が気だるい眠りから覚めた時、その場所は変わっていた。 (ここ……仮眠室?) ゆっくりと起き上がって確かめようとして、下腹の鈍い痛みに顔を顰める。 それが、たしかに夕べのことが夢でなかった証。 けれど。 (わたし、着物を着た覚えがないのだけれど……) 今のは昨日の着衣をきちんとまとっている。自分で着た覚えがないということは、着せられたとしか思えない。 に着物を着せて。そしておそらくその後に仮眠室に運んだはずの心当たりは一人しかなくて。 でも、その人の姿はない。 は一人で目覚めたのだ。 (……まだ、早いわよね?) 窓をあけて外の空気を入れると、早朝特有の清澄さが漂っている。 宮中内でも、動き始めている人はまだ少ないと思われる時間だった。 (鳳珠さま……?) は鳳珠の姿を求めて、仮眠室を後にした。 まずは真っ先に尚書室を覗くが、そこは人気がまるでない。 自分がいつも使っている室や、戸部の部署を巡ってみても、誰もいない。 (今日は、そう、公休日で。いつも早くからいらしてる方たちもお休みされてるのね) しばらく待ってみたが、想い人が現れる様子はない。こんな時こそ一緒にいて欲しいのにと、は見えぬ人に思う。 だが、夕べは家にも無断で泊まりになってしまった。今まで遅くても必ず帰宅していたから、きっと心配されているだろう。 は尚書室の机に、家に帰る旨をしたためた料紙を置いて、静かに立ち去った。 朝早くから走っていた軒をつかまえて、が邸の門をくぐると、年老いた家人が走りよってきた。 「お嬢様!」 「連絡できなくてごめんなさい。夕べは仕事が遅くなって、お天気も悪くなったので仮眠室で休ませていただいたの」 あまり嘘でもない気がして、は苦く笑った。 「旦那様がずっとお待ちです」 「お父様が?」 仕事で朝から晩まで宮中につめるは、このところ父親と顔を合わせた記憶もない。 「わかりました。お父様の室に顔を出してきます」 以前の邸とは比べ物にならないとはいえ、それぞれが個室を持つくらいの部屋数はある。 ただ、裕福でかつ趣味人の多い家系だったため、さまざまな装飾品が飾られていたかつての邸に比べると、本当に何もなかった。 「お父様?です。ただいま戻りました」 室に声をかけるやいなや、奥から飛んでくる父の姿があった。 「!このまま帰ってこないのかと、宮城に連絡を入れるところだったよ!」 「申し訳ありません。連絡もせずに泊り込みいたしまして」 「ああ、それはもういい!雁夏がおまえの室で用意しているから、すぐに出かける支度をしなさい」 はあまりの父らしくない性急さに首をかしげた。 「どちらへ参りますの?」 「想月楼だ」 それは、とんと縁がなくなった老舗旅館の名前だ。会食や宴会にも使われることがあるが、今の状態ではとても足を踏み入れられるような場所ではない。 「ですがお父様、想月楼なんて、とても余裕がございませんわ」 とて、経済観念などないお嬢様を長年やっていたわけだが、さすがに戸部で働きだすと無関心ではいられなくなった。そうなると、我が家の現状も嫌でも意識しないわけにはいかない。 「先方が用意してくださるから大丈夫だ。なるだけ急いで、だが美しく着飾ってきなさい」 何か、父に支援でもしてくれる人があらわれたのだろうかと思いつつ、はうなずいて自室に向かった。 「ああ!お嬢様、間に合わないかと思いましたよ!」 の部屋では老婆がひとり待っていた。古くから使えてくれている家人だ。 「お衣装と飾り物はこちらに用意いたしましたからね。間もなく柳五が湯を持ってまいりますから」 雁夏が言い終わらないうちに、先ほど門前で向かえてくれた老爺が桶を持って入室してきた。 「ありがとう。自分で支度するから下がっていてくれていいわ」 以前なら侍女たちにあれこれ世話をやかれていただったが、自分のことは自分でする習慣ができつつあった。 