――月の明るい夜だった。
上治五年―茶州・琥璉の早春。
風はかすかに甘く、どこからか花の香りを運ぶ。
湯浴み後の火照った身体をなだめるように、香鈴はひとり、庭院に出た。
「桜には……まだ早いですわね」
ただ、望月の明かりだけを頼りに、香鈴は花を探すかのように歩き始めた。
後に、紅杜邸とも呼ばれる茶州・州牧邸。
香鈴がたった一人で庭院にはびこっていた人の丈ほどある雑草を抜き、たった一人で蜘蛛の巣だらけの部屋を掃除して回った頃の面影は、今やどこにもない。
もう、近所の子供だとて、お化け屋敷と呼ぶことはない。
前代未聞の二州牧から茶州を引き継いだ櫂瑜は、赴任の際家人を引き連れており、一挙に人が増えた州牧邸は、その名にふさわしく整えられるようになった。
秀麗と静蘭が紫州に帰った後も、元州牧である影月、引き続き州尹を勤める燕青、そして香鈴は州牧邸に住んでいた。
香鈴の立場は、変わらず住み込みの侍女である。
その育ちからくる挙措の優雅さ、教養、可憐な容姿――の持ち主である香鈴は、櫂瑜の家人たちからも、州牧邸にふさわしいと、好意的に迎えられた。
もちろん、櫂瑜その人からも。
けれど、
「わたくしは、ここにいてよろしいのかしら……？」
といった不安が消え去るものではなかった。
香鈴が望むのなら、どんな名家であっても喜んで迎えるだろう。かつて仕えた茶家に再度奉公することもできるだろう。
「でもわたくしは……」
曖昧な立場のまま、州牧邸に留まっているのは、あの時の約束のため。
「じゃあ、一緒にいましょう。――これからずっと」
三日月がふくらんだ夜だった。
愛しい少年はそう言って、やわらかく微笑んだ。
――あれから、一年。
少年とはずっと同じ邸で起居しているものの、彼の毎日は変わらず多忙で、二人の時間は限られていた。
――あれから、一年。
香鈴は十六歳になり、どこに嫁いでもおかしくないと言われる年頃だ。
実際、縁談が持ち込まれたことも皆無ではない。
その楚々とした風情の容姿は、まさに花開かんとする美しさで、一家の女主人として采配を振るう素養は、州牧邸の切り回しで実証済であった。
つい先日も、高官の奥方が嬉々として見合い用の書簡を持ち込んできたばかりだ。
「本当にいいお話なんですのよ？」
少しふくよかなその奥方は、州牧邸の客間で、満面の笑みで文箱を取り出した。
「あなたに直接お渡しするのではなくて、ご両親とか後見の方にお話を持ち込むのが正式なんですけど、櫂州牧宛てででよろしいのか、私も自信がございませんでしたの」
香鈴の両親など、とうに他界している。あの荒廃の折りに――。
おまけに、知られてはいないが彼女の後見は茶家だ。侍女とは言え、彩七家の姫君に遜色ない環境で育てられたのだから。だから本来、香鈴への縁談なら、茶家を通すのが正しい。
ただそれを主張することはない。
「もちろん彩七家には及びませんけど、お家柄も悪くはありませんし、お人柄の方も保証付きですのよ。将来性も十分ですし、これほどのお話はそうはございませんでしょう？」
奥方は、心底、この縁談を良しと信じているようだった。
「なんでも。所用でこちらの州牧邸に立ち寄られた際に、あなたをお見初めされたそうなんです」
ここまで捲くし立てられると反論するのも一苦労だが、流されるわけにはいかず、香鈴は丁寧に断りを入れた。
「本当に申し訳なく思いますが、お受けするわけには参りませんの――」
今後も、この手の話が途絶えることはないかもしれない。何と言っても香鈴は「お年頃」なのだし。
なのに。
年下の想い人は、やっと十五になったばかり。
良家の子女であれば早婚であることも珍しくはないが、十五の少年が所帯を持つのは、やはり早すぎるという感覚は変わらない。
「別に、すぐにでも嫁ぎたいというわけでもないのですわ」
ただ、一緒にいられれば。
