約束の小枝
(やくそくのこえだ)




 音もなく静かに、白い雪が舞う。
 雪は時に家々からの灯りに色を染めて、なおはらはらと降り積もる。
「きれいですねえ!」
「そうですわね」
 人通りの途絶えた雪明りの街を手を繋いで歩く。
 今宵は、恋人たちの聖夜――。




 州城の広場に巨大なもみの木が運び込まれたのを影月が見たのは、一年の終わりの月に代わった頃だった。
 青々と葉を茂らせた大木は、緑の少ないこの季節、一際鮮やかだ。
 何事かと階上より見下ろしていると、たちまちあちこちから人が駆けつけて、もみの木に何やらし始めた。

「燕青さん。すっごく立派なもみの木ですけど、あれ、どうするんです?」
「ああ、おまえ、去年この時期にいなかったからなあ。
 あれは、栗主益(くりすます)に欠かせない飾りになるんだ」
(栗主益?)
 州尹室で同じく手を休めて窓から身を乗り出した燕青は、聞きなれない単語にきょとんとしたままの影月の顔を見て苦笑する。
「茶州でも琥lでしかやってない祭なんだ。
 えーと、昔々にだな。この琥lに一年に一回、年末に仙界からやってくる仙人がいてな。その名を燦卓呂臼(さんたく・ろうす)という。たいてい皆、燦卓とか三太とか呼ぶ。
 この燦卓なんだが、大の子供好きで。神出鬼没に現れて、寝てる子供の枕元に贈り物を置いていくんだ。いい子に限ると言われてるけどな」
「なんか、義賊みたいですねえ」
 影月の感想に燕青は苦笑する。傍から見ればそうかもしれない。
「まあな。親もそれ知ってるから、その日には燦卓の好物だっていう鶏菜を作る。一部お供え、残りお相伴って感じで。
 市を覗いてみろ。この月はとにかく鶏だらけだから。」
(鶏菜の嫌いな人には辛い時期だろうな)
 さっぱり馴染みのない風習はかなり風変わりで、影月には面白い。
「だから、子供はこの祭が大好きだな。今はたいてい親がこっそり贈り物を用意してる。
 けど、この日にはもう一つ別の面がある。
 そもそも燦卓がなんで毎年現れるかというと、琥l近くに住んでた恋人の仙女に会うためだ。一年に一度の逢瀬だから、特別な贈り物して楽しんだっていう」
「贈り物するのが好きな仙人さんなんですねー」
「そう言えばそうだな」
 祭に長年親しんできた燕青は、そんなふうに考えたことがなかったとつぶやいて続けた。
「それだけならいいんだがな。こっからが問題だ。人間はそっちも真似し始めた」
「悪いことじゃないでしょう?」
「悪くはないんだが……」
 燕青の歯切れが悪くなる。
「その日は、恋人たちが特別な逢瀬をする日になった。
 どういうことかというと、気合入れてめかしこんで、気合いれた高い店で飲み食いして、気合いれた高価な贈り物を交し合う。ついでに求婚する奴も多い」
 何故だか燕青の表情は苦虫を噛み潰したようで、もしかして過去に何かあったんではないかと、ひそかに影月が案じたほどだった。
「飯店とかも、その日はどこも予約一杯で飛び込みだと入れないくらいだし、たいていは特別料理で特別料金をふんだくられる。払いはもちろん男。
 でもって、張り込んだヒカリモノ系の贈り物も用意しないと許されない。つまり、男の甲斐性が試される日でもある。
 だが、その日に一緒に過ごす恋人のいない男は甲斐性なしの寂しい男、とみなされる。独り者は寄り集まって自棄酒に走ることが多いな。
 州城でも企画されてるから参加は早めに……って、おまえにゃ関係ないか」
 どうやら、独り者の男性にとっては試練のような祭らしい、とぼんやり影月は思う。あくまでも他人事である。そもそも、琥lに来てまだ二年とたっていない影月だ。いきなり聞いたこともない祭の話をされても、自分が参加するなどとは思ってもみなかった。

 しかし、燕青は違う。茶州で生まれ育った彼にとっては、良いにしろ悪いにしろ、参加するのが当たり前。しかも、目の前の少年には栗主益を一緒に過ごすことのできる恋人がいるのだ。
 気付いた燕青は慌てだした。
「待て待て待て! そもそも栗主益を知らないってことは、飯店の予約もしてねえってことだなっ!? もうどこも予約は一杯だぞ!」
 まだ今ひとつ把握できていない影月は、ぼんやり燕青に聞き返す。
「どうしましょう?」
「あと、贈り物! これは用意しておけよ。これ忘れたら女は絶対許してくれないからな」
「って、何贈ればいいんですか?」
「なんか身を飾るような……簪とか首飾りとか、光ってて高いもんだな。おまえ、金貯めてるだろ? 諦めてちゃんといいものを選べよ?」
 なんだか色々と面倒な決まりごとのあるお祭だなあ、というのが影月の感想だった。しかし、それが琥lで当たり前の風習なら、従った方がいいのだろうか。
(香鈴さんも知ってるかな? 知らないならいいけど、知ってて僕が何もしなかったら寂しいかな?)
 何にせよ、贈り物はまだ間に合うとして、飯店の予約が問題だ。
「燕青さん、どこかまだ開いてそうなお店知ってます?」
「俺の知ってるとこは、たぶんどこも駄目だぞ。一応、まわりにも当たってやるけど」
「影月君、飯店の予約なら心配いりませんよ」
 ふいに第三者の声がして、影月と燕青は振り返る。州城の主がいつのまにやら州尹室に入ってきていたのだった。

「櫂瑜様?」
「おや、こちらの室からの方が広場がよく見えますねえ」
 燕青の場所を譲られて窓からもみの木を見下ろしながら櫂瑜は楽し気だ。
「影月君は栗主益など知らないと思ってましたから、私の分と一緒に頼んであります。よかったらこれが予約板です。使って下さい」
「ありがとうございます。助かります。でも櫂瑜様は栗主益、ご存知だったんですね」
 影月より後から赴任した櫂瑜が知っていて、当然のように参加するつもりなのが影月には不思議だった。
「こんな楽しい行事ですからね。他州にいるときも真似したことがあります。女性はたいてい喜んで合わせて付き合ってくれましたよ」
 なるほど、女性絡みとなれば納得もいく。
「これ、お店の名前ですか? 想月楼って?」
 渡された板に書かれた名前を影月が読み上げると、燕青は飛び上がった。
「おまえっ! 想月楼って言ったら、八州都に一軒づつ店がある超! 高級料理旅館!」
「えっ!? そんな高級なとこ、僕なんて……」
 櫂瑜は手にした勺を、軽く影月の頭にぽんぽんと載せる。
「心配無用と申し上げたでしょう。支払いは済んでますし、当日店にその板を持っていけばいいことです」
「でも、櫂瑜様!」
 もちろん、支払額が高いんじゃないだろうかとか、そういう心配もあるのだが、あまり高級なところだと自分はきっと場違いであろうし、さらには自分の逢瀬の費用を他人に出してもらうというのがどうにも納得がいかず、影月は食い下がった。
「影月君の燦卓は私、ということですね。今年もいい子でしたし。それに、こういったお店は今後も重要人物との会合などで使うことがありますから、場慣れしておくのもいいでしょう。しかも、仕事で行くより大切な女性との方が何倍も楽しいですからねえ」
 結局、そうまとめられてしまうと、影月に断れる理由などない。
「ひゃあ、想月楼ならどんな女も文句ないぞ。しかし、羨ましい……」
「燕青殿も予定がおありなら手配いたしますよ。何、想月楼でしたら各支店で使わせていただいて参りましたので色々融通を聞いてもらえるのです」
「櫂のじーちゃん、気持ちだけでいいわ……」
 女性との約束を取り付けていないらしい燕青は肩を落とす。
「では、燕青殿には差し入れに良いお酒でも進呈いたしましょうね」
 それはどうも……と言葉を濁す燕青は置いておいて、影月は櫂瑜を見上げる。
「櫂瑜様、本当に甘えさせていただいてもいいんですか?」
「影月君。よいですか、女性を喜ばせることを忘れてはいけません。男として当然のことです」
「はあ……」
「香鈴嬢をきちんとお誘いするのですよ。きっと美しく装ってきてくださいます。そういう女性はなんとも可愛らしいものです。ふふ。何でしたら、私が香鈴嬢を誘いたいくらいですが」
 影月は慌てて首を振る。なんとはなしに、影月と櫂瑜が同時に誘ったとしたら、櫂瑜の方を選ばれそうな気がしたからだ。
 そんな二人を眺めて、改めて燕青は思った。
(櫂のじーちゃん、いったい影月に何教えてんだよ……)