しかし、父はそうもいかないので、この二人だけ残ってくれた家人は父の世話に追われている。 家人が退出した後、は帯を解いて衣も脱ぐ。 湯に浸した手巾で肌をぬぐっていると、その上に残された跡が嫌でも目に入って、は一人赤面する。 (鳳珠さま……) 自分の身体を抱きしめながら、は想いを馳せる。 (あれからどうなさったのかしら。何かお急ぎのご用事でもできたのかしら) 元より忙しい尚書という大職。その上、名門彩七家の家系。 (きっとお忙しいのでしょうね) 妻になりたいなどと、そんなことは望めない。裕福であったころでさえ格が違う。今となってはさらに条件も悪い。 さすがに若い娘であるには、”妾””側女”といった立場には抵抗もある。 (お側にいて。少しでもお役に立てるなら、それでいいの……) は自分に言い聞かせて、支度に戻った。 父の借財の片に、多くのものが供出されたが、自身のものは書画の類の趣味のものがいくらか失われたくらいで、衣類などは残されていた。 しっかりと火のしを当てられた衣装は、に残されたもののうち、最も華美なものである。 (なにかしら。先様はそれほどの方なのかしら) 衣を纏い、化粧をし、髪を結い直す。髪に刺した簪の先で、しゃらしゃらと銀のびら飾りが揺れる。 (そうね。あの方にお見せするのだと思えば楽しいわよね) どうせなら。仕事で走り回って疲れ果てた姿を見せるよりは、着飾った自分を見てもらいたい。 だが、鳳珠からはそのあたりの嗜好は見えて来ない。 (昔、あの方が心惹かれたという女性は、どんな方だったのかしら) 我知らず鏡の前ではため息をついた。 「お嬢様、お支度は済まれましたか?」 見計らったかのような時節で、雁夏が入室してきた。 老婆は、ざっとを眺めると、髪を少し直してくれた。そうして、一歩下がって出来栄えを鑑賞する。 「お嬢様、お美しいですよ。きっと先様もお嬢様に夢中におなりでしょう」 は老女に問いかける。 「お父様のご援助してくださる方ではないの?」 「まあ、お嬢様!何をおっしゃるんです。ご縁談にございますよ、もちろん!」 その言葉には飛び上がる。 「わ、わたしの!?」 「旦那様のご縁談では遅すぎます。お嬢様、お年頃でいらっしゃるのですから、何の不思議もございませんでしょう?」 「そ、そんな……!」 「お嬢様?」 老女の声を後ろに、は父の室へと走った。 「お父様!」 「おお、。美しいぞ」 椅子に座ったままの父は、を見て表情を和らげた。 「お父様、わたしの縁談というのは本当ですのっ!?」 「ああそうだとも。おまえには婿を取る予定であったが、そうも言ってはおられぬようになったことだ。今日はこれから先方の息子さんにもお会いして、そのまま結納まで決めてしまう予定だ」 それを聞いた途端、は力が抜けて立っていられなくなり、床に座り込む。 「これ、せっかく支度したというのに、そんな所に座り込むのではない」 手近の棚で身体を支えながら、は父に向かって叫んだ。 「わたし、縁談など嫌です!」 これまで父に逆らったことなど、にはなかったことだった。しかし。 「馬鹿者!そんなわがままが通るとでも思っているのかっ!」 滅多にない父の激昂する姿に、の身体はすくんだ。 「ですが、わたしはっ……!」 「この縁談がまとまれば、あちらは我が家の借財すべて引き受けてくださることになっておる。おまえも家のため、黙って嫁ぐが筋であろう!」 そうして、父はの前で、相手のことを話し始めた。いわく、裕福であるが、下級の身分の家であるらしいとか。 戸部で働くようになって、身分よりもむしろその能力に重きを置くようになったには、相手の身分などは気にならない。 だが。 (鳳珠さま……!) は恋を知ってしまったのだ。