それで十分なはずだった。
一度は失われた明日への可能性が今はあるのだから。
それでも自分の立場の曖昧さに、どうしようもなく不安になるのだ。
正式に婚約したわけではない。
婚約というには、あまりに幼い約束があるだけ――。
恋人の誠実さを疑うわけではない。
彼は決して約束を破らないだろうし、「いつか」さえ待てれば、その日は来るはずなのだ。
けれど、その「いつか」があまりにも遠い先のことに思えるのも、香鈴を憂鬱にさせた。
「あと……二年？ それとも三年？」
そんな約束ができるだけでも、涙に暮れた日々を想うとたまらなく幸せで。
ただ、彼女は確証が欲しかった。
彼女が彼のものだという、確かな証――。
二人で過ごすときには。
香りのよいお茶と、手作りのお菓子。
どんな時にも向けられる優しい笑顔。
それはそれで、とても幸せな時間であるのだけれど。
時折、散歩に出かけて。
そっと手をつないで。
唇が触れ合うだけの口づけをおとして。
それはそれで、とても甘い時間ではあるのだけれど。
一つの期待が叶うと、更なる期待が生まれてしまうのは、どうしたらいいのか。
恋しいと思うからこそ、もっと触れて欲しいと願うことは、罪なのだろうか。
ましてや、まだ幼い年下の恋人に、それ以上を望むなどとは――。
「……わたくしはとても恥知らずな女、だったのですわね」
自嘲気味に、香鈴は小さくつぶやいた。
「香鈴さんが、どうしたんですかー？」
突然のことに、慌てて振り返った香鈴のすぐ後ろに、いつのまにやら影月の姿があった。
「え、影月様―？」
「はいー。こんばんは、香鈴さん」
月明かりの下、見まごうことなき微笑みを浮かべて、彼は香鈴を見下ろしていた。
あれから、一年――。
燕青や静蘭には及ばぬものの、影月の背もいくらか伸びた。
声もいくぶんか低くなった。
それでも、影月の微笑みは変わらない。どんな時でも失われない。
「き、聞いてらっしゃいましたのっ！？」
「内容までは聞きとれませんでしたよ？」
自分でも悪いくせだとは思うのだが、こんな時に取るべき態度でもないと思うのだが。
「黙って聞いてらっしゃるなんて、お行儀が悪いですわっ！」
つい、怒ったような口調になるのをどうすればいいのだろう。
なのに彼は少しもこたえた風もなく、笑って受け止めてくれる。
「すみません。香鈴さんの姿が見えたので、思わず追いかけてきちゃいましたー」
それは嬉しい。
むしろいつだって追いかけてきて欲しい。
だけどそんな言葉、口にできるわけでもない。
「あのー。もしかして、香鈴さん。お風呂あがりですか？」
「――そうですわ」
やっとの思いで声を出す。
「春はもうすぐですけど、風が冷たいです。身体が冷えてしまいますよ？」
「あ、暑かったんですわ！」
「でも、まだ髪が濡れてるみたいですしー」
影月は、上着らしきものを香鈴に着せかける。
「風邪をひいちゃいますから、中にはいりましょう？」
「ま、まだ暑いんですのっ！ それに、子ども扱いしないでくださいな！」
――ああ、どうして、自分はいつもこう……！
影月の顔を見ることもできぬまま、香鈴は顔をそむける。
「子供扱いなんかしてませんよ？ だって今も――」
語尾をにごされて、怪訝に思った香鈴は、思わず影月を振り返った。
そこには、目線をそらす影月の姿。
「今も――なんですの？」
香鈴の視線に負けてか、目を合わさないまま影月は答える。
「髪をおろした香鈴さんは、その……きれいで色っぽいなぁって」
たちまち、香鈴の頬は朱に染まる。
そうなのだ。
影月の言葉は、いつだって、誰の言葉より響く。
「生意気ですわ……っ！」
ああ、また。違うのだ。こんな言葉を口にしたいわけではないのだ。
だが影月から、ふわりと微笑んだような気配が伝わってきた。
うつむいてしまっていた香鈴が顔を上げると、どこか困ったような表情の影月を捉える。
