満天星




 出会う前から知っていた。
 出会う前から気に食わなかった。
 出会ってしまえばなおさらに――。

(やっぱり気にいらねえっ!)
 第一印象はそれに尽きた。
 武人らしい簡素な衣装も全身黒づくめだと暑苦しい。
 少しばかり自分より先に殿上したからと言って、物慣れた風に見えるのも腹立たしい。
 何より――。
(無口な俺様、格好いいってか? ふざけんな! オレが化けの皮をはがしてやる!)

 春だったのは覚えている。国武試を合格して殿上したばかりのあの日。ひっそりと咲いていた白い花が、何故か記憶にあった。
 まだ少年といっていい年頃だった白雷炎は、始めて、だがついに対面した黒燿世に向かい睨みつけながら誓った。
(黒燿世、てめぇはオレがぶちのめす!)


 蒼玄王の時代より。黒白両家は王を支える双剣。
 史書を紐解くまでもなく、そのころより両家は競い続けてきた。
 彩七家にあって武門の誉れ高き名家の視線の先には、企みを繰り返す紅藍両家でもなく、元より接点の少ない碧・黄・茶家でさえなく。ただ白の前には黒、黒の前には白があった。
 セン華王の世でも、白雷炎はなまじ年頃が近かった黒燿世と常に比較され、あやつにだけは負けてくれるなと言い聞かされて育った。両家の対抗意識はそれほど根深いものなのだ。


「黒家の御仁、手合わせを所望する!」
 今ならこんな丁寧な言葉など発せずに問答無用で斬りかかるところであるが、このときは何せ初対面。若き雷炎は声を張り上げた。
 だが、外朝の回廊で出くわした自分よりもいささか年若の雷炎に視線を送った燿世は、無言のまま踵を返す。
 それが雷炎を更に激昂させた。
「腑抜けか! 黒家には白家に伍する者はおらぬということか!」
 瞬間、燿世のまとっていた気配が変わる。それは、熟練の武人のみが放つ、闘気。
「ではこれより修練場にて」
 短く言い捨てて足早に進む燿世の背中を見つめて、雷炎は武者震いした。
(上等だ! この野郎!)


 宮城にまだ慣れぬ雷炎が修練場に辿り着いた頃には、すでに耳ざとい見物人が集まり始めていた。
「まあ、黒家と白家の若様方が?」
「殿方ときたら、ほんに血の気の多くていらっしゃること」
 宮女たちのざわめきも耳に届かず。
「白黒の若虎対決か。どちらが勝つかな?」
 ひそかに賭けが始まろうとも。
 すでに、修練場の中央で待つ燿世の姿しか、雷炎は捉えなかった。
 燿世の手にあった二本の木刀のうち、一本が過たず雷炎に投げられた。軽くそれを受け止めた雷炎は嘲笑する。
「真剣が恐いか」
「……宮城での不用意な抜刀はならぬ」
 低く、答えが返る。
「いいさ。こいつでも十分」
 木刀とて、人を死に至らしめることは可能だ。気をこめて放つ道具としてなら真剣と変わらない。むしろ、木刀ならではの利点もある。真剣で鍔迫り合いなどしようものなら、たちまちの上に刃こぼれは必至。いざという時に剣がなまくらでは意味がない。
「いくぞっ!」
 雷炎は木刀を握りなおすと、上段から燿世に向けて激しく打ちかかっていった――。


「勝った、のは、オレ、だ」
「いや、俺、だ」
 何合打ち合ったかも定かではなかった。烈火の気合をこめて、ひたすらに木刀を振るった。始めたのは昼前だったというのに、何故かもう昊は暗い。いつまでも決着のつかぬ勝負に見物人は飽きてとうに立ち去り、修練場にいるのは二人だけだ。
 その二人も、ついに全身の疲労に立つこともできずに地面に崩れおちた。荒い息のまま仰向けに昊を見上げながら、両者ともが勝ちを主張する。
 ふと目をやった雷炎は、修練場の端の白い花をたわわに咲かせた低木に気付いた。故郷の邸にも植えられていた花だ。名を何と言ったかは知らぬ。
 まるで地上に咲く満天の星のような花の姿に、雷炎は白家の誇りを見た。既に手には木刀を握る力も残っていなかったが。
「よしっ! こうなったら、次は呑み比べで決着だ!」
「望むところ!」
 かくして夜半に至るまで、二人の杯は次々と干されていくこととなる。


 先王は苛烈であった。並の武人以上に血にまみれていた男。
 その下にあって、雷炎は燿世と共に剣を振るい、軍を動かした。荒廃した国家の復権に両者の剣はどれほどの血を吸ったものか。
 だが、時は移ろう。
 かつての覇王は姿を消し、新王の元、国は穏やかに進もうとしている。これからは、剣だけに頼って生きる時代ではなくなるだろう。
 それでも。
(こいつがいれば、オレは退屈する間もないさ)
 不倶戴天の二人と人は言う。


(見てろよ黒燿世。他の誰でもなくこのオレが! てめぇより強いってこと、必ず思い知らせてやるからなっ!)
 若き日の白雷炎の誓いはしかし。
 上治四年、未だ決着を知らず――。

(終)

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『満天星』(まんてんせい)


またしても、「いがみ愛」に刺激されての一本です。
(そしてまた無理矢理投稿を……)
唐突にまた生まれたネタですが、私に何故こんな二人の話がでてきたのかはまったくの謎です。

でっちあげは、まず二人の年齢。
黒燿世の方が少し(一〜二歳)上と設定しました。
なんとなく燿世の方が年上っぽいかと。
もちろん、武官としていつから勤めていたかなんて知りません。
でも、結構早い時期から名を轟かしていたのではないでしょうか。

この二人、外見や言動が違っても、中身一緒なんですよね。負けず嫌いの子供のけんかのようで。
二人の配下はさぞ苦労なことでしょう。


タイトルの「満天星」、ここではあえて「まんてんせい」と読んでいただきますが、正しくは「ドウダンツツジ」と読みます。
春に咲く低木樹。白い花をたくさん咲かせます。
ええ。白家で、白い花。
しかも、華やかすぎないものを選びました。