早花月譚〜月の行方〜




 ――月の明るい夜だった。

 上治五年―茶州琥漣の早春。

 その日影月は、常より早く州牧邸に帰宅した。仕事が順調に片付いたせいだ。
 この頃は、通常業務をこなし櫂瑜の指導を仰いですごす平穏な日々である。学ぶことが多いのには代わりは無く、忙しくない日はないのだが。

 櫂瑜・燕青、そして香鈴と、楽しく食事も済ませ自室にひきとって、『華眞の書』に目を通していて。ふと影月は、香鈴に伝えていなかったことを思い出した。

「明日、お休みなんで、どこかに一緒に出かけましょう」

 もう夜も遅く、香鈴は眠っているかもしれない。でも伝えるだけでもしたいと立ち上がり、ふと窓の外を見た。
 庭院は、やわらかい月の光に溢れていた。
 そしてそこに、影月は当の少女の姿を見つけた。
「香鈴さん――?」

 慌てて、上着を掴んで部屋を飛び出した影月は、まっすぐ庭院を目指す。そして彼女に声をかけようとして、思わず言葉を失った。

(香鈴さん、きれいだ――)

 いつもは、きっちりと結い上げられている黒絹の髪が、長く背に流されていた。
 月に照らされたその面は、憂いに満ち、伏せた睫毛が影を落とす。
 そのまま見守っていたい気もしたが、それには香鈴の表情が気にかかった。
(香鈴さん、何かあったんだろうか?)
 夕食の時の彼女の様子は、いつもと変わったようには思えなかった。では――?
 さらに近づくと、かすかな香鈴のつぶやきが聞き取れた。
「わたくしは……だったのですね……」
「香鈴さんが、どうしたんですかー?」
 思わず、声をかけてしまった。
 あわてたように、彼女は振り向いた。髪がその仕草につられて流れるような動きを見せて、美しい。
「え、影月様―?」
「はいー。こんばんは、香鈴さん」
 間近で見下ろす彼女が愛しくて、影月は自然と微笑んでいた。

「き、聞いてらっしゃいましたのっ!?」
「内容までは聞きとれませんでしたよ?」
「黙って聞いてらっしゃるなんて、お行儀が悪いですわっ!」
 こんな時、香鈴は怒ったような態度をとるが、照れ隠しだと影月は受け入れている。そう思えばかわいらしいものだ。
「すみません。香鈴さんの姿が見えたので、思わず追いかけてきちゃいましたー」
 これも本当のことだし。
 伝えようと思った言葉を口にする前に、影月は香鈴の髪が濡れているのを見てとった。
「あのー。もしかして、香鈴さん。お風呂あがりですか?」
「――そうですわ」
 やっぱり、と思いながら言葉を繋ぐ。
「春はもうすぐですけど、風が冷たいです。身体が冷えてしまいますよ?」
「あ、暑かったんですわ!」
「でも、まだ髪が濡れてるみたいですしー」
 ふと自分の手に、掴んでいた上着があることを思い出した。それをそっと着せかける。
「風邪をひいちゃいますから、中にはいりましょう?」
「ま、まだ暑いんですのっ! それに、子ども扱いしないでくださいな!」
 この人は何を言い出すのだ。影月は呆れた。
「子供扱いなんかしてませんよ? だって今も――」
 初めて会った時、お人形のような、物語のお姫様のようだと思った。それはもちろん今もかわらないのだが、近頃の香鈴は時に女であることを影月に思い知らせる。