「香鈴さん、あの――」
「なんですの？」
「香鈴さん、すごくかわいらしくて、その――」
「はっきりなさってくださいな」
「口づけしてもいいですか――？」
恋人からの口づけが嬉しくないわけがないだろう。
やさしい彼が好きだ。でも、強引さが欲しいとも思う。
その上、さっきまで胸を占めていた不安もあいまって、香鈴は、自分でも思ってもみない行動に出ていた。
三歩ほどあった二人の距離を詰め、顔と右手を上げる。
見下ろしてくる影月は、ただ香鈴の動きを見守っていた。
「えーと。だめですかー？」
右手は、そうするために動かしたわけではない。
けれど、再度の言葉に、香鈴は、思わず彼の鼻をつまんでいた。
「な、なにを――？」
少しくぐもった声を打ち消すように、香鈴は目を合わせてゆっくり答える。
「そういうことは。口になさらず、黙ってお奪いになって――」
自分でも、なんと大胆な発言だろうと、耳まで熱い。
影月は少し考え込んだようにうつむいていたが、何かに納得したように、まだ上がったままだった香鈴の右手をつかまえた。
「わかりました――」
本当にわかったのだろうかと、香鈴がその表情を確かめようとする前に、ふいに視界がかげった。
影月の寄せてきた顔が、月の光をさえぎったのだと気付いたのは、唇を奪われた後だった。
いつのまにか、影月の右手が、香鈴の腰に回されていた。
もう何度も知っている、やさしい口づけ。
腰に回された手が、肩に、そして頬へと移動する。
（これで、今夜は終わりですのね――）
やさしい口付けのあとは軽く抱きしめられて、手をつないで帰るのがいつものことだった。
目を閉じていた香鈴は、軽い落胆とともに今回もそれを受け入れようとし、何かが違うことに気付いた。
影月の唇が香鈴の唇から離れ、すべるように頬へ、まぶたへ、耳元へ、髪へと触れていく。
そしてまた唇に戻り、やさしく触れるとそっと下唇を噛んできた。
いつにない行為に、香鈴の身体は我知らず震える。
「あ――やっぱり、寒くなりました？」
違うと言いたいのだが声にならず、香鈴は首を振ると、つま先だって自分から影月に口づける。
驚いたような気配が伝わってきて、やがて両腕できつく抱きしめられていた。
そのまま、今度は強く唇を吸われ――、唇を割るように舌がねじ込まれてきた。
影月の舌が、香鈴の歯の裏を、口蓋を、そっとなぞっていく。
ただ触れ合うだけのいつもの口づけとはあきらかに違うその行為と、這われた口蓋から伝えられる感触に、香鈴は戸惑う。
（なんなんですの――っ？ こんな風だなんて、教わりませんでしたわ――っ）
ゆっくりと絡まりあう舌と舌。
相手にとっても不慣れな行為だとわかる、ぎこちなさ。
それでも、身体が熱くなるのはとめられなかった。
唇が離されたのは、ずいぶん長い時間が過ぎてからのような気がした。
力のすっかり抜けてしまった身体を影月に支えられるように抱きすくめられていたのは、さらにどれくらいの間であったのか。
「すみません――。止められなくって」
耳元に囁かれる声が、甘く、響く。
まだその余韻を感じていたくて、香鈴はそのまま目を閉じていた。
だが、影月の手が髪に触れたとたん、
「あっ、香鈴さん、髪、すごい冷たいです！ 風邪ひいちゃいます！」
慌てたように身体を離され、香鈴は不満に思ったが、確かに肌寒い。
もともと湯浴みの後、夜着に上着をはおっただけの軽装で庭院に出て行ったのだ。その上から今は、影月の上着が加わっていたが、風はまだ冷たい。
影月は香鈴の手を引くと、足早に庭院から連れ出した。
そのまま邸に入り、香鈴の部屋まで急ぐ。
「そんなに急がなくてもいいんですのよ」
小さく香鈴は抗議するが、影月は退かない。
「だめです。僕はひきませんけど、香鈴さんは風邪ひきますから。あ、風邪も甘くみちゃいけませんよ？ 大病の元なんですからー」