 州牧邸に帰宅した影月はさっそく香鈴を誘ってみた。
「まあ! 影月様は栗主益などご存知ないと思っておりましたのよ!」
「ええと、つい最近教えてもらいましたー。香鈴さんは知ってました?」
「はい。幼い頃、鴛洵様より色々お話を伺いましたの。とても憧れましたわ。それも、想月楼だなんて、素敵ですわ!」
 すっかり興奮した香鈴の様子は、いつになく無邪気なほどだ。
「その、想月楼ですけど、香鈴さんは行ったことありますか?」
「貴陽のお店でしたら、鴛洵様が何度かお連れくださいましたわ。とてもお料理が美味しいんですのよ。きっと琥lのお店も期待できますわ!」
「あ、それじゃあ、楽しみですねえ」
「ええ、本当に!」
 香鈴が素直に嬉しそうなので、影月は彼女を失望させないようにがんばろうと心に誓った。


 次なる課題の『贈り物』に十日ばかり悩んだ影月は、春姫に助けを求めて茶家を訪ねた。
「影月様。栗主益だなんて素敵ですわね。きっと香鈴も喜びますわ」
 春姫は二つ返事で協力を約束してくれた。
「もちろん、お手伝いさせてくださいませ。香鈴の好みでしたら、わたくし存じておりますし。
 そうですわね。明日、出入りの店の者にいくつか持ってこさせましょう」
(茶家の御用達って、それってものすごーく、高いんじゃないだろうか)
 内心、焦りが生まれたが、香鈴をよく知っている春姫ならばきっと間違いはないであろうし、他の知り合いは男ばかりで助言を求めても役に立ちそうになかったのだ。しかも、今更やっぱりよします、とかも言い難い。
 結局、翌日の再訪を約束して、影月は春姫と別れた。



 その翌日。影月は午前中、通常業務をこなしていた。その業務の内容にも注意していれば栗主益関連のものがいくらかある。
 窓から見下ろすもみの木は、色とりどりの紐や丸い飾りでなんとも賑やかに変身している。あれだけの大木なのにどうやってかてっぺんに星の飾りさえあって、影月はその労力に感心した。
(本当に琥lでは気合の入ったお祭なんだなー)
 ひと段落して州尹室で伸びをしていると、同じくひと段落ついたらしい燕青が顔を覗かせた。
「影月、栗主益の用意、進んでるか?」
「なんとかなりそうですー」
「そっか。んじゃ仕事だ」
 燕青が懐から取り出した紙片を影月に渡す。何やら地図のようなものだ。
「何ですか、これ?」
「琥lのやどり木地図」
 やどり木とは、あの他の木に寄生して生えているあのやどり木だろうか。
 影月の頭をくしゃくしゃなでながら、燕青は説明する。
「栗主益はとにかく決まりごとが多いの。当日な、やどり木の枝の下にいる相手になら誰でも接吻していいという決まりが、なぜかあるんだ」
「せっ……!」
 たちまち顔を赤くする影月を面白そうに眺めながら燕青は続ける。
「で、そのやどり木がどこにあるのか判りやすく目印つけんのも俺らの仕事なわけ。
 ちなみに。この仕事は独り者には憎まれてるんで、例年彼女持ちがすることになってる。だから今年はおまえの担当な。門のとこで梯子借りて行くの忘れんなよ?」


 門の傍の武官の詰め所で梯子を借りた影月は、地図を片手に歩きだす。
 公園のブナの木。ケヤキ。
 それらはなんとなく想像が付く。
 かつて千里山脈に育った影月は、もちろんやどり木を知っていた。落葉樹に寄生するやどり木は薬の材料にもするのだ。
 しかし、やどり木はたいてい高い木の上に生える。そもそも街中に普通にあるものなのか疑問だし、そんな高いところに印を付けて意味があるかどうかも疑問だ。
 再び地図に目を落とした影月は、注意書きを読んで思わず声を上げる。
「崔さん家の庭院の栗の木!?」
 そこが州城から一番近かったこともあり、影月はまず崔家を目指した。


 崔氏の家に辿り着くと、なるほど塀の外からでも立派な栗の木が見える。その栗の木に寄生するやどり木が丸く茂っているのも確認できた。
「ごめんくださいー」
 影月は開いている門から顔を出して声をかける。
「州城から来たんですけどー」
「ああ、もうそんな時期だね。うちのやどり木はこっちだよ」
 愛想のよい崔氏と思われる男性が現れて、影月を庭院に案内する。
「しかし、今年はやけに可愛い色男が来たねえ」
 崔氏はにこにこと影月を眺めて言う。
 色男、などという単語には無縁だった影月はどう反応していいのか悩んだが、そんな影月の態度を気にもせず、崔氏は続ける。
「うんうん。可愛い彼女ができたばっかりなんだろう。で、独り者のイジワルな先輩にこの仕事を押し付けられて来たね?」
「先輩はイジワルじゃないですけど……」
 押し付けられたのは間違いではないので、語尾が弱くなるのは仕方がない。
「やどり木、どれか判るかい?」
「はい。あの丸い固まりでしょう?鳥の巣みたいな。あの、あんな高いところに印を付けて見えるんでしょうか?」
 崔氏は高らかに笑い出す。
「君、琥lの子じゃないね。そのままあそこに印を付けるわけじゃないんだ。切り落として使うんだよ。まあ、見ていなさい」
 崔氏は影月から梯子を借り受けると栗の木に立てかけ、見る見るうちに登っていく。懐から取り出した刈り込み鋏で、ひと固まり切り落とした。
 さっさと地面に降りた崔氏は、鋏を使って固まりをさらにいくつかに切っていく。
「これを適当に束にする。ついておいで」
 崔氏は影月を門の外の塀に連れて行った。
「うちは毎年のことだから場所も決まっててね。ほら、軒に釘が打ってあるのがわかるかい?」
 確かに、屋根のある塀の軒下に、何箇所か釘が打ってあるのが見えた。ひとつひとつはかなり離れている。
「じゃあ、束に印用の紐を結んでいって」
 影月は地図と一緒に渡された袋を腰からぶらさげていたが、慌てて中身を取り出す。印用の紐は同じ長さで揃えられた色とりどりのものだった。
 言われた通り、紐を結んで渡すと、崔氏は束を逆さにして釘に吊るしていく。
「これでできあがり。あとは同じように釘のあるところに下げていくんだよ」
「どうしてこんなに間をあけてあるんですか?」
 隣の釘に束をぶら下げながら、影月は崔氏を振り返る。
「それは君、押し合いへし合いしながら接吻するなんてどう思う? カッコ悪いよね? いくら回りが見えていない恋人たちだって、少しくらいは離れてないと。それにあまり近いと自分の彼女が隣のやどり木の下になって、よその男から接吻されたりしたら大変だよ」
 崔氏はなんとも楽しげに語らいながら、影月の作業を手伝ってくれた。
「全部かかったね? 余りはそのまま持っておいき。途中で欲しがる人がいるからあげるといい。おっと、これは君の分」
 影月に別に手渡されたのは、小さな一枝。
「君の家の軒にでもぶら下げるといい。うまくやるんだよ、杜影月君」
「え? 僕のこと――」
「先の州牧を知らないでどうするね。しかし、君も若いのになかなかやるねえ」
「はあ……」
 影月はなんとか礼を言って小枝を懐に仕舞った。
 梯子を取って、改めて崔氏に礼を言うと、崔氏はからからと笑う。
「もしよかったら、うまくいったら報告に来ておくれ。歓迎するよ」