「今も――なんですの?」
 誰かが話してくれたのだが、こういった時女性は容赦してくれないそうだ。それはまったく本当だと実感する。
 口にせずにわかって欲しい男心。あえて口にして欲しい女心。
 目を合わす勇気がなく、影月は傍らの松の枝に目をやったまま答えた。
「髪をおろした香鈴さんは、その……きれいで色っぽいなぁって」
 望月の明かりの下、頬を朱に染めて、香鈴の動きが一拍、止まった。
「生意気ですわ……っ!」
 その返答は、ほぼ影月の予想通りで。
(ああ本当に。なんてわかりやすくて可愛いんだろう――)
 愛しさがこみ上げて、知らず微笑みながら、そのままつい衝動にかられそうになる。
 だが衝動に身を任せたりしては、目の前の乙女は、許してくれないかもしれない。ここは初めてではないとは言え承諾を得ておくべきかと影月は考えた。

「香鈴さん、あの――」
「なんですの?」
 しかし、素直に口にするには躊躇いが勝る。
「香鈴さん、すごくかわいらしくて、その――」
「はっきりなさってくださいな」
「口づけしてもいいですか――?」

(……言ってしまった。怒っただろうか?)
 香鈴の反応を黙って待つ。
 彼女は、そっと近づいてきた。だがまだ何も言わない。
(もう怒らせちゃったかな――)
 だが怒った顔もかわいいので、反応が見たくて再度許しを請うてみる。
「えーと。だめですかー?」
 彼女が取った行動に影月は目を白黒させる。
 季節は早春。宵の月下。雰囲気は満点で。
 なのに何故、鼻をつままれるはめになるのだろう……。
「な、なにを――?」
(何か、間違っただろうか……)
 影月は冷や汗が流れるのを感じた。
 だが香鈴は上目遣いに視線を合わせながら、ゆっくり答えた。

「そういうことは。口になさらず、黙ってお奪いになって――」

 瞬間、頭の中が真っ白になる。
 だがすぐさま自分を取り戻すと、今の彼女の発言内容を考える。
 たぶんにおせっかいな、だが善意に満ちた年上の同僚たちが、かつて話してくれた内容が思い出された。
『女ってやつは。いざって時は強引なのを喜ぶんだぞ――』
 つまり香鈴もまた、いちいちそういうことを聞かずに強引にいってくれという解釈でいいのだろうか。
 ではもう問うまい。強引にいってみよう。まずは、鼻をつまんでいるこの手の動きを封じよう。
「わかりました――」
 目指すは、乙女の紅い唇。
 開いている右手でその細い腰を抱き寄せた。


 やわらかい唇の感触をそっと味わう。
 一度触れると、二度、三度と、またもっと触れたくなる。
 腰に回していた手をゆっくりと上げて、頬に添えて、また口づける。
 こみあげる愛しさとともに、頬へ、まぶたへ、耳へ、髪へ。唇でたどっていく。そのままもう一度唇に触れ、できるだけそっと歯をたててみた。
 抱きしめたままの香鈴の身体から震えが伝わってきて、ようやく我に返った。

「あ――やっぱり、寒くなりました?」
 調子にのって、風邪をひかせてしまっただろうか。
 心配になって香鈴の顔を覗きこむが、彼女は何も言わずに首を振って、伸び上がって口づけを返してきた。
(こ、これって、熱烈歓迎? っていうか――香鈴さん、かわいすぎ……)
 衝動のまま強く抱きしめて、先ほどより深く唇を合わせる。
 いつもなら触れ合うだけで終わるのだが、もう少し先まで許されたような気がして、思い切って唇を割って舌を潜り込ませてみた。
(こうするもんだって聞いてはいたけど、これでいいのかな?)
 経験のない行為に自信はまったくないのだが、腕の中の恋人は抵抗もせずただ、受け入れてくれている。
 もう少し、もう少し……と舌を進めて、舌を絡ませあって。こう? それともこう? と、逡巡しながら、試してみる。
 気が付くと、すっかり息が上がっていて、しぶしぶ唇を離した。
 とたん、崩れ落ちそうな香鈴の身体を腕で支え、強く抱きしめなおした。彼女は華奢だが、抱きしめるとやわらかくて、そのぬくもりが心地よかった。

