踊る南瓜の夜 (おどるかぼちゃのよる) |
「ほら、奇病騒ぎの時にうちの倉を解放したよね? また先方からお礼が届いたんだけど、これがちょっとすごいんだ。ぜひ二人で見に来てよ」 克洵からそう誘われたのは秋祭も終わって秋も本格的に深まった頃だった。一大行事の終わった州府でも、冬支度の前のつかの間の通常業務の時期だ。つまり、公休日がそのまま休みとなる。 そんな訳で秋の休日、影月と香鈴は揃って茶家本邸の門をくぐった。 「ほら! すごいお化け南瓜だろう?」 自慢げに克洵が見せたのは巨大な南瓜だった。自慢するだけのことはある。大きさは四尺ほどもあるのではないだろうか。 「これはすごいです! 立派なお化けですー」 素直に影月は感心したのだが、香鈴の様子は何やら妙だった。それが本物のお化けででもあるかのように南瓜から離れようと後ずさり始めたのだ。 「香鈴さん?」 青ざめた香鈴は首を振りながらなおも後ずさる。 「まあ、香鈴ったらもしかして……」 春姫が香鈴に向かって呟いた途端、いきなりその南瓜が誰も触っていないのに左右に揺れ動き出した。 「いやーっ!」 一言叫ぶと香鈴は差し出された影月の腕でなく、まっすぐ春姫の腕の中に飛び込んだ。空振りした腕を苦笑いしながら下げる影月の姿を克洵と春姫は見て見ぬ振りをする。 香鈴はというと。 「嫌! おねえさま、お化け南瓜は嫌なんですの!」 ずいぶんと幼い頃にしか使わなかった呼称で春姫を呼んでいることに、香鈴自身は気付いていないようだった。 「香鈴、落ち着くのです」 香鈴を抱きしめてあやすように背中を撫でる春姫は、訳もわからず呆然として見ている男二人に説明を始めた。 「香鈴が幼い頃、わたくしからお化け南瓜の出てくる絵本を送ったのですが、それがとても恐かったらしいのですわ。わたくしは面白いと思ったのですけれど、香鈴には怖ろしかったらしく、当時かなりうなされたりもしたようなのです。この南瓜はたしかに絵本の挿絵に似ておりますし、きっと幼い頃の記憶が蘇ったのでしょう」 春姫の説明も聞こえていないのか、涙まじりの声で香鈴は訴える。 「お、お化け南瓜は人を食べるんですのよ! おねえさまが食べられたりしたら大変ではないですの!」 「……そう。わたくしのことを心配してくれていたのですね」 しがみつく香鈴を愛しげに抱きしめている春姫の様子は麗しい姉妹愛といった風情であったが、取り残された男二人はなんとなく所在がなく、片隅で囁きあった。 「えーと影月君は南瓜が人を食べるとか思うかい?」 「南瓜は煮付けがおいしいですよねー。それはともかく、小さい香鈴さんは信じちゃったんですね。可愛いなあ」 ほこほこした顔で香鈴を見つめる影月の反応はずれている。ああ、これが恋は盲目というものかと克洵が我が身に鑑みて感じたかどうかは定かではない。 「……そうだね」 ただ克洵は短く返答した。 「でもこのお化け南瓜なら子供くらい飲み込んじゃいそうな大きさですね?」 確かに、幼児くらいならぺろりといきそうな規格はずれである。 「こ、怖いこと言わないでよ! だいたい、あの南瓜、勝手に動いてるんだよ!」 男二人は相変わらず勝手に揺れている南瓜を凝視した。 「……変ですね」 「すっごい変だよ!」 改めて考えなくても十分変である。ただこの二人に関して言えば、動く南瓜よりも恋しい乙女の態度の方がはるかに重要だったにすぎなかった。 そんな男性陣の態度などには目もくれず、春姫は腕の中で震える香鈴に言い聞かせていた。 「香鈴、よくお聞きなさい。わたくしたちはもう、絵本に怯えていた子供ではありません。