 崔氏の家を辞して、影月は梯子とやどり木の束を抱えて再び街を歩き出した。
 崔氏の言った通り、やどり木に気が付いた人たちがたちまち集まって声をかけてきた。
 大抵はお目当ての彼女がいるらしい青年だが、栗主益の飾りを作るという女性も少なくはなかった。
 影月は気前よく枝を分けてやったが、中に小銭を握らせていく者があり、これには困った。しかも、当の人物はたちまち姿が見えなくなって返すことも出来ず、仕方なく預かっておくことにした。
(よっぽど、今年の栗主益は一大勝負なのかなあ?)
 梯子を引きずりながら、影月は次なる目的地、李氏の家を目指した。


 李氏の家でも似たようなものだった。
 呼びかけに応えたのは夫人のようで、たくましい腕で自宅の庭院の桜からやどり木を切ってくれた。この家も、塀の外に場所が決まっていて、影月は崔氏に習ったように作業を済ませた。
 李夫人もまた、余ったやどり木を持っていくよう勧めてくれたのだが、やはり年若い影月が来たのを面白がったのか、はたまた応援のつもりだかで、菓子まで持たせてくれたのだった。


 同じようなやり取りを鄭氏の家と王氏の家で済ませた影月は、道々希望者にやどり木をわけ、結局梯子だけ持って盧氏の家に辿り着いた。
 盧氏の家には榎の木があった。
 しかし。これまでとは違ったのは、門を覗いた途端、いきなり痩せた犬に吼えられたことだった。
 犬の吼え声に気付いて現れたのは、これまた気難しそうな老人である。
「なんじゃ、その梯子は。怪しい奴だな」
「すみません。州城から来たんですが、やどり木を――」
 影月の答えに盧氏と思われる老人は忽ち眉をしかめた。
「あの忌々しい栗主益か! わしゃ、あの行事は好かん! とっととあのやどり木を切り落として持っていってくれ! なんでよりによってわしの家に生えたんだか!」
 影月は慌てて庭院に入らせてもらうと、梯子を立てかけてやどり木に鋏を入れる。鋏は崔氏が貸してくれたものだった。
 落としたやどり木を影月が拾うと、盧氏は野良犬でも追い払うかのように手を振った。
「ぶら下げるのはうちではごめんだからな。どっか決まっとったはずじゃ。ほらさっさと行け!」
 またしても犬に吼えられながら影月は短く礼を言って、盧家を飛び出した。

「じゃあ、このやどり木はどうしたらいいんだろう?」
 改めて地図を見ると、なるほど『盧家のやどり木はこちらに』と矢印が書き込んである。場所は盧氏の家からいくらか離れたところにある共有の井戸だ。井戸の覆い屋根をのぞくと、おなじみの釘が見えた。
 ここに吊るすのはほんの僅かで事足りた。なのでかなりたくさん余ったが、もちろんこれも引き取り手には事欠かなかった。中には影月の作業が終わるのを待って声をかけてきた者もいたくらいだ。
(一体、栗主益にはどれほどのやどり木が飾られるんだろう? もしかして、琥l中の屋根の下にぶら下がってたり?)
 それは、想像すると少し楽しかった。


 琥lのやや東の端に近い場所には、一般に開放されている公園がある。公園と言っても、整えられた庭園というよりは雑木林の中に東屋が点在するようなそんなものである。ここには印が三箇所についていた。ブナとナラとケヤキにやどり木が生えているらしい。

 公園に着いた影月は、まずケヤキを発見した。やどり木は落葉樹を選ぶので、葉の落ちた枝の間のやどり木の固まりは見つけやすい。
 人家の木とは違ってあまり手入れがされていないせいか、それとも種を運んだ鳥のせいなのか、ケヤキに宿った固まりは、かなり高いところにあった。
 梯子だけでは届かなくて、あとは枝を伝って登る。固まりを切り落とすと慎重に降りた。地面に着いた時には正直安堵したものだった。
 ケヤキの根元に座り込んで束を作って印の紐で結んで。そうしてできた束をケヤキの低い枝にぶら下げる。残りはその近くの木の低い枝に。このあたりのことも親切な崔氏が教えてくれたのだ。もし最初にこの公園に来たり、もしくはあの盧氏のところに行ったならば、影月はどうしていいかわからなかっただろう。
 そうして作業をしている影月に、ふいに声がかかった。

「お兄ちゃん、何してるの?」
 振り返れば五、六歳の男の子がそこにいた。近所の子供だろうか。周りには連れらしき人の姿もない。
 影月はしゃがみ込んで子供と目線を合わせると質問に答えた。
「栗主益の準備をしてるんだよ」
「栗主益……」
 つぶやいた途端、子供の目から大粒の涙が溢れた。
 いきなり泣き出した子供を影月は慌ててなだめる。
「どうしたの? 泣かなくていいんだよ?」
 子供はしゃくりあげながら声を出す。
「ぼくね、わるいことしたから、三太さん来ないんだって」
 そうしてまたわんわんと泣き出す。
「そうなの? 悪いこと、したの?」
「わるいことじゃないもん!」
 途切れ途切れの子供の言葉を聞き取ってみると、どうやら父親の一張羅に母親の紅で落書きしたらしい。
「ぼく、父ちゃんの服、かっこよくしただけだもん!」
 紅は、油性である。はっきり言って落とすのは難しい。子供の意図はどうあれ、父親が激しく怒ったであろうことは容易に想像がついた。おそらく、叱られて家から飛び出して来たのだろうとも。
「ちゃんとあやまった?」
「……」
 自分のしたことを悪いことだとは微塵も思っていないらしい子供は、たちまち口をつぐんだ。
「君はたぶんお父さんが大好きで、お父さんをかっこよくしてあげたかったんだと思うけど、お父さんは大人だから、大人のかっこいいはまた違うんだよ。家に帰って、ごめんなさいってあやまっておいで」
 子供は少しも納得した様子はない。影月は違う角度から攻めることにした。
「三太さんはどっちの味方かな? お父さんが来ないって言ったんだね? じゃあ、あやまらないと来てくれないと思うよ?」
「あやまったら、来てくれるの?」
「うんとうんとあやまったら、きっとね」
 影月は、州城からも琥lの子供たちへ贈り物をする予定であることを知っていた。親からは貰えなくても、すくなくとも何かはこの子に贈り物があるだろう。
 ふと、李夫人から貰った菓子を思い出して、その焼菓子のかけらを子供の口に入れてやった。甘い菓子にたちまち子供の頬がゆるむ。
「そうだ、この枝も持っていって。僕も聞いたばかりだけど、やどり木は持ってる人を幸せにしてくれるって。これ持って、お父さんにあやまってごらん?」
 子供は、小さな手に枝を握り締めて、ひとつうなずくと駆け出した。だが、急に振り返って叫んだ。
「ぼく、ちゃんとあやまるから! おにいちゃんもがんばって、ちゅーできるといいね!」
 この捨て台詞には影月は苦笑するしかなかった。