「すみません――。止められなくって」
 強引って、ここまでしてしまってもよかったかな、と、今更少し青ざめて。
 だが見下ろす彼女は、身体を委ねたまま目を閉ざしている。
(あ――、香鈴さんの髪、きれいだなー。おろしてるの、好きかも――)
 そのまま伸ばした指先が触れたのは、濡れて冷え切った髪だった。

「あっ、香鈴さん、髪、すごい冷たいです! 風邪ひいちゃいます!」
 ここで風邪ひかれるとしたら、間違いなく自分の責任で。
 医師でもあろうとする自分がそんなことじゃだめだろうと、慌てて手をひいて屋内に急いだ。
 回廊から邸に入って、まっすぐ香鈴の部屋を目指す。少しでも早く暖かくさせなければと、それだけを考えていた。

「そんなに急がなくてもいいんですのよ」
 つないだ手の主が、ちいさく抗議してくる。
「だめです。僕はひきませんけど、香鈴さんは風邪ひきますから。あ、風邪も甘くみちゃいけませんよ? 大病の元なんですからー」
 そう、彼女は自分と違うのだ。
 それを忘れて、戸外で長い時間を過ごすなど、許されることではない。たどり着いた部屋へ、問答無用で押し込んだ。


「すっかり冷えきっちゃいましたね。すみません。僕が注意してればよかったんですけど――」
「影月様のせいではありませんわ」
「いいえ。お会いした時に、部屋に戻ってもらうべきでした」
 室内では、蝋燭が一本だけたよりない明かりをゆらめかせていた。だが、窓からの月明かりもあり、視界は悪くなかった。
 影月はさっさと臥台に近づくと、毛布を取り上げて、香鈴をくるみこんだ。
「いいですか? ちゃんと暖かくして、臥台に入ってくださいね?」
 そのまま臥台に連れて行こうと振り返った影月は、胸に飛び込んできた香鈴に驚いた。
「いやですわ……! まだそばにいてくださらなくては!」

 ふいに、かすかにくゆる香の甘さに気付く。
 それよりももっと甘く香る、腕の中の乙女。
 抱きしめかけて、ふと我に返る。
(も、もしかして、この状況って、すごく好機――じゃなくって!)
 あわてて身体を離す。
「それは――、僕だってまだ一緒にいたいですけど。でも、もうずいぶん遅い時間ですし、いつまでも香鈴さんのお部屋にいるわけにはいきませんし」
 ところが、香鈴は首を振ってしがみついてくるではないか。
(ま、まずい、かも……)
「それに香鈴さんは年頃のお嬢さんだし、その、万一、悪い噂とかたったら困るでしょう?」
 それらしく聞こえるようなことを口にして、なんとか逃れようとした。
 が。
「わ、わたくしと噂になるのは、影月様にご迷惑なんですのねっ!」
 そこで、そう来るか……。影月は内心、頭を抱える。
「まさか。そうじゃありませんよ。ただ……。この状態だと、いろいろ不都合が……」
「どんな不都合がございますのっ」
(あー、だから理性が……)
「えーっと、僕は香鈴さんより年下ですし、まだ背だってそんなに高くないですけど」
 自分で墓穴掘ってどうするんだ、とどこか冷静な自分が囁く。
「わたくしよりは、高いですわ」
「そりゃ、香鈴さんは女の人で、それに小柄だから」
「初めてお会いした時からずいぶん高くなられましたわ」
「それはそうなんですけど――って、そういう話でなくってですねえ」
 まずい。このままではまずいのだ。
「香鈴さん、僕だって男なんですけどー」
「知ってますわ」
 だから。考えてはいけない。抱きしめた香鈴の身体がどれほど芳しいか、とか――。 できればこのまま――とか……!
「だから。あぶないんですよ」
「あぶないことなんか、ございませんわ!」
 なんだか、血液の流れが一箇所に向かってる気が――っ!
「やっぱり、香鈴さん、わかってらっしゃらないし」
 ため息と冷や汗まじりで、なんだか気も遠くなりそうだ。