あれは多少規格外れかもしれませんが所詮は南瓜。南瓜なら菜してわたくしたちが食べてしまえばよいのです」 「お菜……」 ようやく香鈴は顔を上げて春姫を見つめた。 「あなたは州牧邸で沢山の菜譜を覚えたのではないのですか?」 その言葉が香鈴に現状を思い出させたのだろう。香鈴の瞳に強いものが宿っていく。 「春姫様、まずは煮付けから始めますわ!」 「よいですね。食後の甘味にわたくしは南瓜餡の月餅をいただきたいですわ」 「お任せくださいませ! お化け南瓜、おとなしく菜されるとよろしいんですわ! 覚悟なさいませ!」 香鈴は春姫にしがみついていた手を離すと、まっすぐお化け南瓜に指を突きつけた。 「その意気ですわ香鈴」 盛り上がる二人に水を差すのも気が進まなかったが、遠慮がちに影月が口を挟んだ。 「あのー、肝心の南瓜、逃げてるみたいなんですけど」 南瓜は確実に逃げていた。ありえないと言われようが逃げていたのである。 「待つのです! この食材!」 まず春姫が追いかけ、その後に菜譜を羅列しながら香鈴が続く。 「まずは南瓜と鶏肉とのあっさりお粥! 豚肉と葱と豆板醤での炒めもの! 天ぷらに炊き込みご飯にそぼろ餡かけ! 春巻きと具沢山汁物! 焼き菓子、お団子、飴がけ菓子! まだまだ菜譜はございますわよ!」 「うわっ! 春姫、正体もわからないのに危ないよ!」 慌てて克洵が続き、最後に遅れて影月も追いかけた。 「……すっごい美味しそうに見えてきましたー。お化け南瓜なのに」 午後の茶家の庭先を南瓜を先頭に走り出した光景は緊迫感もなくほのぼのしてはいたが、まるで一種の悪夢のようでもあった。 お化け南瓜はどんどんと先へと進んで行く。 「か、南瓜の分際で、足が速いだなんて許せませんわ!」 積年の恐怖のツケを払わせようとする香鈴は、息を上げて座り込んだ。 「しっかりするのです、香鈴! わたくしたちが南瓜に負けてどうするのです!」 別に負けたからと言ってどうなるわけでもないであろうに、春姫は香鈴を助け起こして叱咤する。 「そうですわね! 申し訳ございませんでした春姫様!」 彼女たちにとってしかし、南瓜に負けることは許されないらしかった。おそらく自尊心だか矜持だかに抵触するのだろう。 最後尾の影月は何やら考え込んでいる。 「克洵さん、あの南瓜、何か目的があるんじゃないでしょうか?」 「春姫と香鈴に菜されるのが嫌で逃げてるんじゃないのかい?」 「だって、動き出したのって、二人が菜しようとか言い出す前だったじゃないですか。克洵さん、この先には何かありますか?」 茶家の庭院は広大だ。ちょっとした公園くらいの規模は優にある。 「この先? そうだなあ。池はあるけど?」 池の畔で南瓜はようやく動きを止めた。 「ようやく観念いたしましたのね、この外道南瓜!」 「待ってください香鈴さん! ほら、あれを見てください!」 南瓜に手を伸ばそうとした香鈴を影月はかろうじて引きとめ、指を指した。 池の中から跳ねるように黒い塊がいくつも飛び出してきて、整然と南瓜に近づいて来る。 「あらあれは。皆様と名所めぐりをいたしました折に秀麗様についてきたのに似ておりますわね」 黒く丸い塊は全部で五つほど。 「もののけのたぐいのようですが、あまり害はなさそうですね。けれど、お祖母様の結界の中によくぞ入ってきたものです」 春姫は感心した視線を丸い塊に注いだ。 「あれは――」 克洵一人が黒い塊を見てしきりに目をこすっている。 と、黒い塊たちは一斉に克洵のまわりをわざわざ一周してから再びお化け南瓜の傍に戻った。 「な、何なんだ?」 