 残りのふたつの木での作業を済ませると、すっかり日も暮れかかっていた。
「いけない! 春姫さんとの約束があったんだ!」
 幸いなことに公園と茶家はそれほど遠くはない。梯子と余ったやどり木の束を抱えて、影月は茶家へと急いだ。
 茶家に着くと門番に梯子を預け、奥へと案内される。
「春姫さん、遅くなりました!」
「大丈夫ですわ。あら、それはやどり木ですわね」
 春姫は影月が抱えたままだったやどり木の束に目をやる。
「よければどうぞ?」
「それでは、これで栗主益の飾りを作りますわね」
 春姫はやどり木を受け取ると嬉しそうにそっと傍らに置いた。

「さ、影月様、こちらに」
 その部屋にはひとりの男が待っており、なにやら色々と卓上に並べていた。もちろん、全商連の商人に違いない。
 金や銀、鮮やかな色石などで、卓上はまばゆいばかり。この時点で影月は逃げ出したい衝動に駆られた。
(でも、香鈴さんには似合いそう、だよな。たぶん……)
 そう自分を叱咤して、なんとか踏みとどまる。
 春姫はと言えば、さっさと品定めに入っている。
「こちらからこちらまでは派手すぎますから、下げてください」
 春姫が指差した品物は、大振りの目立つものが多かった。値段もよいものだったのだろう、かすかに商人の顔に落胆が見える。
「飾りはあくまでも付けた当人を引き立てるものでないと。飾りばかり目立っても仕方ありませんわ」
 いくつかをさらに下げさせて、春姫は熟考し始めた。
「銀よりは金がよいでしょう。あの子には簪よりもまだ花飾りの方が似合うでしょうし。何か小さい物がよろしいですわね」
 そうして、何やら摘み上げる。どうやら指輪のようだ。春姫はそれを一旦自分の指にはめてみて、ひとつうなずいた。
「影月様、こちらなどいかがでしょう?」
 手渡されたのは華奢な指輪だった。だが、細い金の透かし彫りが施され、乳白色の小さな石がはめ込まれている、なかなかに凝ったものだった。
「それは、琥漣の若手作家のものでしてね。なかなか将来楽しみな人物です」
 商人の説明も、影月にはあまり意味はない。影月はそれを香鈴がはめたところを一生懸命想像してみた。華奢な香鈴の指には、やはり華奢な指輪が似合うだろう。主張しすぎない石も好ましく思えた。
「そうですね、これ、いいかもしれませんねー」
「これでしたら、香鈴もすぐはめられますし。あの子は、わたくしと指の寸法が同じですから」
 なるほど、それで春姫はまず自分ではめてみたのかと合点がいった。
「よろしければ、お揃いの耳飾りもございます」
 すかさず、商人は同じ趣向の耳飾を取り出した。乳白色の石の下、透かし彫りの金片が揺れている。
 そう言われても影月にはどうしていいかわからず、春姫に視線で助けを求めた。
「そうですわね。確かに同じ趣向のものが揃っていると使いやすいですし。影月様、よろしいですか?」
 影月は最早どうとでもなれという気持ちでうなずいた。
(ええと、たぶん、僕が貯めてるお金で買える……はず)
 装身具など、これほど影月と縁のないものもない。はっきり言って値段などわからない。だが以前市で見た耳飾の値段にさえ驚いた影月である。腹に力を入れて、覚悟を決めた。
「こちらの指輪と耳飾を」
「ありがとうございます!」
 商人は満面の笑顔を影月と春姫に向けた。しかし。
「それでは、ふたつまとめてですとおいくらまでまけられますか?」
 商人の顔はまったく見物だった。まさか茶家の奥方に値切られるとは思ってもみなかったのであろう。影月だって思ってもいなかったくらいだ。
「あ、あのですねえ……」
 春姫は彼の動揺など気にも留めずに値段の交渉に入る。
「そ、それはあんまりです! 仕入れ代にもなりません!」
「ですけれど、これはそれほど金を使っているわけではありませんし、石もさほど高価なものではありませんわ」
「いやしかし! これはこの意匠代ですとか、技術料とかが加算いたしますので!」
 最早、影月には口をはさむこともできない。
「何も無理ばかりは申しませんわ。今後、わたくしがこういったものを求める時には、あなたのお店に必ずお願いするということでいかがでしょう?」
 商人はしばらく考えこんでいたが、やがて慎重に声を出す。
「一筆いただいてもよろしいでしょうか」
「かまいませんわ」
「それでは、こちらは奥様の言い値とさせていただきます」

 別室に移った影月は春姫にこっそりと尋ねた。
「よかったんですか? あんな約束しちゃっても?」
「わたくし自身はそれほどああいったものを必要とはしませんし、何よりあの者の店はこの琥漣では一番趣味がよろしいのですよ。ですから、少しも損はしておりません」
 春姫がそこまで言ってくれたのであれば、影月にも文句はない。重ねて礼を言って、茶家を離れた。
 こうして、影月は市価の半値という代金と引き換えに香鈴への贈り物を入手したのであった。
 もちろん、それでも日用品などと比べるとはるかに高価な買い物ではあったのだが。



 茶州琥lにおいて、栗主益の二日間は祝日である。
 何度も琥lだけの祭を祝日にする必要はないという意見も出たのだが、その度に女たちから猛反発があって、現在に至るという。
 重視されるのは、その一日目。一日目にたいてい宴会だの逢瀬だのが行われ、二日目は休養にあてられることが多い。

 さて、想月楼の予約は一日目の夕方にされていた。
 その日の午前中、影月はゆっくりと書物などに目を通して過ごしていたのだが、昼を過ぎた頃、櫂瑜の家令、呉尚大(ご・しょうだい)の妻で、家政を一手に取り仕切る文花(ぶんか)が現れた。
「影月様、湯殿の支度ができております」
「え? こんな時間にですか?」
 文花は若い頃はさぞかし……と思わせる上品な女性だったが、州牧邸を切り盛りするだけあって、なかなかに芯の通った人物で、どこか反論を許させないようなところがある。
「逢瀬の前には清潔にしておくよう、いつも櫂瑜様は申されておりまして。櫂瑜様はもうお済ましですので、影月様どうぞ」
「はあ……」
 特に抵抗する気にもならず、影月は素直に湯殿に向かった。