 だが胸を熱い雫が濡らして、ようやく影月は香鈴の状態に気付いた。
「香鈴さん……、泣いてます?」
 ただ、はらはらとこぼされる涙がきれいで。
 唇でぬぐわずにはいられなかった。
「泣かないでください……」
「い、嫌ですわ。このままわたくしを置き去りになさるおつもりなんですもの……」
 香鈴の震える声がいかにも頼りなく、このまま残していくのは躊躇われた。
「泣かないで……」
 くり返し囁いて。
「他の方にはお優しいのに、わたくしのお願いは聞いてくださらないんですのね」
 その言葉に、影月は罪悪感を刺激された。
(そ、そう言えば、このところ、二人でゆっくり過ごしたことってなかったかも……。香鈴さん、寂しかったのかな。ああ、でもこのままじゃまずいし……ど、どうしたら――っ)
 抱き合ったまま立ち尽くして、なんとか理性を総動員させようとあがく。
「香鈴さん……」
 ようやく、なんとか搾り出した声は、自分でも妙にかすれていた。
「僕は……、あなたを傷つけたくないんです。でもこのままこうしていたら、僕はあなたを……」
 だがさらに無言でしがみつかれて。なけなしの理性はあっという間に霧消した。
「ああ……!」
(もう、だめだ――っ)
 影月は香鈴を抱えるように、そのまま臥台に向かった。
「影月様……?」
「香鈴さん、僕は……」
 おそらく、とても情けない顔になっていただろう。
 こういうことをもっと優雅に進められる大人だったらよかったのだが、そんな余裕はない。
 唇を奪って、そのまま臥台に押し倒した。
「えいげ……」
(僕は、このままあなたを――)
「もう……、止められませんよ……」


 臥台の上、体重をかけないように手をついて、香鈴に覆いかぶさる。
 やわらかい感触と香りに、眩暈がしそうだ。
 身体の下で抗う気配を感じて、細い両腕を拘束する。
「逃がしません……」
 耳元でささやいて、そのまま華奢な首に唇を這わす。かすかに彼女の反応があった。
「ここ……、感じますか?」
 ならばと、舌を使ってみる。震えそうな手を叱咤しながら、夜着の合わせ目から差し入れ、肌を露にしていく。
「あ……っ!」
 片手では無理だと判断して、香鈴の手を離して。一気に夜着を開いた。
 月明かりに青みを帯びたその肌は例えようもなく白く、指先に吸い付いてくる。狭い肩の下、現れた果実のようなふくらみから目がはなせなくなった。
「い……、嫌ですわ! ご覧にならないで……っ!」
「すごく、きれいですよ……」
 身をよじった動きにつられて、かすかに震えたまろやかな乳房は、もぎ取り、食べるよう誘ってくる。
 その誘惑に勝てるはずもない。
 できるだけそっと、手で包み込んで揉みあげてみる。
(なんて、やわらかい……)
 それは、感動的ですらあった。
 乳房は、影月の手にあまるほどで、この華奢な身体に不釣合いないほど豊かだ。
 先輩諸氏の話を思い返して、乳首を攻めてみることにした。
「あ……んっ」
 たちまち返る反応に、たまらず口をつけて味わう。
 片手で乳首を、もう片方はふくらみを手に納めたまま、唇と舌で丹念に攻め立ててみた。
 香鈴の息が上がり、身体が反応しているのが判りなんとか自信がついたので、そのままさらに夜着を広げて右手で身体の輪郭を辿る。
 平たい腹部を横から撫で上げると、またしても下にある身体が反応する。
「や……ですわ……っ!」
「感じやすいんですね。かわいいです……」
 胸元の感触から離れるのは少し惜しい気もしたが、ここまできたら全部見たいし、触れたい。大きな抵抗がないのをいいことに、そのまま頭も沈めていく。
 一旦、右手をさらに下げて、膝裏から太腿を下から上に撫で上げる。
 夜着は、すっかり開かれて、白い肌の上には、腰帯だけが残っていた。それが、全裸よりさらに蠱惑的に感じられた。
 無意識に固く閉じられた両脚を強引に広げ、身体を割り込ませる。
 そのまま両脚を高く持ち上げて、自分の肩に乗せるようにした。
「み、見ないで……っ!」
 羞恥の声にかえって煽られる。
「……いやです。もっと見たいです」
 女性の秘所の実物を見るのは初めてだったが、幸か不幸か医師としての書物の図解や、無理矢理押し付けられた春本で、様子はわかっていた。頭の中の知識と目の前の実物を比べて、目指す場所を見つける。
 そこはすでに、しとどに蜜を溢れさせていた。
「よかった……。ちゃんと……」
 不慣れな上、つたない自分の愛撫に感じてくれていたのが嬉しくて、思い切って強く吸いあげてみた。
「ん……っ!」
(声……なんか、すごく、色っぽい……)
 もっと感じて欲しくて、舌を這わしていく。ふくらんだ突起を舌が探り当てると、香鈴の身体が大きく弓なりにしなり、力を失った――。