医師でもある影月に、こんな時反論しても聞いてもらえない。
香鈴はいつの間にか自室に押し込まれていた。
「すっかり冷えきっちゃいましたね。すみません。僕が注意してればよかったんですけど――」
「影月様のせいではありませんわ」
「いいえ。お会いした時に、部屋に戻ってもらうべきでした」
それでは。
今までと違う、さっきの触れ合いさえ、なかったことになってしまう。
「いいですか？ ちゃんと暖かくして、臥台に入ってくださいね？」
臥台にかかっていた毛布を取り上げて、影月は香鈴をくるみこんだ。
香鈴は嫌でも悟らないわけにはいかなかった。
（このまま、わたくしを残して行ってしまわれるのだわ――！）
そう思うといてもたってもいられず、香鈴は影月の胸に飛び込んだ。
「いやですわ……！ まだそばにいてくださらなくては！」
影月の両腕が、迷うように背中に回される。
だがすぐに両手は香鈴の肩をつかんで、引き離すかのような動きをみせた。
「それは――、僕だってまだ一緒にいたいですけど。でも、もうずいぶん遅い時間ですし、いつまでも香鈴さんのお部屋にいるわけにはいきませんし」
香鈴は無言で首を振り、さらに強くしがみつく。
困惑の色の滲んだ声が、なおも言いつのる。
「それに、香鈴さんは年頃のお嬢さんだし、その、万一、悪い噂とかたったら困るでしょう？」
かっと、頭に血が上るのを感じる。
「わ、わたくしと噂になるのは、影月様にご迷惑なんですのねっ！」
噂も何も。州牧邸のみならず、州城でも公認の、かわいらしい恋人たちと、周り中から暖かく見守られているのだが、そういったことは、当人たちだけが知らなかったりする。
「まさか。そうじゃありませんよ。ただ……。この状態だと、いろいろ不都合が……」
「どんな不都合がございますのっ」
「えーっと、僕は香鈴さんより年下ですし、まだ背だってそんなに高くないですけど」
影月が、背の低いのを気にしているのは知っている。
「わたくしよりは、高いですわ」
「そりゃ、香鈴さんは女の人で、それに小柄だから」
「初めてお会いした時からずいぶん高くなられましたわ」
「それはそうなんですけど――って、そういう話でなくってですねえ」
影月の声は、どこか途方に暮れているようだった。
「香鈴さん、僕だって男なんですけどー」
「知ってますわ」
「だから。あぶないんですよ」
「あぶないことなんか、ございませんわ！」
このままごまかされてはと、香鈴は影月をねめつける。
影月が小さく、吐息をおとす。
「やっぱり、香鈴さん、わかってらっしゃらないし」
わかっていないのは影月の方だ、と香鈴は思う。自分は年上であるし、ましてや、かつては王の後宮に勤めていたのだ。実際には貴妃付きであったとはいえ、本来後宮で王に仕えるということは、
王の手が付く可能性が高い。必然的に、そういった知識だとて教えられている。
（何も知らないわけではありませんのよ）
ただ、躊躇はしていた。
なんといっても、影月はまだ十五歳。 女心にはまるで疎い上に、朴念仁と言ってもいいかもしれない。おまけにそういったことはきちんと婚姻してから……とか考えていそうなところがある。
香鈴だとてすぐさま婚姻がかなうのであればおとなしく待つであろうが、 その時が来るのはどう考えてもまだ数年は先で。
だからこそ――。
（いっそ、わたくしから誘ってみたら……）
とは思うものの、拒絶されたり、さらには軽蔑されたりするのには耐えられない。ふしだらだと思われたいわけでは決してないのだから。
このまま影月のものになってしまいたい思いと、そんな気持ちで一杯の自分を知られて、嫌われることの恐怖と。
「香鈴さん……、泣いてます？」
感情に翻弄されて、自分がわからなくなって。気付けば、影月にしがみついたまま、涙を流していた。
「泣かないでください……」