そうして、受け入れられたばかりだというのに……! あまりのことに、は泣くこともできなかった。 ここで、父を見捨てることができれば。 だが、にはできない。愚かな人かもしれない。けれど、慈しんで育ててくれたたったひとりの家族。 この先、が懸命に働いたとしても、負った借財を返済しきることは、とうてい不可能でもあった。 「今の……お仕事を続けることはできますの?」 返事はわかっていたが、は問わずにいられなかった。 「そんなことできるわけないだろう!女は家を守っておればよい。男に伍して働くなどと間違いでしかないわ。だいたい、今日のように無断で朝帰りになるような職場など、言語道断だ」 「それは、わたしが仕事を済ませるのに時間がかかっただけです!」 悲鳴のような声では抗議する。 せめて、まだ。 ようやく、何か人の役に立てるようになりかけているのだ。誰かに必要としてもらう歓びを知ってしまったのだ。 そして、あの方に少しでも……! 「柳五が軒の用意をしておる。間もなく出発だからそのつもりでいなさい」 言い捨てると、崩れ落ちた蒼白な娘を顧みることなく父は室を出た。 (鳳珠さま、わたしは……!) 本当に絶望した時、人は泣くこともできないのだと、は始めて知った。 押し黙ったままのと父を乗せて、軒は黄西区へと進んだ。 数多ある名門旅館の中で、この想月楼は月見櫓を兼ねた高楼を特徴とする。風雅な庭院は、いずれも月にちなんで整えられている。 「。もっと嬉しそうな顔をしなさい」 軒を降りる際、父にそう言われたが、一体どうやったらそんなことができるのか、絶望の中にはまりこんだには想像もつかなかった。 親子は、庭院がよく見える一室に通された。 この季節、緑が眩しいほどで、池の側に配された奇岩など趣も深い。 の目は庭院に向けられたが、その実、何も写してはいなかった。 やがて、先方の家族、そして仲介者と見られる人物が入ってきた。 (おじさま……) に戸部での仕事を手配した人物が、この縁談も手配したらしい。 の視線に気が付くと、彼は気さくに声をかけてきた。 「ああ、嬢、一段ときれいになったね。戸部ではがんばってくれたと聞いているよ。なにせ、侍郎からやめさせないで欲しいとまで言われたからねえ」 (景侍郎、そんなこと言ってくださったんだ……) 穏やかなその人を思い浮かべて、は心の中で感謝した。なのに、もうその好意に応えることはできない。 「さて、さっそく始めましょうか。まずは両家のご紹介を僭越ながら勤めさせていただきます」 その声をどこか遠くに聞きながら、の心は氷ついたままだった。 縁談というものは、往々にして本人抜きで家同士で決められるのが普通だ。好いた相手と結ばれるなど、数少ない例外に過ぎない。この席が設けられたのは、今更相手を見極めるためではなく、決定の確認のためだ。 さくさくと進められる様子をはもう他人事のようにしか受け取れなかった。 心はもう置いてきた。嵐のような夕べに。 (鳳珠さま……) もう、心の中で名を呼ぶことしかには残されていない。だがそれすらも、許されないことかもしれなかった。 「それでは、式の内容ですが」 話し合いはを取り残したまま進んでいた。 そんな時だった。 ふいに室の外に常にないざわめきがおこった。 ここは、そう一般の者が入れるような場所ではなかったし、宴会などが行われる際にも、節度ある楽しみが推奨されるようなところだ。 「お待ちください、お客様!」 店の者が制止する声が響く。 一同も何事かと扉の方に目を向ける。他ならぬその扉が音をたてて開いた。 「失礼する」 珍客にの父が抗議しようとたちあがり、そのまま言葉を失った。 「な……な……!」 口だけが動くが、それ以上の言葉がでてこない。 闖入者は流れるような動きで一同の座する卓に近づいた。 「申し訳ないが、この縁談、破談にしてもらう」 魅惑的な声に、一同思考を奪われる。 