 一旦身体を離して、引き剥がすように自分の着衣を脱ぎ去る。香鈴にかろうじてひっかかっていた夜着も、それを留めていた帯も剥ぎ取って、再び覆い被さった。
 自分のものがかなり強く反応しているが、まだそれには早い、と欲望のまま赴くのを強く自制した。
(香鈴さんもはじめてみたいだし、少し慣らさないとだめのはずで――)
 まず、試しに、指を一本、秘所に潜らせてみた。
「な、何をなさいますの……っ!」
 狼狽した声に答える余裕はない。
(指、もう一本増やそう……)
 薄暗い室内に、やけに音が響いた。
 ここまでは大丈夫だったが、自分を受け入れてもらうには足りないと、さらに三本の指を突き入れる。と、
「い、いたいですわ……っ」
 涙まじりの声がして、影月は慌てる。
「す……すみません。でも、もう少し……」
 慌てても、指は香鈴の身体を蹂躙するのをやめないでいた。ここでやめるわけにはいかない。自分の理性もそろそろ底をつく。
「ん……っ!」
 少しは慣れてきたのか、小さな声が漏れて。もう十分と合図をもらった気がした。そっと入り口に猛るものをあてがう。
 そこで、おびえた香鈴が身体を臥台の上方ににじらせて、逃げ出そうとする。
 ここまできて、逃がすつもりはない。
「逃がさないと……言いましたよね……?」
 肩を押さえつけ、さらに体重をかけることで動きを封じる。
「力……抜いてください……」
 このままではとても入りそうにないので協力を求めたが、どうやら相手は聞いてくれそうにない。
 今夜の行為をざっと振り返って、彼女が反応したのはどこか思い出す。
(乳首……すごい弱かったよね……)
 そっと唇でつついただけで、香鈴が大きくあえぎ、その瞬間、力が抜けたのを感じた。
(――いま、だ……!)
「………っ!」
 声にならない悲鳴を確かに聞き取りながら、一挙に突き上げようとして、留められた。
(せまいっていうかっ、痛いっていうかっ)
 欲望で頭が一杯になりながら、かすかな罪悪感も覚えている。香鈴がはっきりと口にしなくても、彼女がかなりの痛みに苦しんでいるのが、零れ落ちる涙を見なくてもわかっていた。
(でも、もう、ここでひくわけにはいかない……)

 ここで香鈴の涙に負けてやめてしまったら。彼女は許してくれるかもしれない。だが、次にここまでいくのにどれくらいかかるだろう。怯えた彼女は、徹底的に行為を避けようとするかもしれない。
 そしてまた、長年続けていた考え方というのも、そう変えられるわけではない。
 明日を迎えられると、未来を信じてもいいのだと判っていても。
 そう、例え自分に何事もなくても、香鈴にふりかからないとは言えない。
 つかめるものは、すべてつかんできた。
 愛しい人とひとつになる機会は、今後ないかもしれないのだ。
 影月は、非情な覚悟を決めた。