 室に戻ってみると、文花は影月の盛装用の官服に火熨斗を当て終えて広げていた。
「やっぱり、それ、ですかー?」
「お嫌いですか?」
 沓の埃を払いながら、どこか母のような眼差しで文花は影月を見る。
「嫌いってことはないですけど、堅苦しいかなあって」
「それでは、私服でも盛装の代わりになるようなものを用意されないといけませんね」
 何しろ、長年あの洒落者の櫂瑜に仕えてきただけあって、家人たちは皆それぞれ拘りを持つものが多かった。
 文花は手早く影月の着付けを手伝う。さらには、常なら後ろでひとつに結ぶだけで済ませている髪も、きれいに梳られ、まとめられ、絹の巾で包まれた。
「はい、立派におなりですよ。時間まで汚したり崩したりされませんように。私はこれより香鈴嬢のお手伝いに参りますので」
「文花さん、なんだか楽しそうですね?」
「それはもう! 香鈴嬢なら、支度にも気合が入ります。影月様、楽しみにしてらしてください」
 いそいそと文花が退出した後、影月は力なく椅子に沈みこんだ。下手に動いて汚しでもしたら怖ろしく、気分だけは落ち着かないまま、ただ時間の過ぎるのを待った。

 ようやく香鈴と約束した時間が近づいたので、影月は香鈴の室まで迎えにいくことにした。
 忘れないよう、贈り物の包みを懐に入れる。ふと思い立って、崔氏にもらったやどり木の小枝をお守り代わりに懐に忍ばせた。

 香鈴の室の扉を叩くと、文花が顔を出した。
「丁度お支度ができたところですよ」
 室に招き入れられた影月が見たのは、窓辺で長裾の襞を整えている香鈴の姿だった。
 影月に気付いて香鈴が顔を上げる。
「影月様」
 影月はそのまま言葉を失って、ただ見とれた。
 衣装は、淡い桃色の薄い布が幾重にも重なったもので、刺繍の豪華な帯だけが、僅かに濃い桃色だった。その色目は香鈴の雰囲気を柔らかいものにしている。影月にはそれがどういう種類のものだかは判らなかったが、胴衣の光沢は絹と見て間違いないだろう。
 ふたつに結い上げられた髪を飾るのは、衣装と同じ色の山茶花の花。なんとも愛らしい様子だった。
「お綺麗でしょう?」
 出来栄えに満足している文花が我が事のように誇らし気に口にする。香鈴はかすかに不安を漂わせて影月を窺っていた。
 文花の言葉に我に返った影月は力強く同意した。
「すっごく、きれいです!」
 影月の一言に頬を朱に染めた様など、まるで春の仙女のようだと思う。
「それでは、暁明が御者を勤めますので、玄関までおいでください」
 そうして文花が出ていくと、香鈴は影月を見つめて小首をかしげる。
「本当におかしくはございません? このように装うのは久しぶりなものですから」
「香鈴さんはいつだってきれいですけど、今の香鈴さんはものすごく綺麗で。ええと、僕、今、本当に劉牙になった気がしますー」
 おなじみのお伽噺の主人公の名前を出して、影月は精一杯自分の感動を伝えようとした。それは香鈴にも伝わったと見えて、恥らう姿もなお一層の美しさだった。
「ええと、それじゃ、そろそろ行きましょうか」
 影月が手を差し伸べると、白い手が重ねられる。
「僕、慣れてないんで、もうなんか緊張してて、情けないですけど香鈴さんが頼りというかー」
 香鈴は唇の端を少し上げて小さく微笑む。
「そんなに緊張されなくてもいいんですのよ。だって今日は、楽しむために参るのですもの」
「ああ! 忘れるところでした!」
 影月は苦笑しながら香鈴を玄関にと導いて歩き出した。


 玄関を出ると、州牧邸の軒がすでに準備を整えられていた。御者をつとめてくれるのは、夏暁明(か・ぎょうめい)、櫂瑜に仕える武人である。もうひとり武人がおり、たいていは交代で櫂瑜の護衛や御者をしていた。
 暁明はふたりに気が付くと扉を開けてくれた。
「ああ、香鈴さん、おきれいですねえ。きっと櫂瑜様がご覧になれなくて悔しがられますよ」
「そう言えば櫂瑜様は? 暁明さん、櫂瑜様に付いてられなくてもいいんですか?」
「櫂瑜様でしたらとうにお出かけです。今日は立派な軒を借りて、もう先方をお迎えに行かれましたよ。そちらには慶雲が付いております」
(一体、いつのまに誰を誘ったんだろう?)
 櫂瑜が栗主益にやはり想月楼に行くことは聞いていたが、誰と行くのかは聞ける雰囲気ではなかった。しかし櫂瑜であれば、どんな女性でも喜んで誘いにのるだろう。まったく、あのマメさには頭が下がる。


 軒は州牧邸を出て、琥lの街中を走る。窓からの風景はいつもと違って趣向をこらした飾りがあちこちに見られた。行き交う人々の顔は皆楽しげだ。
 反対に、影月の緊張はいや増した。
 もともと自分は庶民で。庶民の中でも底辺に育った自覚はある。それは少しも恥じるべきことではないのだが、きらびやかな場所に気後れするのはどうしようもない。櫂瑜が言うとおり慣れるしかないのだろうが、そんな日が来るのか影月には疑問だった。
 隣あって座る香鈴はと言うと、淑やかな姫君然として余裕さえ感じられる。こういうところが育ちの差だろうかと影月は思った。
 何にせよ香鈴は愛らしく、その姿を眺めるのは目にも快かった。


 たいして会話する間もなく、軒は一軒の高楼の前に止まった。ここが件の料理旅館だ。
 影月は扉が開かれると櫂瑜の教えに従い、先に飛び降りて香鈴が下車するのに手を貸した。
「それでは、時間を見計らってまたお迎えにあがりましょうか」
 暁明が扉を閉めながら影月に尋ねた。
「でも暁明さんだって、今日は予定があるんじゃないですか? 僕たちなら帰りは大丈夫ですから」
 暁明は三十台前半のなかなかいい男なのである。櫂瑜の薫陶を受けた彼ならば、女性にきっと人気もあるだろう。
「実は少し――。それではお言葉に甘えさせていただきます」
「暁明さん、例の物を運ぶのをお願いしてよろしいですか?」
「もちろんです。ちゃんと預けておきますので安心して行ってきてください」
 香鈴は暁明と謎の会話を交わした後、影月を見上げる。
「影月様?」
「ああ、そうですね。行きましょうか」
 暁明に軽く頭を下げて、影月は想月楼に足を踏み入れた。


 玄関に入った途端、立派な風采の男がうやうやしく迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか。お名前を頂戴できますでしょうか」
「はい。杜影月と言います」
「それでは予約板をお預かりできますか」
 影月は懐に手を入れ、そうして蒼白になる。
「すみません! 忘れてきました! あの、すぐに取りに戻りますから!」
 言葉と同時に引き返そうとした影月を男は止めた。
「それには及びません。予約板は単なる確認のためですし、失礼ながら杜影月様のお顔は存じております。櫂瑜さまからもお伺いしておりますので、どうぞそのまま」
 すっかり嫌な汗をかいてしまった影月は顔を赤らめて小さく、すみませんとつぶやいた。
「用意ができたようですので、ご案内いたします」
 穏やかな表情のまま、男は影月たちを先導した。
 影月は自分の浅い注意力を呪った。果たして香鈴は気分を害さなかったかと横目で見ると、彼女は内部の装飾などを眺めるのに忙しいようだったので、少し安堵した。