こういう場合、女の方が立ち直りは早い。先方の母親が顔を朱に染めながら、それでもなんとか抗議した。 「なんですの、あなたは!失礼にもほどがあるでしょう!」 だが、男は涼しい声で言い募る。 「無礼は承知。だがどうあっても諦めていただこう」 意識を遠く飛ばしていただったが、何かが琴線に触れた。そう思う間もなく、男は呼んだ。 「」 その声は雪解けのように、たちまちのようにの凍った心を溶かした。 聞き違えることなどありはしない。 その腕の中で、何度も囁かれた、声。 「鳳、珠、さま……?」 「そうだ。、来なさい」 のろのろと顔を上げると、そこにあったのは、言葉を失うほどの絶世の美貌。もまた、我知らず見とれてしまう。 だが。 「」 その声を知っている。それだけでいい。 「鳳珠さまっ!」 は何も考えずに、差し出された腕の中に飛び込んだ。 ようやく、我に返ったらしい父親が力なく口走る。 「……おまえ、その男……は?」 極上の美女の如きその人は唇の端を吊り上げた。 「あなたの義理の息子になる男ですよ」 「鳳珠さま?」 強い腕に抱きしめられながら、は腕の主を見上げる。 なんという美貌だこと! 男はを見下ろして、父に向けたのとは違う微笑みをくれた。その拍子に、さらりと降りかかる黒絹の髪。 「おまえときたら。用事を済ませて迎えに戻ってみれば姿を消した後だ。慌てて家を訪ねれば、縁談だという」 「申し訳、ありません……」 置いていかれたのではなかったと判って、の胸は熱くなる。 「この縁談のこと、おまえは知っていたのか?」 はふるふると首を振った。 「いいえ……!帰宅しましたらいきなり……」 「やはりな。知っていればまた態度も違っただろう」 抱き合って会話する姿に、美貌の印象より怒りが勝ったらしい父親が声をはりあげる。 「!離れなさい!」 「いやです!」 仮面をはずしたその人は楽しげに話しかけた。 「父君、ご安心めされよ。両家へはこの黄鳳珠、誓って望む以上の賠償をさしあげよう」 「黄……家?彩七家の……?」 「その通り。望むなら、証文に鴛鴦彩花もおつけしよう」 狼狽する一同の中で、戸部に縁のある紹介者は気付いた。 「黄……鳳珠と言えば今は奇人と名乗っておられる黄尚書か……!」 「その通りだ。貴君には、を紹介してくれた礼を言おう。 さて、誰からも異存はないな。は私が妻とすることに決めた女だ。いただいていく」 鳳珠はそう言うと、を抱え上げ、そのまま呆然とする一同を残したまま室を出て行った。 「鳳珠さま?どちらにいかれるのです?」 鳳珠の腕の中で、未だ状況を把握しきれていないは問いかける。 「この上だ。先ほど、部屋を用意させた」 想月楼の最上階。そこは一部の限られた人間にしか使わせないという豪奢な場所だった。 はその装飾に目を見張る。趣味人の多い家系で育って鑑定眼には自信がある。思わず、ため息がでた。 「なんて、立派な……」 「望むなら、もっといい室を用意してやる」 「とんでもありません!」 そのまま居室を通り抜け、鳳珠は臥室へと進む。 紗のかかった臥台は、大人であってもゆうに五人は楽に横たわれるような広さであった。 その上に降ろされたの身体が軽く沈む。 「鳳珠さま?」 はらってもはらっても落ちかかる髪を掻き分けながら、その白皙の美貌が近づく。 「何だ」 「先ほど、おっしゃいましたのは……」 「」 改まった声をかけられ、は背を正す。 「はい」 「おまえは夕べ、仮面があってもなくても私は私だと言ったな」 「はい……」 「この顔を見た後でも、同じことが言えるか?」 は目もくらむような美貌を見上げる。どんな至宝もかなわぬような天上の美。 「鳳珠さまがいつも仮面をつけていらっしゃったのは、そのお顔を隠すためですの?」 「そうだ。