 まず自分が身体を起こして座り込み、次に香鈴の身体を抱き起こして持ち上げる。そのまま、自分の分身の上に秘所の口を当て、香鈴の身体を降ろして、無理矢理全部を飲み込ませた。

 おそらく、かなりの痛みがあったのだろう。香鈴の黒目勝ちの瞳が驚愕に見開かれた。
(悲鳴――?まずいかもっ)
 なんといっても夜も更けている。ちいさな喘ぎ声ならともかく、悲鳴は邸の住人に聞こえてしまうかもしれない。咄嗟に判断して、声を唇で封じこめた。
 背にまわした手に力をこめ、そのまま動きを止める。
 香鈴からも手が回され、座ったまま抱き合うような形になった。
 すっかり根元まで埋め込まれた分身が、あたたかい場所でしっかりと包まれているのを意識する。
 これはこれで心地よいが、もちろん十分ではない。
 抱き合ってもつれ合ったまま、臥台に横たわる。そして、ゆっくりと動き始めた。

 一旦抽迭を開始すると、加減ができなくなった。
 はじめは、香鈴の負担にならないようにと思っていたはずだった。
 だが、そんな考えはすぐに欲望の波に置き去られてしまう。
 そのあたたかい場所は、痛みにも近い快楽を与えてくれた。
 いつかこういった関係になった時には、理性的な大人として振舞おう、自分が年下だから余計に余裕のある男として接したいと願っていたのは確かだったが、実際の体験がもたらす快感は、はるかに想定を上回って圧倒した。
 くさびを打ち込むごとに香鈴の華奢な肢体を振り回す。
 蜜を溢れさせ、強く締め付けてくるその場所に埋没することしか頭にはなかった。
 というより、思考すら消えうせて本能のまま腰を動かして。
 ただ、繰り返し、
(あつい…あつい…あつい……)
 飛び散る汗を遠く感じていた。
(ああ……もう……)
 限界が訪れ、震えとともに、射出する感覚が、ただ、あった――。

 影月は強烈な倦怠感に襲われて力を失い、香鈴の上に倒れこむように被さった。かろうじて残った気力を振り絞って、そっと抱きしめる。
「香鈴さん………」
 呼吸はまだ静まらなかったが、なんとか声を出す。
 もはや、何も考えたくない。何もしたくない。
 だが、伝えておかなければならないことがあったからだ。
「……無茶なことをしたと思います。でも、謝らないでおきます」
 香鈴からの返答は、一拍おいて返ってきた。
「か……勝手ですわねっ……」
 まったく、その通りだと実感する。
「そうですねえ――。僕も男ですし、好きな女の人にこんなことしたいと、香鈴さんを全部欲しいって、ずっと思ってました。でも、絶対、香鈴さんを泣かせて辛い思いさせるのもわかってたんです。うまくやれる自信もありませんでしたし。だから、本当はもう少し僕が大人になるまで待てると思ってたんですけど、今日の香鈴さんがあんまりいじらしくて、あんまり色っぽくて……。――修行がたりませんよねえ」
 ただの自己弁護だ、とも思う。
 でも、嘘でもなかった。目の前の機会を棒に振れるほど、無欲ではなかっただけ。

 うっかりしていると聞きそびれるくらい小さな声が、腕の中から聞こえた。
「わ、わたくしだって、影月様のものになりたいとずっと思っておりましたわ……」
「香鈴さん……?」
「で、でも、こんなに痛くて、こんなに怖いとは思ってもいませんでしたの……。影月様、まるで知らない殿方みたいでしたもの……」
 それほどまでに怯えさせてしまったのだろうか。こらえきれぬように、香鈴の頬を涙が伝う。