克洵にもわからないが、もちろん他の三人にわかるはずもなかった。 「何をしているのでしょう?」 飛び回る黒い塊の輪の中で、ふいに南瓜が縦に二つに分かれたように見えた。 「ええっ!?」 四人の前で二つに分かれた南瓜は、それぞれが完全な一個となった。つまり、お化け南瓜が仲良く二つ並ぶことになったのだ。 「やっぱりお化け、なんですの?」 「大丈夫です香鈴。材料が倍に増えただけです」 だが春姫の余裕もそこまでだった。二つになった南瓜はさらにそれぞれが分裂して増える。 そうして見る間に四つになった南瓜はついに八個にまで増えた。 「春姫様! もうとても二人では菜しきれませんわ!」 「うちの家人たちにも総出で協力させましょう」 急いで呼び集められた家人たちはその光景に誰もが息をのんだ。 池の畔に巨大南瓜がごろごろ並んでいる。それだけでも奇妙なのに、南瓜は勝手に増えていっているのだ。 「お祖母様! 英姫お祖母様ーっ!」 この事態についに克洵は情けない声を上げながら怪異現象の頼みの綱、英姫を引っ張り出した。 不機嫌そうに現れた英姫は、黒い塊と増えるお化け南瓜を眺めた。その後しばらく黙って瞑目していたが何やら掴んだようで勢いよく克洵に向き直る。 「これ克洵。このもののけに何やらほどこした記憶はないかや?」 いきなり指名された克洵は戸惑った顔で考え込む。 「え? 僕ですか!? あー、もしかしたら……」 「さっさと言わんか!」 羽扇が記憶をたどる克洵の頭をはたく。 「秋祭りの晩に、うちでも宴をしたじゃないですか。僕もちょっといい気分で酔ってたんですけど、たまたま目の前に転がってきたものにも酒をふるまった……ような気がします……」 それを聞いてため息をつきつつ、英姫は面白がっているようにも見えた。 「これはそなたへの礼らしい。もののけの気が済めば治まるであろううが、この南瓜の山は責任持って処分いたせ」 「しょ、処分ってどうやって!?」 「そのくらい自分で考えぬか、未熟者!」 さっさと克洵を見捨てて邸に戻る英姫の背中を見ながら克洵は呆然としている。そこに静かに春姫が近づいた。 「――克洵様」 「春姫?」 「さあ、皆で協力してこのお化け南瓜たちを菜して菜して菜しまくってしまいましょう!」 「はい! 春姫様!」 すぐさま賛同を表明したのは香鈴わずか一人ではあったが、否応なしにその場にいた全員が巻き込まれることになった。 その間にも、怖ろしいことに南瓜はまだ増え続けていたのである――。 庖廚で調理は無理ということで、急遽庭院にいくつも竃が築かれ、引き出された大鍋が湯気を上げる。 男たちは例外なく南瓜を切る仕事を与えられた。とても堅くて女の力では無理だったのだ。むろん、誰も文句は言えなかった。何しろその場では茶家当主と茶州州尹が並んでせっせと皮剥きをしているのだから。 女たちはわたを取ったり、煮たり焼いたり炒めたり蒸したり冷やしたり裏ごししたりと大忙しだ。 ある程度の菜が出来ると全員で食事にした。最初のうちは、 「甘くて美味しいですわ。香鈴、腕を上げましたわね」 「嬉しいですわ。春姫様、こちらの汁物も召し上がってくださいませ」 「僕はこの春巻が気に入ったよ。香辛料とも意外に合うんだね」 「甘くてほくほくで幸せですよねー」 「申し訳ございません影月様。お好きな煮物、まだ味が十分染みこんでいませんでしたわ」 「そんなことないです。十分美味しいです」 とか言っていられたのだが、あれも南瓜これも南瓜、全部南瓜と、南瓜しかないとなればどんどんと箸は鈍って行く。菜はまだまだ沢山あった。