでもいい。目的は別にある。
「すっごい助かりました! 使わせてもらいます!」
「それでは忘れずお渡しくださいませ」
 素直に喜んで影月は包みを抱えて室に戻った。

 そんな影月を見送って香鈴は微笑む。
(――あれなら、絶対効果があるはずですわ)
 昭環直伝の高級素材をふんだんに使った極上の手作り菓子。
 繊細に、かつ甘く仕上げたラッピング。
 そして止めが女文字による礼状。

 影月がもらったのは大半が義理チョコだと香鈴とて理解はしている。
 しかし、そこに本気チョコが混ざっていないとは言えない。
 悪い芽は早めに摘んでしまった方がいい。
 女の、それもかなりレベルの高い女の影を匂わせれば、そんな相手がいても退散するに違いない。
 香鈴はそう思って、それはそれはきれいに微笑んだ――。


 さて、一年後。

「去年のお返しに感動しました!」
 といった文面のカードと共に影月宛のチョコが贈られてきた。
 しかも噂が噂を呼んだのか、前年の三割り増しである。
 果たして香鈴は増えたお礼をせっせと用意するはめになる……。

 香鈴の甘さは。
 お返し目当ての女性を考えにいれなかった点なのだが、本命らしきチョコがなかったのはせめてもの慰めであったかもしれない――。
 
その二 「櫂瑜様を見習おう」

 ある日、州牧邸に花屋が注文を取りにきた。
 普段そういった店と縁のない影月が何事かとのぞいていると、執事の尚大がメモを片手に注文をしている。

「薔薇はピンクを三十本、白を二十本。ピンクは種類があればあるほどいい。
 あと、百合と蘭も用意できるなら――」
 なんだか尋常でない数の、しかも華やかなものばかりだ。
 影月は花屋が帰ったあと、尚大に理由を聞いてみた。

「もうすぐホワイトデーですからね。櫂瑜様はバレンタインにチョコをくださった皆様にお菓子の他に花を一輪必ず付けてお返しされるんです」
 しかも、ただ花をつけるだけではない。贈り主にふさわしいと櫂瑜が思った花をそれぞれ添えるのだという。
 それは、贈り主を全員覚えていないとできることではない。

「……すっごい記憶力ですねえ」
 影月はなんだかとても感心してしまった。
「元々、記憶力には優れていらっしゃいますが、こと女性に関してはもう仙人レベルなんじゃないかと思う時があります」
 そんな櫂瑜がメインのお菓子に手を抜くことはあるまい。
「お菓子は昭環さんが作られるんですか?」
 花の本数を聞いてるだけでも相当な量になる。
「――特別手当付きで引き受けてもらっています。数が数ですから、日持ちする焼菓子になりますけどね」
 どうりでここ数日来、厨房から甘い匂いが漂ってくるわけだ。
「ごめんください」
 またもや玄関口で声がする。
 尚大は影月に断りを入れて玄関に向かった。
「おそらく全商連からの遣いでしょう。毎年特注でラッピング用の箱も頼んでいるんですよ」

 尚大を見送った影月は心から感嘆していた。
(櫂瑜様って本当にすごい!)
 だが、感心してばかりいられる状態でないことにも気が付いた。
(どうしよう。まだ香鈴さんに何も用意してないんだけど……)
 そもそも女性への贈り物というものに長年縁のなかった影月だ。そう簡単に何を選べばよいかなどと思いつきもしない。

 だが、案ずる必要はない。
 何故ならこの上もなく身近なところに達人がいるのだから。
 身近な達人はきっと親身になって影月の相談にのってくれることだろう。
 そして、きっと香鈴を満足させることが出来るにちがいない。

 影月はその足で州牧邸の主の室を訪ねた――。


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後書 『バレンタイン・ウィーク』


クリスマスのように無理矢理こじつけてイベントものを書くのはもういいだろう。
だけど、ちょっと遊んでみたい。
彩雲国にも当たり前のようにバレンタインがある、
そんな茶州を想像して遊んでみました。

自分でも結構力を入れて書いてしまった(特に影月編)ので、
ログが流れないとは言え、まとめて読みたい方のためにも
ページを作ってしまいました。
(いなくても、自分のためもあるので無問題)

それだけではなんなので、ホワイトデーの後日譚を2本書きました。
気楽にお楽しみいただけると幸い。


……後日譚ですが。

香鈴の場合、それは奥さんがすることでは――
とちょっと思ったり(苦笑)
そんな彼女に贈りたいひとこと。

  女房焼くほど亭主もてもせず

江戸川柳だったと思いますがね。

で、櫂瑜様ですが。
おさすがです!(爆)私もチョコ贈りますからお返しを〜っ!

果てさて薫陶を受けた影月君は果たして香鈴に何を贈ったやら。
ちなみに影月は本命へのお返ししか考えていなかった模様です……。