この顔のせいで業務に支障が多発して辟易したのだ」 はそっとその顔に手を伸ばす。触れるのも怖ろしいほどの美貌。 だが。 「鳳珠さまには、このお顔、仮面をつけていらっしゃるよりご不自由なのですね……」 「ああ。昔からいい目にあったことがない」 の口は思ってもみなかった言葉を。の腕は思ってもいなかったような動きをした。 そのまま鳳珠の頭を自分の胸にそっと抱くとつぶやいた。 「お可哀想な鳳珠さま……」 鳳珠の腕がの背に回される。 「、おまえはそれでも受け入れてくれるか……?」 その声がいつになく頼りなく思えて、は手に力を込める。 「鳳珠さまは鳳珠さまです。わたしには同じですわ」 「……」 ため息のような囁きと共に顔を上げた鳳珠はただの唇を求めてきた――。 長く口づけたまま、の身体はゆっくりと臥台に倒される。 目を閉じたの上に覆いかぶさったままのその人の手がそろそろと動き出した。 音をたてて帯が解かれ、は状況を悟る。 「鳳珠さまっ!」 「何だ?」 「あの、今はまだ日も高くて。あの、それもここはっ!」 「日が高いのが何だ。貴重な休日、好きに使って何が悪い。それにこの階は私が借り切った。邪魔する者もいない」 鳳珠の手は、の抗議に止まりもしない。 「で、ですけどっ」 「。私はまだまだおまえを愛し足りない。おまえは、嫌か?」 そう問われてしまえば、羞恥から抵抗しようとしていただけのには拒むことなどできない。 「いや、ではありませんが……」 「では何だ」 「こんなに明るくては、何も隠せません……」 耳まで赤くしたの語尾は消え入らんばかり。 その人の声は面白そうな響きを帯びる。 「何も隠す必要はない。すべてをこの目で、おまえを確かめよう」 「鳳珠さ……」 文字通りの口封じを受け、のささやかな抗議はかき消された。 唇を離した鳳珠は、の耳から首筋を撫であげる。 「今日のおまえは美しいな。これからはもっと似合う衣装も誂えよう」 の髪に口づけをしながら囁きは続く。 「だが、どんな衣もこの姿には勝てない」 すっかりはだけられた胸元に美しい唇が寄せられる。 「もちろん、この姿は私だけのものだ、――」 夕べ、彼自身がつけた征服の印をそっと指でなどる。 「あ……!」 「おまえの肌に私が刻印を刻もう。あますところなく」 印の横を吸い上げて、またひとつの肌に花が咲く。 「私を悦ばせ、おまえもまた悦べ。じっくり、教え込んでやる」 「ふぁっ……」 指の背に刺激され、の乳首が固くなった。 その人は決して急ぎはしない。の反応のひとつひとつを楽しみながら、ゆっくりと攻める。 逃げ出すことだけは許さない腕に、は囚われたまま。 「鳳珠さま……!」 「いい子だ、。おまえの反応は素直でいい」 その人の唇が。その人の指が。の隠していたものすべてを暴き出していく。 今まで知りえなかった官能の波がを何度も襲う。 「私を呑込んで、受け入れろ」 しとどに濡れた蕾から伝わる甘い疼きに、は知らず声をあげる。 そうして、沈み込んでくる熱いものが、まだ慣れないわずかな痛みと共に、を壊していく。 「鳳……!」 「、おまえの中は、心地よい――」 それまでのゆっくりした動きなど幻であったかのように、鳳珠は激しく突き上げていく。 途中、の脚を持ち上げ、違った角度からまた打ち込んで。 もはや声もなく荒い息だけ響かせて、終わりが来るまでただ二人は、絡み合っていた。 「もっ……!もう、だめ、です、鳳、珠、さ、ま……」 飽かずの身体を堪能していた鳳珠は気だるげに顔を上げる。 「ああ。無理をさせてしまったか」 「鳳珠さま」 鳳珠はの頭を胸に引き寄せ、そっと髪をなでる。 「すまない。自分で思っていたより嬉しかったようだ」 顔を上げて目で問う。その姿は宵闇に定かではない。 「。おまえと出会えてよかった。