そして材料はもっとあった……。 もちろん、家人たちにも交代で好きなだけ食べるよう命じたのだが、とても食べきれる量ではなかった。 急いで州牧邸の人間も全員が招かれたが、健啖ぶりを見せていた燕青さえもついに弱音を吐いた。 「こりゃ州官連中も呼び出そう」 だが追加投入された戦力も長くはもたなかったのである。 英姫に挨拶に行くと早々に退場した櫂瑜を除く州牧邸の家人たちも、燕青に呼ばれた州官たちも、食べるだけ食べさせられると無理矢理調理に参加させられた。それというのも、元になったお化け南瓜がまさに食べごろで、そこから増えた南瓜たちも食べごろ。つまり、とっとと菜しないと腐らせることになる。なので調理加工の人手はいくらでも必要であった。何しろ作るそばから南瓜が増えていく現状では。 「でも、どう見たって食べきれるわけないよ!」 もはや、茶家の庭院中、いや茶家本邸敷地内中が南瓜の甘い匂いで充満している。 「こうなったら、街の皆様に振舞いましょう」 「それは良い案ですわ!」 香鈴の同意を得て穏やかに微笑んだ春姫は更に具体的な提案を持ち出した。 「わたくしたちが軽いお菓子などを配って歩く傍ら、茶家の庭院で南瓜の食べ放題をしていると告げてまいりましょう」 「皆さん、来てくださるといいですねー」 さっそく、菓子類を中心に小さな小袋をいくつも詰めた荷物が出来上がる。春姫と香鈴は菓子入りの小袋を持ち、克洵と影月が同じく菓子入りの布袋をかつぐことになった。 できるだけ沢山配ろうと布袋に詰め込んだ男二人は、予想外の重みによろめく。しかし、重いから運べませんとは言えない男心であった。 かくして談笑しながら進む春姫と香鈴が歩む後をあやしい足取りの克洵と影月が後を追うこととなる。 家人たちに後をまかせ、警備の武人たちに訪れた街の人を庭院に通すように、ただし建物内に立ち入らさないように命じて、四人は茶家本邸から出発した。 茶家本邸の周囲には、まず茶家傍系の別邸などがある。暴利をむさぼったあげく二州牧に裁かれてすっかり住人も減ったが、それでも住んでいるものはいる。克洵たちにいい感情を持ってはいないとはいえ、こちらは当主ご一行様。というわけで問答無用に差し入れを押し付けて回った。 「年寄りに南瓜の餅などと、喉に詰まらせて死んでしまえとでも言うのか!」 とは蟄居を命じられている茶冒老人の談である。 茶家傍系の邸を抜けると、貴族の邸が並び、さらに南下すると商人層を中心とした庶民の家が現れる。 影月は外を走り回る何人かの子供をつかまえると、焼き菓子の小袋を渡しながら告げた。 「茶家のお庭院でたくさん南瓜のお菜やお菓子を食べられるよ。お父さんやお母さんとおいで」 普通なら警戒されるかもしれないが、何しろ焼き菓子には茶家直紋の「孔雀繚乱」が焼入れされているのだ。疑いを持ちようもない。 「これ、おいしいねえ、おねえちゃん!」 などとその場で菓子を口にして喜ぶ子供の姿に、それはそれは嬉しそうな笑顔を春姫と香鈴は浮かべた。その笑顔に見とれているうちに子供たちに襲撃されて、影月の布袋ごとどこかに持ち去られてしまったりもした。 同じように道行く人や店先でも告げ、四人の持っていた菓子類はきれいになくなった。 間もなく、噂が噂を呼んだのか茶家に向かう人の流れが出来始める。 「ああ、これだけ来てくれればきっとあの菜も片付くよね」 克洵は期待に目を輝かせた。そう、彼は気付いてしまったのだ。あの菜が残った場合、まず確実に自分たちは連日残った南瓜菜を食卓に見ることになるだろうと。 「それでは、わたくしたちもそろそろ戻るといたしましょう。