零れ落ちた涙を、そっと唇でぬぐわれる。
「い、嫌ですわ。このままわたくしを置き去りになさるおつもりなんですもの……」
震える声が喉にからむ。
「泣かないで……」
「他の方にはお優しいのに、わたくしのお願いは聞いてくださらないんですのね」
部屋の中の明かりは、湯浴みに行く前に残した蝋燭が一本だけ。あとは、窓から注がれる望月の光のみ。
香鈴の好む、さわやかだが甘い香りが香炉から立ち上っている。
薄闇の中、二人はそのまま抱き合い、立ち尽くしていた。
「香鈴さん……」
かすれた声が耳元で囁く。
「僕は……、あなたを傷つけたくないんです。でもこのままこうしていたら、僕はあなたを……」
香鈴は何も言わず、しがみつく手に力をこめる。
「ああ……！」
影月の吐息と共に、香鈴の身体はふわりと臥台の上に運ばれていた。
「影月様……？」
「香鈴さん、僕は……」
（影月様……。どうしてそんな苦しそうなお顔をなさいますの……？ 本当は、お嫌なんですの……？）
だが香鈴が混乱している間に影月の顔が近づき、唇が重なる。そのままゆっくりと臥台に押し倒されていた。
「えいげ……」
香鈴の言葉を打ち消すように、厳しい顔で影月は告げた。
「もう……、止められませんよ……」
そこにいたのは、香鈴の見知らぬ男だった。
臥台の上に、香鈴の髪が広がる。その上に手をつくように、影月は覆いかぶさってきた。
前髪が影になって、香鈴にはもう影月の表情を見ることはできない。
知識として知っていることと、実践はもちろん違う。
そうなれれば……と願ってはいたものの、想像以上の恐怖が、香鈴を襲う。
思わず、その腕から逃れようと両腕を振り回そうとした。しかしあっさりと抑えられてしまう。
「逃がしません……」
そのまま両腕は、彼の左手によって、頭上で固定された。
熱い吐息とともに唇が首筋に触れ、香鈴の身体は、ぴくりと反応する。
「ここ……、感じますか？」
返事を待たぬまま、舌が舐めあげる。
息を呑んだ香鈴の夜着の合わせを首筋から鎖骨に辿った手が開いていく。
外気にさらされた白い肌の上を熱い指先が進む。
「あ……っ！」
拘束されていた手は離されて、手首のかすかな痛みに気をとられているうち、大きく広げられた夜着の下、まろやかな両肩と双丘があらわにされた。
「い……、嫌ですわ！ ご覧にならないで……っ！」
「すごく、きれいですよ……」
のがれようとした香鈴の動きにつられて震えた双丘が、両手に包まれた。柔らかさを確かめるように、ゆっくりと揉みほぐされる。
やがて、桃色の突起を指にはじかれ、甘い快感が、香鈴の背に走った。
「あ……んっ」
我知らず声が漏れる。
ちゅくっと音をたてて右の乳首が銜えられ、左の乳首は指先に捕らえられたまま、甘いうずきの中、何も考えられなくなった香鈴の目尻から涙が一筋こぼれた。
右の乳首を舌で転がされるまま、影月の右手が、胸を離れ、脇腹にすべりこんだ感触に、
またしても香鈴の意思に反して身体がはねた。
「や……ですわ……っ！」
「感じやすいんですね。かわいいです……」
乳首から口を離して、そうつぶやくと、 右手の後を追うように、影月の頭も胸のふくらみから腹へと下がる。いつのまにやら夜着の裾がはだけられ、帯だけを残す形となっていた。
太腿をなであげていた手が、そろりと内側にのびてくる。きつく閉じていた香鈴の脚が強引に割られ、両脚が浮いたと思うと、影月の肩に乗せられていた。
……ということは。
香鈴は、自分の秘所が影月の目にさらされているのだとようやく気付く。
「み、見ないで……っ！」
「……いやです。もっと見たいです」
香鈴の脚を強く抱えたまま、影月の顔が沈んだ。ありえない所に熱い吐息を感じて、香鈴は身をよじった。羞恥と快感と期待と不安と恐怖から、少しでものがれようとして。