 ふたりが案内されたのは二階の個室だった。小さな室ではあったが、玄関からこちら、やたらと高そうなものばかり眺めてきたので、その狭さは影月を少しばかり落ち着かせた。
「すぐに係の者が参りますので」
 案内をしてくれた男が退出すると、影月は室を見回した。さりげなく凝った装飾がなされている。天井が高いので狭くても圧迫感はない。室内は十分に暖められて、外の寒気が嘘のようだ。
 窓を見やった香鈴は残念そうに言う。
「今夜は月が見られませんわね」
「月、ですか? ええ、今日は曇ってますしー」
「この想月楼は元々月を楽しむために作られたそうですの。ですから、少し残念ですわ」
「やっぱり、貴陽のお店とは違いますか?」
「ええ。建物の形も大きさも違いますわ。それでも、趣味のよいところは同じですわね。貴陽の方が大きくて、よりきらびやかではありますが、こちらは落ち着いた印象で居心地もよろしいですわ」
 とてもではないが居心地がいいとまでは思えない影月はあいまいに微笑んだ。


 やがて、玻璃の高杯に果酒が満たされて運ばれてきた。灯火を反射して、中の酒が紅玉のようにきらめく。
 口に含むと甘く冷たく喉を滑り落ち、たちまち胃のあたりが温かくなって、ようやく影月は肩の力を抜いた。
 待つほどもなく、料理が運び込まれてきた。給仕はうやうやしく二人の前に皿を並べる。
「前菜でございます。今宵は特別に鶏づくし料理をご用意させていただいております」
 さすが、栗主益。鶏はやはり欠かせないものらしい。
 前菜の皿を見ると、蒸し鶏の胡麻タレかけ(棒棒鶏絲)、紹興酒に漬けた鶏の冷製(酔鶏)を中心に四種。このあたりは影月も知っている菜だ。だが、おなじみのものであっても、皿と盛り付けで随分違って見える。
「うん、おいしいですー」
「ええ。このタレも胡麻がきいていて」
 ふたりがせっせと皿を攻略していると、次の菜が運ばれてくる。
「温かい前菜の代わりに、本日は湯(タン)を二種用意いたしました」
 鶏肉の入った鱶鰭の湯(魚翅湯)に、竹筒に鶏の挽肉を入れた湯(竹筒湯)。
 このあたりは影月には珍しい。
「想月楼は八州のお菜がいろいろ楽しめるんですわ」
「知らない菜がたくさんありそうですー」
 そんな香鈴は、まず皿を検分し、じっくり味わって吟味している。どうやら自分の菜譜に加える気満々のようだ。そのうち州牧邸でも味わえるかもしれない。


 さて、いよいよ主菜の登場である。
 卓子につくのが二人だけということもあり、一品一品の量は少ないが、種類がとにかく多かった。
 木の実と鶏の炒め物(腰果鶏丁)やタレに漬けた唐揚げ(油琳鶏)などは、影月も好きな菜だ。味付けもそれほど濃くなく、上品な味わいだった。
「これはなんですか?」
 給仕に置かれたばかりの皿を見て影月は首をひねる。
「お茶の葉で燻製した鶏肉をさらに揚げました棹茶牆にございます。また、こちらは煮込んだ鶏を特製タレで召し上がっていただく怪味鶏です」
「面白いお名前ですねー?」
「少し、表現に悩まれるようなお味ということで付けられたようです」
 口に運ぶと、確かになんとも奇妙だ。甘いような辛いような酸っぱいような。だが、嫌な味ではない。
「叫化鶏でございます」
 運ばれてきたのは、ただの若鶏のあぶり焼きに見えた。しかし、傍らの卓子で給仕が切り分けると、中には詰め物がぎっしり。
「豚肉と野菜が詰めてありますのね」
 外側のぱりぱりした皮と汁気たっぷりな若鶏と、詰め物との味わいが絶妙だ。
「富貴鶏でございます」
 土の固まりのようなものが運ばれてきて、それのどこが富貴なのだろうと影月が香鈴を見ると、香鈴は手を叩いて捲くし立てた。
「若鶏に詰め物をして蓮の葉でくるんでから粘土で固めて蒸し焼きにするんですの!」
「その通りにございます」
 給仕の手元を見ると、割られた粘土の下、鮮やかな緑が顔を出していた。
「さすがに、自分では作れませんわね」
 少し残念そうな香鈴に、給仕は笑いながら答える。
「お客様が作られてしまいますと、うちの庖丁人が首になってしまいますよ」
 もちろん、味もたいへんに結構なものだった。

 豪華な主菜にさすがに圧倒されていたが、どうやらそろそろ終わりらしい。締めくくりの麺菜は、あっさりした鶏ガラの湯に漬かってきた。正直、ほっとする。
 最後に、甘味が現れた。胡麻入りの白玉団子が甘い蜜に入った芝麻湯圓だ。
「お帰りの際には、当店自慢の蓮蓉月餅をお土産に用意させていただいております」
 至れり尽くせりである。
「こちらの月餅は美味しいんですのよ!  蓮の実の餡の中に塩漬けの鶉の卵が入ってますの」
「以前にもご贔屓いただいておりましたか?」
「貴陽のお店で何度かいただきましたわ」
「それではどうかお楽しみに」
 すべての給仕をすませて、甘味と新しく用意された茶を残して、「ごゆっくり」と給仕は退出していった。


 食べ盛りとはいえ、影月はすっかり満腹していた。少量づつとは言え、品数は十分すぎるほどだったし、鶏菜ばかりでもまったく飽きさせられなかった。そのあたりが名店ならではか。
 すぐには動く気にもなれなくて、茶をすすっていた影月だったが、最適なのは食事の後と教えられたことを思い出し、懐をさぐる。
「香鈴さん、これ」
 素直に包みを受け取った香鈴は、感嘆の声を上げた。
「まあ! なんて繊細な細工でしょう!」
 指輪を取り上げた香鈴は、そのまま指に嵌め、うっとりと眺める。
「ええと、耳飾もあるはずなんですけど」
「あら、同じ意匠ですの。細工師が同じなのですね。いい腕ですわ」
 内心、安物を贈らないでよかったと影月は胸をなでおろす。香鈴がその育ちから目が肥えているのは当然のことなのだ。春姫に相談した自分を褒めてやりたい。
「影月様、とても美しいのですけど、ご無理されたのではありません?」
 最初の興奮が過ぎ、香鈴の顔は心配そうな表情に変わっている。影月は苦笑した。
「それでしたら、春姫さんが上手に交渉してくださいましたから大丈夫ですー」
「まあ。春姫様にもお礼を申し上げないと。でもそれで判りましたわ。影月様がわたくしの指の寸法などご存知のはずありませんもの」
 安堵した香鈴は手早く耳飾をつける。
「いかがです?」
 香鈴が小首をかしげると、かすかに金細工が涼しげな音をたてた。
「すごく、お似合いです」
「大切にいたしますわね」
 幸せそうな香鈴の姿に、影月は心から満足した。
「影月様には後ほどお渡しいたしますので」
「え? 僕も何かいただけるんですか?」
「栗主益は、お互いに贈り物をしあうんですのよ」
 燕青から教えられた栗主益の話では、男の大変さばかりが強調されていて、そんなことはすっかり忘れていた。
 しかし、何を香鈴が用意したかは、その時教えてはもらえなかった。