菜の手伝いもしなければならないでしょうし」 春姫の号令を受けて、日の傾きかけた琥lの街を仲良く帰る。 「影月様、子供に声をかけるというのは効果のあるものなのですのね」 「ええ。子供たちは何かと親や友達に報告するものですし」 香鈴の感心したような表情に、影月はわずかに気分が上昇する。何しろ今日は美味しいところを春姫が占めていた気がするのだ。 (まあ、香鈴さんにとっては春姫さんはおねえさんだし) ふと思い出して会話を振ってみる。 「ねえ香鈴さん? お化け南瓜は退治したわけですし、昔読んだその絵本のこと、教えてくれませんか?」 香鈴は真剣な顔で、怪しい術をかけられたお化け南瓜が、次々と隠れている子供たちを見つけて食べてしまうのだと話した。 「でも子供向けの絵本だったら、最後は退治されてしまって、子供たちも無事戻ってくるんじゃないんですか?」 「それが……」 言葉を濁した香鈴に代わって、春姫が説明を買って出る。 「少し子供向けにしては変わっておりまして。たしかにお化け南瓜は退治されるのですが、食べられた子供たちはそのまま戻っては来ないのです」 「おまけに! 退治された破片から、またお化け南瓜が復活するよう暗示されて終わるんですの!」 それは子供向けで読ませていい内容なのだろうかと影月は少しどころか大いに疑問を持った。春姫のように面白がる子供ももちろんいただろうが、香鈴のように怯えた子供の方が多い気がする。 「たしかに変わってますねー。でもちょっと読んでみたいかも」 「それでしたらまだわたくしが持っておりますから、後でお貸しいたしましょう」 「お願いしますー」 茶家に戻ってみると、客も増えていたが南瓜も増えていた。家人たちはすでに涙目だ。 「まあ大変! すぐにお手伝いいたしますわ!」 香鈴も春姫もすぐ調理の手伝いに回り、さっそく粉をふるったりし始める。影月は皿を運び、克洵は客の列を整理して走った。 しっかりものの奥さん連中は持ち帰り用までちゃっかり確保した上で調理を手伝ってくれた。作業に加わる人間の増加で、菜される南瓜の消費量は一挙に上がる。 子供たちは普段入ることのできない茶家の庭院を走り回り、お化け南瓜をつついて遊ぶ。男たちは酒はないのかとか、甘いものの苦手な者は苦笑いしながら、それでも色々手伝ってくれた。 「琥lの人って、いい人が多かったんだ……」 克洵は南瓜と協力的に戦ってくれる有志の姿に感激した。 「そうですね。これを機会に琥lの人たちと茶家ももっと仲良くなれるといいですねー」 この光景が今宵一夜のものでなければ実現は可能だと影月も強く請合ってみせた。 だが夜が帳を下ろしても、戦いは果てしなく続いていた。ついに香鈴は麺棒を投げ出して春姫に泣きついた。 「もう嫌ですのーっ! 作っても作っても増えるばっかりなんですもの!」 それはこの場にいた全員の意見でもあった。 「香鈴」 広げられた春姫の腕に飛び込んで香鈴は泣き出す。 「春姫様ーっ!」 春姫はそっと香鈴の髪を撫でて厳かに囁いた。 「もういいのです、香鈴。わたくしたちは良くやりましたわ」 「……そうでしょうか」 「ええ。あと、わたくしたちに残されていることはたった一つしかありません」 「それは、なんですの?」 春姫の目は、よく見れば据わっていた。その目でひたと香鈴を、そうして周囲の南瓜との戦いに疲れた人々を捕らえ、茶家当主夫人は重々しく宣言した。 「踊るのです。こうなったら踊るしかありません!」 「しゅ、春姫!?」 片手に香鈴を、もう片手に克洵を引きずって春姫は庭院の中央へと進む。 