熱く柔らかい湿ったものが、太腿をたどり、ゆっくりと秘所を目指すのをどこか待ち受けるような祈るような気持ちで感じていた。
「よかった……。ちゃんと……」
何がよかったのかと香鈴が口にする前に、知らず蜜をしたたらせていたそこを思い切り吸いあげられる。
「ん……っ！」
ひと時も止まることなく、舌はうごめき、花芯を開いていく。
そうしてさまよった後、さぐりあてられた突起から伝わる感覚に、香鈴の身体全体がしなった――。
朦朧とした意識の下、香鈴の身体に心地よい重みが加わる。 素肌に素肌の触れる感触。覆いかぶさる影月も、いつのまにか衣類を脱ぎ去っていた。
気付くと片脚だけ抱えられた状態で、接吻を受けていた。熱いのはどちらの息なのか、もはや定かでない。
片手が秘所をまさぐり、何かがいくばくかの痛みを伴って、香鈴の中に潜り込んだ。頭の隅で指だろうと直感した。
「な、何をなさいますの……っ！」
返答のないまま、吐息だけが大きく聞こえた。そのまま、ぐりぐりと内部をかき回される。
ようやく指が離れたかと思いほっと力を抜いた瞬間、今度は二本の指が入りこんできた。
湿った音が、けに大きく響いて、香鈴の狼狽を大きくする。
さらに圧迫感を感じた香鈴は、自分の中に出入りする指が三本に増えたことに気が付いた。
「い、いたいですわ……っ」
小さく抗議すると、あわてた気配が伝わってきた。
「す……すみません。でも、もう少し……」
三本の指は、そのまま香鈴の中を蹂躙するのをやめなかった。痛みには徐々に馴れ、そこから絶え間なく蜜が溢れるのが感じられた。しかも、どんどん息があがっていく。
「ん……っ！」
声が漏れた後、指は引き抜かれ、何か熱い硬いものが押し付けられた。
ぼんやりと香鈴が視線を下げると、棒状のものが秘所に押し当てられていた。それが何なのか、かつての教育から推測はできたものの、
（む、無理ですわっ……！ 入るわけありませんわっ……！）
恐怖にかられた香鈴は、少しでもそれから逃れようと身体をずり上げた。
「逃がさないと……言いましたよね……？」
強い男の力で、香鈴の退路は絶たれた。もう、逃がれようにも抑えられた肩を動かすこともできない。
「力……抜いてください……」
そう言われても、軽い恐慌状態になった香鈴は、さらに身体を硬くする。
困惑の気配の後、唇が乳首に触れ、香鈴は思わず喘いだ。
その瞬間を狙ったかのように、熱い塊が香鈴の中にゆっくりと押し入ってきたのだった。
「………っ！」
あまりの痛みに、声にならない悲鳴が漏れる。
香鈴を引き裂きながら進むのは、だが容易ではなかったようだ。なんといっても香鈴は生娘。男のものを受け入れたことはないのだから。
加えられる痛みに、はらはらと涙を流し続けていた香鈴の背に手が回され、上半身を起こされる。身体全体が持ち上げられ、何が起こったか確かめる間もなく、そのまま座った形で待ち受けていた影月の上に降ろされた。
その杭は、深く、香鈴に打ち込まれたのだ――。
――自分が引き裂かれる音が、聞こえたような気がした。
悲鳴を上げようとした唇が接吻で塞がれ、 とてつもない異物感を与えるものが嫌でも意識される。
熱と痛みと。それからのがれようと、香鈴は向かい合った影月の背に手を回してしがみつく。そのままの形で絡みあった二人の身体は、再び臥台に倒れこんだ。
これ以上の痛みはもうあるまいと香鈴は願ったが、すぐに裏切られることとなる。
痛みの元凶が、抜き去られるような動きを見せ、安堵したのも束の間、 再び奥まで打ち込まれ………。
香鈴の華奢な身体は、抜き差しされる度、激しく翻弄された。掴むものを求めて、影月の背に爪を立てる。
その渦中にあって、ぼんやりと、
（嵐の海に浮かぶ小船になったみたいですわ……）
そんな考えが浮かんだ。
ただ涙を流しながらしがみつことしか、香鈴にはできなかった。頬に影月の顔から飛び散った汗がかかり、香鈴の涙とひとつになって流れた。