きっと、私が待っていたのはおまえなのだ」 「はい、鳳珠さま……」 耳を傾けているだけで陶然とさせる声がの心にまで響く。 「私は仕事優先でおまえを寂しがらせるかもしれない。それでもいいか?」 はおかしくなって笑い出してしまう。 「?」 「その時は、鳳珠さま。お手伝いさせていただきに参ります」 恋人は瞬時、息を呑んで、そうして彼もまた笑い出した。 「ああ、その時は、ぜひ頼もう」 「お茶も、持参いたします」 「ああ、ぜひ。」 「鳳珠さま――」 それから間もなく、かの仮面の尚書がついに妻女を娶ったという噂が宮中を駆け回ることになる。 景柚梨は誰よりも早くその話を本人から告げられ、やれやれとため息をついた。 「鳳珠、おめでとうございます。あなたにとって、これ以上の相手はないでしょう。 ですがね。戸部にとっては損失です。せっかくさんが戦力になると期待した途端ですからね」 帰宅した夫よりその話を聞かされたははしゃぐ。 「景侍郎のご期待にそむかぬよう、さっそくお手伝いに行ってもよろしいですか?」 「ほどほどに、な」 こうして、戸部ではその後も、自主的に手伝いにやってくるさる高官の奥方の姿を眼にすることができるという――。 (黄蓮夢 II・完) |
『黄蓮夢』(おうれんむ)・後書 はじめて『黄金の約束』を読んだ時から。 「黄尚書って、レディコミの相手役の上司にぴったりだよなー」とかいう感想を持っておりまして。 ある昼休み。 その妄想がいきなりどわーっと押し寄せてきて。秋の貴重な連休2日をつぶしての執筆となりました。 黄尚書といえば、人気のあるキャラクターですし、普通にオリキャラを絡ませるのは顰蹙だと思いました。 ですから、これはあくまでも、夢。 あくまでもパロディと受け取っていただけるといいと思っています。 だから、始めて名前変換小説に手を出したわけです。 自分で書くなんて思ってもみなかった手法です。 いやあ、DreamMakerって、すごいですねー。 Javascriptとかさっぱりわからない私にも使えました。ビバ! 個人的な見解ですが。 男の人は仕事ができなければいけません。 それも熱心にやる人ほど○です。 女の子も、レディコミのヒロインは、 「仕事しにきてるんとちゃうんかいっ!」 と怒鳴りたくなるようなキャラもいますが、 やっぱりきちんと仕事に取り組まないといけません。 なので、このヒロインも、あっという間に改心してもらいました(笑) ちなみに、うちでは「繍雪」(しゅうせつ)という名をつけてました。 父親の名前とか苗字は考えるの面倒でしたのでパス。 何故か家人の二人に名前ついてますが、父親は名前で呼ばないけれど、家人なら名前で呼ぶ方が普通かな、と。 タイトルですが、最初『黄楼夢』で「おうろうむ」と読ませるつもりでした。しかし、かの名作『紅楼夢』にあまりにも失礼なので、少し変えました。蓮が何故出てきたかというと、蓮って夢に近い印象があるんです。それだけ、です。すみません…。 ヒロインの仮名・繍雪並びに家人の雁夏(えんか)と柳五(りゅうご)の名前を決めるのに、『紅楼夢』の登場人物一覧から漢字を適当にいただきました。そのままの名前の登場人物はいません。 さて、えっちシーンなど、影香で始めて書いたスキルのない私です。 しかし、このお相手はおそらく経験豊富(かもしれない)黄尚書、オトナです。初心者と同一レベルではいけないと(やってるこたあ変わんないんですが。苦笑)、この話ではテーマを「ムーディ」としました。 いかにムードを作れるか、それが余裕のある男じゃないかと思うんですが。 そんな雰囲気を少しでも感じていただければいいと思うのですが、さてお味のほどはいかがだったでしょうか? それなりに楽しんで書きました。 でなければ2日で完成ってありえない…。 お楽しみいただければ幸いです。 |