「もう泣かないでください……」
 愛しさと申し訳なさと、ひとつではない混ざり合った感情が沸いてくる。
「あの……まだ僕が怖いですか――?」
 ただ首を横に振って、香鈴は視線を合わせてきた。
「わたくし、本当は何もわかってなかったのですわね。 子供だったのですわ。辛かったですけど、こうして、影月様の一番近くにいられるんですもの」
 そうして、花びらがこぼれるように、きれいに微笑んでくれた。
「わたくし、幸せですわ……」
 不意打ちのように与えられた微笑は、例えようの無い幸福感を影月に与えた。そう。いつだって、貴重な彼女の笑顔ひとつで自分は幸せになれるのだ。
「香鈴さん、僕、前よりずっと、あなたが好きになりました……」
 そうして、感謝をこめて。そっと、触れるだけの口づけを落とした。



 そのまま抱き合ったまま、静かに横たわっていたが、先ほどの疲労が拭われると同時に、つながったままの暖かさがふいに思い出され、なにかが主張を始めてしまった。
 まずいと思っても、もう遅い。
「ええっとですね……」
 陽だまりの下の仔猫のようにまどろみかけていた香鈴がいぶかしげな視線を投げかけてくる。
「こういうことって、馴れると気持ちよくなるそうなんですよ。だから……」
「影月様?」
 彼女は、少しも気付いていない。
「少しでも早く馴れるようにですねえ……」
「………?」
「ええっと、つまり――。……もう一回、いいですか……?」
 言い終える前に、香鈴の中で、分身が復活をとげた。
 ようやく言葉の意味と現状を把握したらしい香鈴は、キッと眦を吊り上げた。
「な、なにを考えていらっしゃいますの――っ!」
(す、すみません、すみませんー)
 心の中で謝りながら、影月は再び動き始めた――。


 翌朝。
 疲れきって抱き合って眠って。
 腕の中の恋人の様子がおかしいのに気付いたのは、明け方のことだった。
 原因は湯冷めと思われたが、やはり自分にも責任があるような気がする。
 熱でうるんだ瞳で見返す恋人に、そっと告げる。
「今日は一日中、僕が看病しますね」
 せっかくの休日、出かけられないのは残念だった。だができるだけ心をこめて看病しよう。
 名実ともに恋人となった香鈴の傍にいられるのだ。
 それはそれで幸せな影月だった――。

(終)

目次   「早花月譚」目次































「早花月譚〜月の行方〜」(そうかげったん〜つきのゆくえ〜)


「月の宿り」をとりあえず書きなぐったものの、
あくまでも香鈴視点だったため、自分があまり萌えられないというか(爆)
あと、影月が、容赦なく(?)コトを進めた裏にはこんな事情が……
という解説を兼ねて。

「宿り」と「行方」はだから同じ話の表裏。
同じ話ばっかり読まされてもつまらないかもしれませんが。

セリフのみ固定で。

ぶっちゃけ。
最初から影月視点で書いていれば書く必要なかったかもね……。

ちなみに。読み返すのに「宿り」は照れが入りますが、
「行方」はわりと平気なのは何故。
男の視点の方が向いてるのかな…?

ところで、ひとつとても悩んだことがあります。
それは、ずばり、香鈴の胸のサイズ(苦笑)
原作時点であるとか、由羅さんのコミック版だとか見ると、
華奢で、小さいですよね。
しかし、それから数年後の設定ですから、変化があってもいいわけで。
着やせというのもありますし。
で、ここでは自分の好み(苦笑)で、60のEくらいのイメージで。
あんまりアンダーが65以下の人って知りませんが、
香鈴は「華奢」なイメージが強いので、あえて60。
現代日本だとブラの確保に困るでしょうね。
普通に市販してるのって65からだから。

該当箇所は適当に趣味で大きくも小さくもお好きに入れ替えてどうぞ。