抵抗する意思も既になく、ただ翻弄されるがまま、いつまでも終わりは来ないのではないかとさえ思われた。
両腕さえ影月の背に回す力を失い、ただ指先だけが敷布を掴もうとする動きをみせるのみだった。
だが、終わりの時は近づいていた。
影月の身体が大きく震え、何かが香鈴の中に迸り――。
力の抜けた影月の身体の重みが、ゆっくりとのしかかる。つながったまま、そっと抱きしめられた。
荒い息が耳元で繰り返される。
「香鈴さん………」
疲れきったような影月の声がした。
「……無茶なことをしたと思います。でも、謝らないでおきます」
未だ枯れていなかった涙をこぼしながら、香鈴はようやく声を絞り出す。
「か……勝手ですわねっ……」
「そうですねえ」
どこか苦笑するような声が答える。
「僕も男ですし、好きな女の人にこんなことしたいと、香鈴さんを全部欲しいって、ずっと思ってました。でも、絶対、香鈴さんを泣かせて辛い思いさせるのもわかってたんです。うまくやれる自信もありませんでしたし。だから、本当はもう少し僕が大人になるまで待てると思ってたんですけど、今日の香鈴さんがあんまりいじらしくて、あんまり色っぽくて……。――修行がたりませんよねえ」
訥々と語られる影月の言葉を聞いているうちに、香鈴の中の混乱も恐怖も、痛みさえ遠くに感じられていった。
そう、自分こそこうなることを願っていたはず。
婚姻という形がまだ無理でも、女として求められたいと。
誰にでも優しい影月だから、他の誰とも違う「特別」になりたいと。
今まで、誰にも許したことがない位に寄り添って。お互いに、これまで知らなかった顔を見せて。心も身体も一つになって。
願いが叶えられたことをようやく香鈴は実感した。
「わ、わたくしだって、影月様のものになりたいとずっと思っておりましたわ……」
顔が熱くなり、語尾は聞き取れないほど小さくなる。
「香鈴さん……？」
「で、でも、こんなに痛くて、こんなに怖いとは思ってもいませんでしたの……。影月様、まるで知らない殿方みたいでしたもの……」
先ほどまでの恐怖を思い返すと、また知らず涙がこぼれる。
「もう泣かないでください……。あの……まだ僕が怖いですか――？」
香鈴はゆっくり首を振る。
「わたくし、本当は何もわかってなかったのですわね。 子供だったのですわ。辛かったですけど、こうして、影月様の一番近くにいられるんですもの」
香鈴は、この夜、初めて微笑んで見せた。
「わたくし、幸せですわ……」
影月が香鈴を抱きしめる腕に力をこめる。
「香鈴さん、僕、前よりずっと、あなたが好きになりました……」
そうして影月はやさしい接吻をくれた。香鈴はただ、目を閉じてその幸せに浸る。
宿るべき場所にたどり着いた月の行方を薄れかけた天上からのやわらかな光が微笑むように、そっと照らしていた――。
「ええっとですね……」
どこか歯切れ悪く影月が囁く。
「こういうことって、馴れると気持ちよくなるそうなんですよ。だから……」
「影月様？」
「少しでも早く馴れるようにですねえ……」
「………？」
「ええっと、つまり――。……もう一回、いいですか……？」
影月の言葉が終わらないうちに、香鈴の中に残されていたものが大きく硬くなっていくのが感じられた。
「な、なにを考えていらっしゃいますの――っ！」
――この夜、香鈴は初めて本気で怒った。
そして、翌朝。
香鈴はしっかりと風邪をひいていた。
赤い顔をした香鈴に、どこか嬉しそうに影月は告げる。
「今日は一日中、僕が看病しますね」
原因は湯冷めだろうか、それとも一種の知恵熱のようなものだろうか、と、香鈴は身体に残る鈍い痛みを感じつつ、熱で朦朧としながら思っていた――。
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