「あ、香鈴さん、外見てください!」
「まあ、雪ですのね」
 昊から、後から後から白い雪が静かに舞い降りてくる。
「本降りになる前にそろそろ行きましょうか。香鈴さん、その着物って、歩けるんですか?」
 行きは軒で送ってもらったとはいえ、州牧邸までそれほど距離はない。だが、繊細に折り重なった香鈴の衣装は重くはなさそうだったが動きやすくは見えない。
「大丈夫ですわ。慣れておりますから」
 裾さばきも鮮やかに香鈴は立ち上がる。
 そう、香鈴の場合は衣装を着こなしているのだ。未だ衣装に着られている自分とは違うと影月は感嘆しながら見とれた。
「あ、手を貸し忘れてました……」
 貴婦人に手を貸すのは男の務めと、櫂瑜から指導されていたのに機会を逸してしまった。
「それでは、今からお願いいたしますわね」
 香鈴が手を差し伸べたので、影月もまた手を伸ばす。
「影月様! 握られては困ります!」
「あ、つい……」
 手の上に重ねるだけでいいはずをうっかり握ってしまったのは、そうしたいという本能のせいだろうか。
(うーん、櫂瑜様にまだまだたくさん教わらないと)
 反省しつつ手を取り直して、二人は個室を後にした。


 玄関先では支配人と見られる男が満面の笑みで二人を送りに出てきた。
「本日はご満足いただけましたでしょうか?」
「はい、とっても美味しかったです」
「それではまた是非ご贔屓くださいますように」
 影月は曖昧に微笑んだ。
 そこに、別の男が何やら運んできた。
「何ですか?」
「わたくしのですの。こちらに預かっていただいていたのです」
「じゃあ、僕が持ちましょう」
「お願いいたします」
 長裾を気にする香鈴に、その荷物を持って歩くことは難しいだろうと影月が代わりに受け取る。さして重くはないが、かなり大きい。
 香鈴にはごく小さな包みが支配人より渡される。
「それでは、お帰りになられましても当店の味をお楽しみください」
「嬉しいですわ。子供の頃から大好きでしたの」
 香鈴がそこまで言うならかなり美味しいのだろうと、満腹のはずなのに、影月も楽しみになった。
 幾人もの店の従業員に見送られて、いささか気恥ずかしかったが、そうして二人は粉雪の舞う街中へと踏み出して行った。



 降り始めたばかりの雪は、ただちらちらと舞うばかりで、まだ積もってはいない。
 片手に荷物、片手に香鈴の手を取って、影月はゆっくりと歩く。
 時々隣に目をやると、粉雪を背景になんとも美しい最愛の少女の姿があり、影月は幸福感に酔った。
(こんなに幸せでいいのかなあ?)
 ささいなことでも幸せになれる影月だったが、これでは幸福の大盤振る舞いだと思う。さすが、恋人たちの聖夜と言うべきか。
 だが急な木枯らしの冷たさに、影月は首をすくめる。
「影月様」
 それまで黙って歩を進めていた香鈴が合図を送ってきたので影月は足を止めて見下ろした。
「なんですか?」
「そちらの荷物をお渡しくださいませ」
 代わりに月餅の包みを預かって、影月は素直に荷物を渡した。
 香鈴は、大判の布の包みを取り除けると、なにやら黒っぽい布の固まりを広げる。
「これが、わたくしからの栗主益の贈り物ですの。普段着でしたら肩掛けでもよろしいですけれど、官服ですとそうもいきませんでしょう?」
 それは、しっかりとした仕立ての外套だった。
「助かります。すごい立派ですねー。香鈴さんこそ無理しませんでした?」
「柴彰様によいお店を紹介していただきましたの」
 ありがたく羽織ってみると、たちまち外気が遮断される。
「あったかいですー。ありがとうございます」
 香鈴は満足そうに衿元など直してやっていたが、ふいに小さなくしゃみをもらした。
 香鈴は衣装の上に幅広の巾を羽織ってはいたが、それでは十分ではなかったのだろう。
 影月は慌てて、もらったばかりの外套を香鈴に着せ掛けようとする。
「すみません! 僕ばっかり!」
「いけませんわ。それは影月様に差し上げたものですから。それに――わたくしが羽織りますと、引きずってしまいますわ」

 たしかに、小柄な香鈴だと床に引きずってまだ余るかもしれない。想像した影月は思わず噴出した。
「何をお考えになりましたのっ!」
 たちまち眉をひそめた香鈴だったが、再びくしゃみに襲われ、怒りは持続しない。
 影月はしばし考えて、手を打つ。
「そうだ! こうしましょう!」
 影月はまず自分がきちんと外套をはおり、次に片手を伸ばして外套の中に香鈴を引きいれた。
「な、何をなさいますのっ!」
「これなら、僕も香鈴さんもあったかいですよねー?」
「それはっ! そうかもしれませんけど!これでは何も見えませんのっ!」
 すっかり外套に頭までくるまれてしまった香鈴には、たしかに何も見えないだろう。香鈴の抗議を聞き流して、影月はしっかりと香鈴を抱える。
「僕、ゆっくり歩きますから、しがみついていてくださったらいいんですよ」
「恥ずかしいんですの!」
「んー、でも、今まわりには誰もいませんしー。いても僕しか見えませんから大丈夫ですよ」
 外から見れば、影月が着膨れしているようにしか見えないだろう。香鈴もようやく観念したらしく、影月の胴にしがみつく。
 影月はまわした腕に力を入れて、ゆっくり、ゆっくりと歩き出した。抱きしめた香鈴のぬくもりがとてつもなく心地よかった。


 そうやって進んでいた影月の目に赤い紐が目に入ったのは、いくらか歩いた後だった。
 それは、数日前に影月自身がぶらさげたやどり木の束。いつの間にか、崔氏の家の近くまで来ていたらしい。
 まだ距離のある崔家の塀をぼんやり眺めていると、そこに丁度一組の男女が現れた。男は何やらささやいて女を枝の下にやると、もちろん接吻を始めた。
 他人のそういった場面などはじめて目撃してしまった影月の耳が赤くなる。慌てて目をそらし、足取りも乱れた。
「影月様? どうなさいましたの?」
 外の状況がわからない香鈴は、影月を見上げて小さな声で尋ねる。
「い、いえ。なんでもありません……」
 外套の中をのぞきこむと、影月はなるべく平静に答える。
「それならよろしいのですけど」
 このまま、自分も香鈴をやどり木の下に連れていこうかと影月は考えた。前も見えない香鈴を連れて行くのはきっと簡単で。けれど、いくら間隔が空いているからと言って、他人の姿が見えるようなところでは正直気が進まない。迷っているうちに、そのまま崔氏の塀の横を通り過ぎてしまった。
(ええと、あと州牧邸に帰るまでに、どこにぶらさげたっけ)
 燕青に渡された地図を思い返してみると、あいにく想月楼から州牧邸までの間にあったのは、崔家だけであった。
(あー、失敗しちゃったかなあ)
 せっかくの機会をふいにしたのは何とも悔やまれる。でも、できれば接吻はしたいというのが本音だ。薄く紅を刷いた香鈴の唇に触れたくてたまらない。
 その時、影月は何を懐に入れているかを思い出した。