「克洵様も、影月様も、さあ!」 当主夫妻が踊るとなれば、家人たちの幾人かが楽器を取りに走り、やがて賑やかな音楽が奏で始められた。 陽気な曲に誘われるように、一人、二人と踊りの輪は広がり、やがてはつられるように庭院にいた全員が踊りの輪の中にいた。 手の振りも足さばきもてんでばらばら。それでも踊っていると何かが発散され、人々の顔に明るさが戻り、いつしか陶酔したものへと変わっていった。 こうして、大人も子供も。男も女も。老いも若きも。さらには南瓜ももののけも。みんながみんな、輪になってひたすら踊り続けた。 昊が白み始めるまで奇妙な踊りは続いた。 疲れ果てその場に崩れおちた人々は、やがて朝の光の下、南瓜が最初のお化け南瓜ひとつを残して消えているのを発見しただろう。調理されたものと、切ってある実だけが残されてはいた。 後日、春姫が州牧邸を訪ね、影月に約束の絵本を渡して言った。 「昔、香鈴はこのお化け南瓜に怯えるあまり、しばらくお祖父様と一緒でないと夜も眠れなかったそうです。もし、まだ香鈴が今も怯えるようでしたら、お祖父様はもういらっしゃいませんので、その時は影月様、よろしくお願いいたしますわね」 春姫の発言をどう受け止めていいかわかりかねて、影月は曖昧に笑ってごまかした。 絵本を手に影月は首を傾げる。 今更香鈴はお化け南瓜を怖がるだろうか? 復讐の勢いで調理しまくったのであるから、あるいはもう何とも感じないかもしれない。だが――。その反応がどう出るのか見てみたいと影月が思ってしまったことを責められる者はいないだろう。ただし、その結果は別の話である。 それからしばらく、琥lでは南瓜の値段が暴落した。 そうして、茶州琥l史略には次なる一文が残された。 ――琥l茶家本邸にて踊る南瓜の夜あり――、と。 当時の人々は何故か一様に証言を拒み、後世、さまざまな憶測を呼ぶこととなる。 茶州琥lの秋は深まる。 いつしか毎年この時期になると客に南瓜菜を振舞う風習が根付くことになるのだが、この時には誰にも予測することなどできなかったのである――。 |
作中童話「おばけかぼちゃのはなし」はこちらから。 |
『踊る南瓜の夜』(おどるかぼちゃのよる) 10月になると。 お店のディスプレイなどがそこはかとなくハロウィン。 ハロウィンは大好きな行事です。 ただ、去年はうっかり失念していて関連話が書けませんでしたが。 ただ、彩雲国にこちら世界の行事を持ち込むパターンは クリスマスとバレンタインでやってしまったので、 ここは、ハロウィンへの思いを南瓜に託すだけにしました。 ……結果としてハロウィンぽいお話になってる気もしますが。 書いてる間、 「この話って春姫が主役なんじゃあ……」 誰よりも物語をリードしてくれたのは春姫でした。 百合ではありませんが、うるわしい姉妹愛を中心(?)に。 時々うちが影香サイトだと思い出して、 これでも影香シーンは増えた方なのでした。 作中に出しました「お化け南瓜」の絵本ですが、 完全に私の創作です。 でもって、茶家の当主の孫娘の本ですから、 絹本で全ページ手書き彩色済みのものなんですよ。 イメージですが。 気力があったら「おばけかぼちゃのはなし」という童話(?)を アップしたいとも思います。 幼少時、よほど香鈴にとっては強烈なトラウマだったようです。 ただ、春姫は自分が面白いと思ったので同じものを作らせて送ったのですね。 春姫って怖い系の話、大好きっぽいです。 彼女がその手の本を読んだり感想を言ったりするたび、 克洵は涙目だったりするんですが(笑) |