「ねえ香鈴さん。ひとつ、お願いを聞いてもらえますか?」
「なんですの?」
 足を止めた影月を見上げた香鈴はどこか頼りなげで、影月の心臓は跳ね上がる。
「僕、今からあるものを香鈴さんの髪に刺します。だから、今夜ははずさないって、約束して欲しいんです」
「簪のようなものですの?」
「いえ、ただの小枝なんですけど、すごく栗主益らしいものです」
「よくわかりませんけれど、影月様がお望みでしたら……」
「ありがとうございます!」
 影月は懐から取り出した小枝を慎重に香鈴の髪に刺した。決して、抜けないように。
「それで。これはなんですの?」
 不思議そうな表情で見上げた香鈴に、影月は素早く口づけした。
「な……っ! いきなりなんですのっ!」
 これまで、幾度か口づけはかわしている二人だが、それはそれなりの雰囲気の中のことで。今回のことは香鈴にとってまったくの不意打ちと言えた。
 影月は自然と頬をゆるめて耳元で囁く。
「今日は栗主益で。栗主益なら好きな時に接吻していいんですよね? ――やどり木の下なら」
 はっと気付いたらしい香鈴は慌てて髪に手をやろうとするが、影月が許すはずもない。
「取っちゃだめですよ。さっき、約束してくれましたよね?」
「そ、それは卑怯とか申しませんっ!?」
 腕の中で暴れる香鈴を抱く手に力を入れて、影月は唇を寄せる。
「言いません。だって約束しましたし。香鈴さんの唇は、だから今夜ずっとやどり木の下にあるんです。でも、香鈴さんは僕が離しませんから、他の人が香鈴さんに口づけする危険もありませんしー」
 抗議に開かれる朱唇をついばむような口づけで黙らせる。
「前の見えてない香鈴さんを決められたやどり木の下に連れて行くのは簡単でしたけど、この方がずっといいでしょう?」
「何がいいんですのっ」
「だって、こうやって、決められてない場所でだって――」
 華奢な香鈴の顎に手をかけて、口づけする。
 唇を離して、数歩歩いて、口づけを降らす。
 柔らかな香鈴の唇は、何度触れても飽きることがない。
 真っ赤な顔で睨みつけてくる表情さえ可愛くて、笑いながら口づけする。
 香鈴の黒髪の中、一際鮮やかな緑の小枝がとても神聖なものに影月には思えた。


 そうやって、歩数と口づけの回数と、どちらが多いのかわからないような状態で、影月は微笑む。
「このままだと今晩中に州牧邸に着かないかもしれませんねー」
「何をのんきなことおっしゃってますの! 二人とも凍えてしまいますわっ!」
「香鈴さんを抱きしめてるから、ちっとも寒くないですよ?」
 お互いのぬくもりは心地よく、外套の中は別世界のようだ。
「ゆ、雪だって降ってますのよっ!」
 香鈴がそういい終わらないうちに、ひらひらと雪が外套の隙間から入り込んで、香鈴の前髪と睫毛と頬に触れて、消えた。
「あー、このままだったら、雪だるまになっちゃいますかー?」
「それをのんきと申しますの!」
 影月は笑って香鈴の濡れた頬をぬぐう。
「そうですねー。それに、雪でも香鈴さんに接吻しようなんて許せませんよねえ」
 自分は実は相当独占欲が強いのだと気付いて影月はおかしくなる。香鈴はというと、さすがに上気した顔のまま押し黙っている。
「雪に負けないくらい、たくさんたくさん口づけしますね」
 香鈴の耳までもが赤くなっているのが見える。
「香鈴さん、僕に口づけされるの、嫌ですか?」
「……そんなことは申しておりません」
「じゃあ、嬉しいですか?」
「存じませんっ!」
 顔を背けようとした香鈴を自分の方に向かせて、影月はゆっくりと囁く。
「僕は好きです。香鈴さんも、香鈴さんの唇も――」
 そうして、雪のように優しい口づけを落とした。



「何を笑ってらっしゃいますのっ!」
 気が付けば影月は我知らず微笑んでいたらしい。
「ええと、栗主益って、たくさん決まりごとがありますよね。だったら、もうひとつくらい増えたっていいと思いませんか?」
 影月の発言の意図が見えない香鈴に、わずかに焦れたような表情が浮かぶ。
「毎年。栗主益には、香鈴さんの髪にやどり木を飾ってもらうっていうのを僕たちだけの決まりごとにしませんか?」
「そんなお話、聞いたこともございません!」
「だから、二人だけの決まりごとですよ。毎年。どこにいても。栗主益の日に」
「毎年? どこにいても?」
「ええ。例え、琥lにいなくても」
 香鈴はというと、更に顔を赤くする。
「約束、しませんか?」
 しばらく香鈴は沈黙を守っていたが、ようやく小さな声が答えた。
「影月様がお忘れにならないのでしたら……」
「忘れません。ずっと。――いけない、雪に負けてしまいます!」
 勢いを増した雪が二人のまわりで舞う。それは、小さな恋人たちに嫉妬するように激しい。
 影月はそんな雪に負けないように、激しく長い口づけで約束を誓った。



 雪にも風にもどんなものにも邪魔はさせない。
 いつも、いつだって大切なひとだから。

 そんな小さな約束が交わされた栗主益は、数え切れないくらいの口づけをこれからも降らせる日になるだろう。
 そして、二人が大人になっても、忘れる年などきっとありはしない――。

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『約束の小枝』(やくそくのこえだ)


彩雲国で強引にクリスマス、の本編になります。
長かった……。色々と。
時間もかかりましたし、随分長い話になりましたし。

そんなわけで、これは一種のパラレル設定です。
何故かというと、茶州琥lを舞台に年末。
なのに、誰も朝賀に行ってないんです!(爆)
いやまあ、茗才が行ってくれて……というわけにはいかないでしょうかねえ。


前半、影月がやどり木に印をつける仕事をさせたら、これが面白くて。
そのシーンが少々長くなってしまいました。
子供とのやりとりは削ってもよかったんですが、最後のひとことを言わせたかったので(笑)

で、一番調べ物に時間がかかったのがデートに入ってからのメニューです。
すべて実在のメニューですが、「鶏づくし」と決めたもので、中華料理と言えど、地域のくくりを飛び越えています。
平気で北京料理と四川料理と広東料理が並んでいます。
それ以外の地域の料理もあります。
基本は広東料理の正式コースに倣いました。
冷たい前菜、温かい前菜、主菜、麺、甘味。
主菜には本当はまだ分け方があるのですが、そこまではできませんでした。
漢字表記ができなくて諦めたメニューもあります。
記載はしてませんが、野菜のメニューなどもきっと出ているはずです。
ちなみに、ほとんど食べたことありません。
そして、セレクトして書いて。
とてもとてもお腹がすいて困りました……。

お土産に月餅を持たせましたが、通常の月餅に入っているのはアヒルの卵です。豪華なものだとこの卵がひとつの月餅に4つ!とかあるみたいです。
でも、それではあまりにも大きいですし、想月楼ではウズラの卵を4つ入れた小さな月餅を用意しました。直径10cmくらいの月餅です。ああ、読んでくださった方たちにもふるまえればよいのですが。

サイト名と同じ想月楼は『黄蓮夢』以来二度目の登場。こちらは琥漣支店です。どうぞご贔屓に。
「劉牙」は『天の罪・地の奇跡』ででっちあげたお伽噺に出てきます。
櫂瑜の家人たちについては、『風土記』をご参照ください。

あ、外套はマントの意味で使っています。
中国的服飾事情を考えるとおかしいかもしれませんが、どうしても香鈴をくるんでしまいたかったのです(苦笑)

クリスマス話なだけに甘さ増量のつもりですが、
お気に召していただけると幸いです。